軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十九話

会議が一段落ついた後、健吾とクルルが揃って炊事場に消えたと思ったら、健吾は鶏のささ身を焼いたものを持って戻ってきた。

食料の大量生産に成功していないこの世界では、油分は多ければ多いほど、味は濃ければ濃いほど豪華な食事と見なされがち。

わざわざぱさぱさのささ身を好むなどと、クルルは呆れ気味だった。

「ねえヨリノブ。ちょっと聞いてもいいかしら?」

唐揚げをひととおり食べ終わり、油を流すために麦酒をたしなまれていた領主様が、ふと言った。

「さっきの話だけど、鉱山だけでどうにかなるものなの? その、計画そのものは私もいいと思ったのだけれど」

イーリアの目的は、そもそもが奴隷制度の廃止だった。

となれば、目的はそこそこの奴隷解放ではなく、全部の解放だろう。

そこからすると、やや不安が残るのかもしれない。

「どちらかというと……労働力が不足しないかのほうが不安ですね」

自分の言葉に、犬耳をぴんと立てていた。

「そうなの? でも……」

「なんの仕事をするかわからないって?」

そう問い返したのは、ささ身をただ焼いたものを慈しむように食べる健吾だ。

「いっぱいあるんだよ。俺もゲラリオさんと昨日、逃げてきた元奴隷の獣人たちと話して、ヴォーデン属州のことを聞いて胸躍ったくらいだ」

それから、ばるんばるん、と胸筋を動かすので、クルルが蛇を見た猫みたいに怯えていた。

「鉱山も、石炭だけじゃないっぽい。硫黄とか水銀の鉱脈があるというから、水銀があればアマルガム法ができるし、硫黄があれば化学産業の基礎を作れる」

イーリアは、あまるがむ……? またカガク……とかぼそぼそ言っていたが、このあたりもきちんと訳語を作っていかないと、後々困りそうだ。

明治維新時の日本人はすごかったのだなとちょっと思う。

「ファルオーネのおやじさんも、硫黄の話を聞いて頼信に頼みに来たしな。怪しげな占星術師と硫黄なんて、実にぴったりな組み合わせだが」

自分が健吾の軽口に笑うと、イーリアとクルルは不思議そうな顔をしていた。

ただ、今後のことを考えると、強酸である硫酸を生産するのは必須でもある。

こちらも化学式はわかっているが、例えば接触法の作業方法なんて詳しく覚えていないし、産業規模となるとなおのこと。ファルオーネや、それに類する才能を持った人たちに頑張ってもらうほかない。

それから化学産業を興すのならば、容器としての硝子の生産も欠かせない。

やることは死ぬほどあって、欲しい資源が無限にある。

しかも獣人たちには死神の口戦術の前衛としての役目も担って欲しいのだから、どれだけいたって足りないだろう。

「ただ、俺としては、ヴォーデン属州の漁業が楽しそうなんだよな」

「漁業? お魚ってこと?」

イーリアが怪訝そうなのは、お腹がいっぱいで食べ物の話はしたくないというより、育ち盛りなので肉食を偏愛しているからだろう。

「ヴォーデン属州はここから随分北にあって、北辺は全部海岸線なんだと。しかもその海は冷たく、暗い海だ」

「……」

イーリアの顔が固くなるのは、この島に来たばかりの頃を思いだしたのかもしれない。

島から逃げ出そうとクルルと共に島の西端に向かって、その先に無慈悲な鉛色の海を見たと話していた。

けれど健吾、それに自分もまた、冷たい海にはそれほど悪い印象がない。

なぜなら。

「凍るような冷たい海で漁師をやらされてるのは、やっぱりほとんどが獣人らしい。毛皮があるし、腕力もあるからな。で、逃げてきた元奴隷の獣人たちの中に、その漁師が一人いた。北の海には、脂ののった丸々太った魚が大量にいるって話だった」

ジレーヌ領周辺は南から暖流が流れこんでいるようで、おかげで極端に寒くならないが、魚がいまいち美味しくない。

けれど以前、ヴォーデン属州の神のいる山に向かった際、立ち寄った港で食べる魚は脂がのっていて、いかにも北の海の魚という感じでおいしかった。

冷たい水の中で生きる魚は脂肪を蓄えるからと、多分どこかで寒流と暖流がぶつかっていて、プランクトンが大量に発生しているのだ。

そしてそれらの魚は、単に美味しいまずいの話だけではない。

「そういう魚は加工することで保存食にできるし、油も取れる。油を取った後の滓はすごくいい肥料になる」

自分たちになじみのある近現代史の話では、鰊などがそうだ。

しかも健吾が知識チートを語る時、自分のそれとは一味違う。

自分は単に本で読んだだけ。

でも、健吾はまさに産業組織を作り上げることを本職としていたのだ。

食品の調達から加工、流通までを、一気通貫でデザインできるなんてと目を輝かせていた。

ただ、静かに話を聞く中で、不思議そうな顔をする者がいた。

コールだ。

「そんな商品がヴォーデンにあるとは、聞いたことがないのだが……」

コールの実家がある州都ロランは、大船団を擁する商都であり、その歴史はすごく古い。

この近隣が帝国の属州となる前から栄えていて、グアノや石炭のようにこの世界ではまだ活用法がいまいち知られていないものならともかく、豊富な魚類が商品になっていないのは妙だと思ったのだろう。

「魚がいても、資本がないんだろうさ」

健吾がにんまりと笑う。

「資本?」

「大規模に魚を流通させるには、設備が必要だ。船団を揃え、大きな網が必要になる。燻製をする加工場の建設や、油を搾る機械も用意しなければならない。加工のそれぞれの段階では、保存する倉庫だって必要になる。さらには商品となったそれらを、安定的に市場まで運ぶ輸送網がなければならない。しかもこれを、一気に造らないと意味がない」

「……」

産業を構築するには、大規模な投資が必要となる。

けれどこの世界でのほとんどの商人は、ささやかな商いから始め、コツコツ資金を貯めて、少しずつ商売を大きくするしかない。

しかもどれだけ溜め込んだところで、それはせいぜい「個人」的な資金量に過ぎないのだ。

前の世界の金融システムが集める資金に比べたら、個人資本など微々たるもの。

銀行とは、その意味で、まったく新しい発明なのだ。

ばらばらに所有され、大きなことを為すには小さすぎる資本をかき集める装置であり、その装置が行きわたった社会のことを、資本主義と呼んだのだ。

「貧しい土地が貧しいのは、往々にして開発のための資本が足りないことが多い。そして、今、このジレーヌ領には、その資本が集まりつつある」

健吾がこちらを見るので、うなずいておいた。

「この間設立した銀行は、その物珍しさと、やっぱりみんな家に大金を置いておくのが不安なようで、順調に預金が集まっています。ロランに発注している船舶の支払いや、高炉の建築資金もあるのでちょっと不安なのですが……まあ、どうにかなりそうかなと」

クルルに思いきり殴られながら見つけた身分確認方法によって、銀行を設立することができた。

町の富裕な商人や、後は単純にイーリアの名前で実施されることにはすべて従順に従って、関心を引きたい人々が金貨をたくさん預けてくれた。多分、中には預金を理解せず、単に献上したと思っている者たちもいるだろう。

でも、預け入れの利便性と、利子がつくということも理解すれば、ますます預金者は増えるはず。

そんなサービス、この世界にはまだ存在しないのだから。

この銀行資金と健吾のコンサルとしての能力があれば、鬼に金棒、魔法使いに合成魔石だ。

自分たちには、資源以外のすべてがある。

「つまり、この食卓に質のいい魚が並ぶ日は遠くないってことだ」

健吾が楽しそうに言う反面、コールやイーリア、それにクルルでさえ、どこか呆れたような顔をしていた。

「よくわからないけど、なんとなく凄そうなのは理解できるわ。それに、たくさん人を増やすのならば、食べ物は大事だものね」

「しかも帝国と戦うことを前提にしているというのだから、僕には信じられませんよ」

コールが首を横に振ると、イーリアの犬耳も肩をすくめるみたいに、上下した。

「あ、そうだ。帝国と戦うというので思い出したのですが」

高炉やら奴隷制度のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

「自分から、イーリアさんにご相談があるのですが」

「私に?」

きょとんとしたイーリアに、自分は言葉を選んで今後のことを伝えた、のだが――。

話をはじめて、ほんの数分後。

自分は牙を剥いたクルルから飛び掛かられ、椅子ごとひっくり返ったのだった。