軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話

ノドン商会は町の経済活動のあちこちに根を張って、そこら中からうまい汁を吸い上げている。けれどその権力も、突き詰めれば源泉は魔石取引にあった。

だからクルルは自分を見かけると、いつもものすごい形相で睨みつけてきて、ノドンが税を納めずに大儲けしている秘密を知らないかと詰め寄ってきたのだ。

自分たちが自分たちの手に運命を取り戻すには、ノドンを排除しなければならない。

そのためにイーリアへとノドンのからくりを説明したのだが、その驚きようはクルルの魔法を目の当たりにした時よりも強烈だった。

「……それこそ、魔法じゃない」

石化してしまったのでは、と本気で思ったくらい動かなくなっていたイーリアが、絞り出すように言った最初の一言が、それだった。

「それも、悪い……本当に、悪い魔法」

吐き捨てるようにイーリアは言って、自身の形の良い額に手を当てていた。

イーリアのショックは、ノドンが税金を納めていないことに対してのものではない。

魔石加工職人たちが借金という毒を打たれ、ノドンの毒牙で生気を吸い取られ続けていることに対して、息を呑んでいた。

イーリアはその身上から、人が獣人を支配する世の中のことはよく知っていたのだろうが、人が同じ人のことを獣人以上に残酷に支配する事実に嫌悪を示していた。

「力のある領主なら、一方的にノドンの不品行を咎めて、縛り首にできるかもしれない。でも、イーリアちゃんの名前では、到底そんなことをできる段階じゃない。今はまだ、イーリアちゃんの味方をするより、ノドンと手を組んだほうが儲かると考えるやつが多すぎる」

「そして、少なくともノドンの魔石取引では、書類上利益が出ていません。ですからイーリア様に税を納めないのも、理に適っている」

自分と健吾に淡々と諭され、イーリアは火の塊を飲み込むように、うなずいていた。

「そこで自分たちは、ノドンの足元を崩すために、職人さんたちの借金を肩代わりする必要があるんです。職人さんたちをこちらの味方に引き込めれば、ノドンは魔石加工をして輸出ができなくなりますから」

「しかしこの計画のためには資金がいる。職人たちの借金は金貨で数千枚って単位だろう。探鉱費用を流用するだけじゃ明らかに足りない」

「……」

じっと話を聞いていたイーリアは、ようやく口を開く。

「じゃあ……どうするの? 探鉱はそう何度もあることじゃないわ」

健吾は肩をすくめてこう言った。

「イーリアちゃんは領主だろ。領主にしか掘ることのできない鉱脈がある」

「鉱脈?」

「そう、鉱脈」

「イーリア様、帳簿を見せてもらえませんか?」

◆◆◆◇◇◇

数日後、また町中でお祭りごとがあってノドン商会が休みになった時、イーリアの屋敷に集まり直すことになった。

「だから、徴税は、私には本当に無理だったんだって!」

ノドンからこの土地の経済的な支配を取り戻そうとすれば、魔石取引という富の源泉を奪わなければならない。そのためには魔石加工職人たちをノドンのくびきから解放する必要があり、彼らの借金をどうにかしなければならないが、そうすると探鉱費用を流用するだけでは到底足りなかった。

しかも合成魔石の秘密というのは扱いが厄介で、すぐに現金を生み出せるわけではない。

だから自分たちは、イーリアだけに掘ることのできる鉱脈、徴税を持ち掛けたのだった。

「お前ら、イーリア様を傷つけるなら私が相手になるぞ」

あの夜以来はよく眠れているのか、元気になったクルルがいつもの調子を取り戻して、喚くイーリアをかばうように抱きながらこちらを睨んでいた。

健吾と自分がイーリアから帳簿を預かり、領主としての収入を改めて調べ直していたら、そのひどさが次々と明らかになって、イーリアはその都度半泣きになっていった。

「いや、責めるつもりはないんですけど……」

「とはいえ徴税を全部丸投げしてるとは思わなかったな」

健吾の一言にイーリアがますますむくれ、尻尾の毛までパンパンに膨らませていた。

「まあ、徴税権を売りに出すことそのものは、官僚機構が発達するまではそれほど珍しいことじゃなかったはずだけど……。それに、クルルさんが徴税に回るっていっても限度があるし」

健吾は肩をすくめ、書類に目を落としている。

「徴税請負権ってのがあるんだな。NHKの集金代行みたいなもんか? 相変わらず頼信は妙なこと知ってるな」

「ゲームで内政パートもつくりたかったから、色々中世のことを調べたんだ」

自分は健吾の執拗な筋トレに呆れるが、健吾は健吾で、自分のアリジゴクみたいな読書歴に呆れているようだった。

話を戻せば、領主という地位には必ず徴税の権利がついてきて、徴税できるからこそ領主なのだと言ってもいい。

だが、税金の徴収は長いこと権力者にとって悩みの種だった。

文字を読める人間は限られるし、集めた税金を持ち逃げしない信用できる人間は少なかったし、領地が広ければいちいち歩いて回ることも難しかった。税の支払いに抵抗する者、収入を隠す者だって多い。

そして適切なノウハウと人員がいないのなら、仕事を外注に出すのは時代を問わず同じこと。

徴税の権利を安く売りに出し、満額回収出来たら権利を競り落とした人の儲け、という仕組みが中世の時代から利用されていたのだ。

問題は、イーリアが徴税なんて無理だと頭から諦めて、すべての権利を言われるがままに売り渡し、その後もまったく監視していなかったことだ。

「正確な税率もよくわからないんだよね」

「クルルちゃん、これ以外に数字を記録してないの?」

健吾の手にしている紙には、徴税権を競り落とした商会から、イーリアに支払われた金額しか書かれていない。クルルは今度は自分が責められていると思ったのか、牙を剥いて威嚇してきた。

この書類はまともな徴税記録簿としての体を全くなしていないが、記録しているだけ幸運だった、と言うべきかもしれない。

「多分、イーリア様の監視がないのをいいことに、徴税を好き勝手やってるはずなんだよね」

「だと思うぜ。相当な高税率のはずだから、徴税権の対価がこんな安い金額のはずがない」

「え?」

クルルの腕の中にいたイーリアが、驚きの声を上げていた。

「高税率? そんな悪いことしてないわよ!」

イーリアがクルルを押しのけるようにして詰め寄ってくる。

「そもそも私みたいな力のない領主が、高い税金を取れるはずないじゃない。だから徴税の権利は全部町の人たちに売り渡していて、その金額も実際に低いでしょ? 強欲貴族みたいに言わないでよ!」

とまくしたてるが、世の中は残酷で、商人たちはどこの世界、いつの時代でも、がめついのだ。商人たちはイーリアがろくに税率を把握しておらず、監視する能力もないとすぐに理解しただろうし、そうなればその後に彼らがすることは容易に想像がつく。

「領主様のお達しである、と言われたら、大抵の人は信じると思いますよ」

「鉱山の外で働く獣人もたくさん知ってるけど、俺が来る前の鉱山と同じくらい、生活は苦しくてひどいはずだ。というか、町の外の農村部から嘆願の人たちがたまに来てないか?」

そしてそういう哀れなおのぼりさんを目当てに、この屋敷前には詐欺師がたむろしている。

「そん、な」

イーリアが税に無関心だったのは、自分にはその力がないと思っていたから。それから多分、領主が無力で税を取り立てられないということは、町の人たちが税を納めなくていいということだから、それはそれでいいことなのかもしれないと思っていたのではないか。

だが、絶対に、そんなふうに話は運ばない。

大抵の人間は、権力があれば限界までそれを活用しようとするものなのだから。

「で、でも、でも、私は村の人たちが税を納められないと訴えに来たら、徴税権を買ってる商会から受け取るお金を減らして、その分のお金を村の人に渡すようにって……商会に……」

話している最中に、地頭の良い少女は自分で気が付いたらしい。

口を引き結び、怒りで目元を赤く染め、尻尾の毛を逆立てていた。

「私は、頭から尻尾まで、騙されていたってこと?」

目立たず、口ごたえせず、頭を低くして山ほどの苦難を耐えてきた。

けれどイーリアは良くも悪くも、素直な性格を失わなかった。

側に絶対に信頼できるクルルがいたせいもあるだろう。

クルルの手を握って、ふたりでじっとしていれば大抵の苦難はどうにかなった。

だから、首を伸ばして、外がどうなっているか見るということをしなかったのだ。

「そうだ、と断言するのはあれですが――」

「そうだよ」

健吾は言って、ばしっと膝を叩いた。

「だがまあ、こんだけひどかったら、それだけ税金を取り返す余地があるってことだ。こんなの、ちょっとつついたら無限に不正が出てくるだろ。それはそれで俺たちの望むところじゃないか?」

そのとおりだった。

「目的を思い出しましょう。自分たちの目的は、魔石の合成という凄すぎる技術をうまく活用して、お金を稼いだり、領地を良くしたり、各々の目的を追求することです。けれどノドンがいると、彼がすべての儲けを吸い込んでしまうから、彼をどうにかする必要がある。そのためには魔石取引を彼の手から取り上げる必要があって、ノドンに支配されてる魔石加工職人をこちらの味方につける必要があります」

決してイーリアの杜撰な領地経営を責めるわけではない、と改めて強調する。

「そして職人たちを協力者にするには、資金が必要で、鉱山の探鉱費用だけじゃ足りません。だから税を取り立てる必要があるんです。でも、健吾の言うとおり、この杜撰さは自分たちに都合がいいことのはずなんです」

「……どういうことだ?」

半泣きでむくれているイーリアの代わりに、クルルが尋ねた。

「自分たちは新しい税金を取り立てるわけじゃなく、すでに人々が支払った税金を、強欲な商会から取り戻すんですから。貧しい人から追加の税金を徴収するのと比べて、どうですか?」

感情の起伏が激しいが、クルルも賢い娘である。

言われたところを想像して、納得したらしい。

「けど、まずは現状を把握しないとな。誰が、どれだけ、どんな税金を集めているのか」

健吾が言うように、一口に税金と言っても山ほどの種類がある。しかもクルルが記録に残していたのは、徴税権を売った際の金額だけ。

税率も、どんな徴税権なのかも、なにも記載がない。

どこからどんな名目でいくら集めるべきものなのか、まったくわからなかった。

「徴税権を買っている商会に聞きに行けばいいだろう?」

徴税権の記載について負い目があるクルルは、不機嫌そうに言った。

「理屈としてはそうですが……」

またぞろ考えを否定されたクルルは片方の眉を吊り上げていたが、それをなだめたのは、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるイーリアだった。

「盗まれた品物の在処を、盗んだ泥棒に聞きに行くようなものだからでしょ」

まだ不機嫌さが残っていたが、口を開いたことでガスが抜けたらしい。

大きく息を吸って、説明を続けていた。

「しかも私たちは、なにを盗まれたのかさえよく分かっていない。だから相手が正直に話す理由なんて、ひとつもない」

「はい。ですから、先に町の人々に聞き取りをすべきです。これだけの税金を町の人から取り上げているのに、どうしてこちらに渡す金額がこんなに少ないのか、という順番で問い詰めるほうが効果的です」

クルルは渋々うなずいていた。

「ただ、だれがそうするかって問題があるんだよな」

「だからそれは私が――」

とクルルは言い募りかけたが、頭の上の三角の耳と、腰から生える尻尾のことを思い出したのだろう。イーリアが悲しげに苦笑し、そんなクルルの細長いすらりとした尻尾を手で撫でてから言った。

「私たちが町の人に税金の話なんて聞いたら、水をぶっかけられるかもね」

二級市民とみなされている獣人の血を引く、お飾り領主の小娘が税金を集めていることだけでも、町の人々にとっては腹立たしいことだろう。そこに呑気な顔をして現れて、税金をいくら収めているのかなんて聞けば、よく知りもしないのに税金を搾り取っていたのかと怒りを掻き立てるだけのはず。

「それにイーリアちゃんたちが聞いて回っていたら、徴税権を競り落としていた連中は、不正の証拠を消そうと動くだろう」

「……かといって、お前たちが聞いて回るのも変だろう?」

クルルが言い返すと、健吾と自分は揃ってうなずいた。

魔石の合成はうまくいったし、ノドンを倒すためにどうすべきかの計画もある。

けれどなにかを為そうとすれば、いつだって人手の問題が立ちはだかる。

現代でどうして人材派遣業があんなに儲かるのかという話なのだ。

町の事情に通じ、人々から税の話を聞きだせるような、そんな都合のいい人材の頭数を揃えなければならないが、そんな人材がいればイーリアはそもそも、自力で税を取り立てられただろう。

「あるいは、探鉱費用を手に入れたら、それを用いて誰か雇うとか」

どうやって探すかの問題は残るが、金を出せばその対価に働く者はいるはずだ。

「探鉱費用は虎の子だろ。可能な限り温存しないとならない。それに今のところはまだ、皮算用だからなあ」

「それはそうだけど……」

自分と健吾が話し合っているところに、クルルが言った。

「町の人間に顔が利いて、手数があればいいんだよな?」

自分たちのみならず、イーリアもまた、驚いたようにクルルを見ていた。

「あ、あなたにそんな友達がいるの?」

けれど、イーリアの驚きは、自分たちのものとはちょっと違っているようだった。イーリアがショックを受けているのは、多分、イーリアにはクルル以外に友達がいないからだ。

その気持ちがわかったのは、自分もまた友達がいないからなのだが。

「友達じゃないですよ」

クルルはイーリアの気持ちをわかっていたのかどうか、困ったような笑顔で答える。

「でも、おあつらえ向きの、都合のいい奴らがいます」

イーリアは相変わらず想像もつかなかったようだし、それは自分たちもまた同じ。

だが、クルルの口にしたのは、自分たちもよく知っている連中なのだった。