軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十七話

この世界を支配するドーフロア帝国が、でんと居座る大陸がある。

その大陸の端っこの左上に、ぽこんと半島がつきだしている。

半島は四つの属州に分けられていて、アズリア属州は左下にある。

ジレーヌ領はそのアズリア属州の中でもさらに左下、端っこの海に浮かぶ小島となる。

件のヴォーデン属州は、そんなアズリア属州の北部に広がっていた。

そしてこのヴォーデン属州だが、ジレーヌ領の西側には大洋が広がっているのとは違い、その西側の海には島しょ地域が続いていた。そこはかつての帝国の侵略戦争の際、帝国軍を押しとどめた境界となっていて、蛮族の地、などと呼ばれている。

帝国は何十年も前の戦いで攻めあぐね、いったん軍を引いたものの、世界制覇は未だに諦めていないらしく、今もヴォーデン属州に対し蛮族の地を制圧するよう戦いを強いていた。

獣人たちが奴隷として捕らえられ、売られているのは、その戦費調達のためだ。

なのでこの奴隷貿易を根本から駆逐するには、ヴォーデン属州だけをどうにかすればいいわけではない。

根っこには、帝国中央の政策があるのだから。

そうなると、話はどうしたって帝国中央に関わるせいで、前回この話題が出た時には、見て見ぬふりということになった。

でも、クウォンの聖女にして、悪魔でもあるヘレナの一件を経た今、事情は大きく変わっている。息をひそめて帝国から隠れ続けるのは無理だし、得策ですらないと確信した。

魔導隊の動きから、帝国はジレーヌ領の噂を聞きつけて、調査に乗り出そうとしていることが判明したし、そのうえ、ヘレナの語ったあの話がある。

帝国中枢に巣食う、寄生性の悪魔の可能性だ。

帝国と正面から戦うにせよ、あるいは海の向こうに逃げるにせよ、現状のままでは足りないものだらけだった。

可能な限り早くスキルツリーを解除して、備えをしておかねばならない。

そのためには経済の規模を拡大するほかなく、一気に成長させるには悠長なことをしている場合ではなかった。

それはたとえば、獣人たちを奴隷としてこき使い、生産性の低い仕事に従事させるようなことだ。

「なる……ほど。要は、奴隷たちの解放と、君たちの言う生産性の上昇とやらを、一挙にやってしまおうということか」

クルルが食事を作ってくれている間に、計画のあらましを説明した。

それは気がついてしまえば、簡単な話なのだ。

奴隷がいて、未開発の資源があって、自分たちにはその両方への需要がある。

そして労働力と資源と需要の三役が揃えば、それは産業となる。

獣人奴隷たちが多く行き交う州都ロランで暮らしていたコールは、なにかのだまし絵を見せられたかのようだった。

「です。そして大きな利潤を生み出せば、奴隷交易に携わる人たちも、奴隷を所有する人たちも、奴隷を解放したところで損をせずに済みます。要は、奴隷の皆さんが自らを買い戻すようなことに等しいのですから」

奴隷が財産として取引されており、経済的な理由もあって安易に解放できないなら、その話を逆転させればいい。

経済の問題なら、経済で解決できるのだ。

「だけど、この話は――」

コールが言いかけた直後、どん、と目の前に皿が置かれていた。

クルルが作ってきたのは、山盛りの唐揚げだった。油が豊富ではないこの世界では、揚げ物のレパートリーが少なくて、唐揚げが知られていなかった。

ちょうど、例のノドン時代にひどい目に遭った女の子たちのための修道院兼肉屋から、鶏が出荷され始めたこともあって、自分から唐揚げのことを聞いたクルルは、ちょくちょく作るようになったのだ。

育ち盛りのイーリアは目を輝かせて尻尾を振り、うつらうつらしていたゲラリオは皿を置く音にびくりとした後、二日酔いには油の匂いが辛いのか、苦しそうに呻いていた。

脂質を嫌う健吾は唐揚げが見えない振りをして、ばちばちと爆ぜる油に恐れおののいた様子のコールは、小さなため息をついてから話を続けた。

「君の欲しがっているのが、石の炭だとか鳥の糞だとか奇妙なものだという点を除けば、理解はできる。それに、この話はそのままでは機能しないという点をきちんと考慮しているのも、いいと思った。僕は賛成するよ。君が……その、男前なことを言い出したのも、きちんと理由があってのことなのだと」

コールはクルルのことをやや気にしながら、そう言った。

自分は苦笑いしつつ、言葉を返す。

「自分たちがヴォーデン属州の人たちに頼み、石炭を採掘してもらい、グアノを採集してもらってそれに大金を払っても、利益は奴隷の皆さんに渡らないでしょう。その新たに生まれた利益を使い、奴隷の皆さんを解放してもらうには、ちょっとした「お願い」が必要です」

ざくり、とひと際大きな音を立ててイーリアが、唐揚げを頬張りながら言った。

「奴隷のことで文句を言いに来たヴォーデンの連中を、完膚なきまでに叩き潰してから、言いに行くのよね? こうなりたくなかったら、言うことを聞けって」

イーリアは領主なんてやりたくないといつも言っているが、やっぱりこの女の子ほど適性のある人物はいないだろう。

「なるべく穏便に行きたいですが、概ねはそうです。それに、この形なら、自分たちのほうから乗りこんで暴れるわけではないというのもありがたいんです。それは侵略ではなく、あくまで和睦の際の条件として要求できますから、向こうも飲み込みやすいはずです」

「僕の実家と同じ流れか」

コールの実家がある州都ロランも、ジレーヌのことを舐め腐って攻撃しにきて、返り討ちにあった。

そこでジレーヌとしては、寛大な態度を見せつつ、あれやこれやと要求を呑ませるのだ。

「いいと思うわ」

意地悪が大好きな領主様は、悪そうに尻尾を振っている。

クルルが最後に自分の前に皿を置きに来て、小さく笑いかけてきた。

無理だと思われた問題が解決する。

それにみんなに説明する前に、自分とこの話を相談したというのも、機嫌を直してくれた一因だろう。ただ計画を説明されるだけの聴衆ではなく、一緒に考えた仲間として。

やれやれ、一件落着。

そんな空気の漂ったところだった。

「だがよお、やっぱりわからんところがあるな」

ゲラリオだ。

唐揚げを摘まんで口を開いたゲラリオは、二日酔いに負けたら男が廃るとでも言わんばかりに、唐揚げに噛みついた。

「俺たちが急いでるのは、聖女様の話の件もあるんだろ? 帝国の内部に悪魔がいるかもって話は、俺はまだいまいち飲み込み切れんが……帝国中央がここジレーヌに目を付け始めてるって危機感なら理解できる」

ゲラリオは一個目の唐揚げを飲み下し、ふたつ目をかじってから、急に目を見開いた。

二日酔いなのに油物を食べて気分が悪くなったのか、と思ったら、みるみる真っ赤になった顔から汗が噴き出した。

そして自分の隣では、クルルが澄まし顔で尻尾をうねうねさせている。

多分、デリカシーのないことを言われた仕返しに、クウォンで手に入れた香辛料をどっさり唐揚げに仕込んでいたのだろう。

「ぐっ……くっ、で、だ」

しかしゲラリオも意地っ張りで、残りの唐揚げを口に詰め込み、気合で飲み込んでいた。

「ヴォーデンの奴らを返り討ちにして、あれこれ要求をつきつけるのはわかった。だが、武力を使うんだろ? しかも、今回はロランとのことをなぞるといっても、最初からやり返すことが前提だ」

話しながらこちらを見るゲラリオの顔は、クルルを怒らせて背中を丸めている間抜けなおっさんではなく、戦場で暮らしてきた男の顔だった。

「これを侵略じゃないみたいな態度で話してるのはなんなんだ?」

それは思いのほか、責めるような物言いだった。

空気がこわばり、クルルがなにか言おうとした。

自分はクルルを手で止めて、うなずき返す。

そして、ゲラリオに向けて言った。

「おためごかし、だと?」

うわべだけのきれいごと。

戦場で暮らしてきたゲラリオは、今更多少の汚れは気にしないだろう。

でも、だからこそ、血も涙もない戦場暮らしだったからこそ、気になったのかもしれない。

おままごとみたいな雰囲気のジレーヌが好きだ、と言っていた。

そして圧倒的な武力の行使を前提に、こちらの要求を相手に飲ませようとする計画は、決しておままごとではない。

この問いにきちんと答えられなければ、きっとゲラリオからの信用を失うだろうと思った。

自分はせりあがる緊張を深呼吸で押しとどめ、言葉に変えたのだった。