軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十三話

***頼信⑬***

「新しくなにかを始めるには、元手が必要です。そこをどうすればいいのかなって」

『む、う?』

ドドルは顔をしかめ、丸太のような腕を胸の前で組む。

「鉱山や畑仕事なら、腕力さえあればどうにかなる側面があります。ですが、商人なら売り物を揃えなければなりませんし、職人なら工房と仕事道具が必要になります」

今までの徒弟制度なら、見習い期間中の生活費や、道具の費用は親方が負担していた。

その代わりに徒弟は、給料なしで使い倒される。

理不尽に見える制度も、大抵は必要から生まれている。

では既存の親方たちが、獣人たちをすんなり徒弟にしてくれるだろうかというと、難しい気がした。

それに、まともに技術のない徒弟を抱えるのは、親方にとって負担ともなる。

だから誰かが、獣人たちを資金的にサポートしなければならない。

自分は昨日の健吾との会話を思い出す。

「銀行を作れたらよかったんですが」

『ギンコウ?』

「人々からお金を集めて、貸し出すことを生業とする商会みたいなものです。両替商や質屋の凄いものだと思ってもらえたら」

『ふむ……』

「ただ、人々からお金を集めるのも、そのお金を貸しだすのも、大変なことなんですよ」

前の世界の魔法は、それを魔法と思わないほど生活に溶け込んでいた。

だからものすごく基本的なことを、見落としていた。

「相手を確認するのが難しいんです。お金を預けてもらった相手が誰なのか、また貸した相手が誰なのかわからないと、うまくいきませんから」

窓口に現れた人物が本当に本人かどうかわからなければ、銀行制度は成立しない。

だから前の世界の古い時代や、こういう世界での金貸しというと、ほとんどが担保を取る質屋なのだ。

『ワレラは名誉を重んじる。借りたものは必ず――』

ドドルは怖い顔で肩と背中を膨らませながらそう言って、やがてぷしゅうと空気が抜けた。

『いや、返すつもりではあるが、返せないこともままある。ましてや今は、流れモノが大勢島に来ていて、ワレですら把握しきれなくなりつつある。中には借りたまま逃げる不届きモノもいるだろう。オマエの懸念は、理解する』

「なにか、良い方法はないでしょうか」

その問いに、ドドルは目を見開いた。

『ワレに聞くのか? オマエと、ケンゴがわからないものを?』

「誰がどんな名案を持っているかわかりませんから」

これは本当のこと。

どこにどんな問題の解決法が転がっているかわからない。

NASAの専門家が、長年解決できなかった問題をネット上に公開したら、全く畑違いの分野の人があっさり解決した、なんて話は前の世界にたくさんあった。

自分が好きなのは、第二次大戦時の暗号エニグマを解読する話だ。

暗号の専門家を集める任務を負った将校が、暗号Cryptogramの専門家と間違えて、隠花植物Cryptogamの専門家を雇ってしまったという。

雇ってしまったものは仕方ないので、とにかく働かせてはいたが、もちろん暗号解読に役立つはずもない。植物学者本人も、実に気まずかっただろう。

しかしある日、なんと、役に立ったのだ。

沈没したドイツ軍の潜水艦から、ずぶ濡れになった暗号文書が引き上げられたが、迂闊にページをめくろうものなら破れてしまうし、かといってこのままではどんどん崩壊してしまう。

貴重な手掛かりが無に帰そうとしている、というところに、あの隠花植物学者が現れたのだ。

湿った繊維の取り扱いなら、隠花植物学者の右に出る者はいないのだから。

「ドドルさんの知り合いにも、聞いてもらえませんか? 身分確認の問題を解決できると、ものすごく色々なことがはかどるんです」

銀行ができれば、新しく商いをしようとする人々に融資がしやすくなる。

もちろん預金を集める機能も大事だし、皆が口座を作ってくれると、さらなる副次効果を得られるのだ。

口座から口座に振り替えができるので、現物貨幣の流通を減らすことができる。

これが、おそろしくでかい。

ノドン時代、魔石職人組合の組合長たちが、ノドンへの借金の支払いのために組合員から集めた大量の銀貨や銅貨を、手を真っ黒にして数えていたことを思い出せばいい。

ああいう手間がなくなるし、貨幣はどんどん摩耗していくので常に足していかねばならず、現金というのは経済にとって足かせでしかないのだ。

それに銀行口座があれば、貯蓄もできる。

自分がノドン商会で寝泊まりしている時に痛感したように、家を持たない者たちは、お金を持っていると危険だからその日の稼ぎを散財するしかない。

でも銀行に預けられれば、話は別。

貯蓄ができればけがや病気で仕事を休んでもすぐに詰まなくなるし、新しい商売を始めたいと思ったりする人たちの助けにもなる。

銀行はある種の、福祉制度なのだ。

だが、それらすべてが、身分確認ができないせいで頓挫している。

『ううむ……』

ドドルが背中を丸め気味に腕を組んでいると、すごい迫力がある。

けれど必死に頭を巡らせているドドルの様子には、どこか親しみが感じられた。

荒っぽいが、根は真面目なのだ。

『ワレラは基本的に、父祖の名と生まれた土地でしか区別しない。それに、相手がダレカなど、前に立てばわかる』

だからそんなこと考えたこともない、という感じだ。

「全員が顔見知りならば、それでもいいんですけど」

『ぐむう』

身分確認の問題は、この先ジレーヌが発展する中で、銀行だけでなく治安の維持や秩序のためにも必要となってくるだろう。

つくづく、ギルドカードが欲しいと思う。

『周りにも聞いて、考えておこう』

「お願いします」

『それと』

ドドルは組んでいた腕を解き、こちらを見下ろしながら続けた。

『ワレラの中で、浮ついた雰囲気になっているのは確かだ。ヨソモノも多くなっていて、不埒なモノがでるかもしれん。だが、ワレが責任をもってまとめてみせる』

ドドルは言葉を切り、じっとこちらを見据える。

『オマエが新しい道を見つけるまでな』

信頼、という言葉に形があるとすれば、その瞳のことだろう。

「はい。できる限り早急に」

ドドルはうなずき、言った。

『では、屋敷まで送ろう。引き留めて悪かったな』

「いえ大丈夫です。ドドルさんこそ、この町に滞在している獣人の皆さんに、早く吉報を伝えに行きたいのでは」

今まさにバードラの町で、ジレーヌ行きを切望し耐えている者たちがいる。

ドドルはううむと唸ってから、首を振った。

『大した距離ではない。それにオマエになにかあれば、ワレは面目を失う』

確かにそうだ。油断していいことはない。

「では、お願いします」

ドドルはうなずき、自分たちは歩き出した。

その足音に紛れさせ、自分はふうと息を吐いた。

死神の口戦術で舞い上がっていたのは、クルルたちだけではない。

自分もまた、似たようなものだった。

戦いを想定し、そのために社会を作り替える。

その結果がどうなるかと、まったく考えていなかったのだから。

まさかそのことをドドルに気付かされるとは思わなかったが、このジレーヌ領がうまく機能していることの証でもあるだろう。

古の偉大なる政治家は、常に反対意見を述べる者を傍に置いていたという。

帝国とのことを見据えれば、戦力を高めるためにあらゆることをすべし。

けれど戦だけが社会の目的になると、それは恐ろしい事態を招く。

バランスを保ち、計画を進めなければならないと、肝に銘じておく必要がある。

『着いたぞ』

「ありがとうございます」

礼を述べる頃には、もうドドルはこちらに背を見せて歩き出していた。

その背中を見送り、呟く。

「まだまだだなあ……」

ついこの間まで平凡以下だったサラリーマンには、領地経営など荷が重い。

とはいえ、自分たちが始めた物語でもある。

ベタだが両頬を叩き、気合を入れて屋敷に戻った。

そしてずいぶん賑やかな宴の様子に驚きつつ、ほっとしたのだった。