軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十話

***頼信⑩***

光あれ、と神が言ったら世界に光ができたらしい。

古きイングランドの王様は、満ちていく海を退けられないと謙虚に自覚していたらしいが、王様とか領主様はある種の神である。

そのことを、ジレーヌの対岸の港町であるバードラに赴いて理解した。

「今度は、ここからあの丘まで全部私の物ってことなの?」

「将来的にはですね。今のところは、その予約という感じです」

開けた平原に立つイーリアが迷子の女の子にも見えるのは、こちらの言うことにいまいち実感が持てないからだろう。

隣に立つクルルもまた、少し強めの風に揺れる髪の毛をかき上げ、なんだか納得できないような顔をしていた。

「魔法か?」

「相変わらずだけど、権力ってすごいのね」

ジレーヌ領内でも、その一端は垣間見た。屋敷の書庫から引っ張り出した埃まみれの書類によって、島の土地がほとんどイーリアのものになった。

おかげで、町の外の荒れ地に新たな開発区画を設定し、土地の利用権を売りにだしたら、山ほどの金貨が転がり込んできた。

でもそれはいわばお膝元の話であり、島の中だけのことという感覚があった。

そんな自分たちが島を出て、対岸の町バードラに乗り込んで目の当たりにしたのは、今のイーリアが持つ権威というものの強さだ。

「戦はしないんじゃなかったのか」

クルルがこちらに、責めるような目と言葉を向けてくる。

「占領したわけではありません。バードラの領主様から借金をして、その借金でこの土地を買ったんです」

「……」

クルルが片方の唇を釣り上げて牙を見せたのは、戯言だと思ったからだろう。

そして実際に、ちょっとした戯言だった。

だから賢いクルルは、こう言ったのだ。

「あれを借金と言っていいのか? そもそも、イーリア様が借金をするわけじゃないんだろう?」

クルルから、厳しい目線が向けられる。

「新しい町を作る金は全部、あのバードラの領主が出す。そしてバードラの領主は、その新しい町から税収を受け取ることで、出した金を取り戻そうとする。ここまでなら、私もわかる」

不機嫌そうなクルルに、イーリアが笑いながら言う。

「そうよね。でもその新しい町の持ち主は、なぜか私になるんだから」

「まとめると、確かにそうなんですが……」

この計画を提案した健吾自身、罪の意識が若干あったらしい。

しかし外資コンサルらしく、横文字を使ってこう言ってのけた。

レバレッジドバイアウトみたいなもんだな。

企業買収の手法のことらしいが、普通の買収と違うのは、買収するための資金を自分で用意しない点にある。

借金するのは、買い手側ではなく、買われる会社のほうなのだ。

自分は三回聞きなおした。

ある会社を買おうとするのに、借金するのは買い手側ではない。

買われる会社が、そのための資金を借金する。

それではまるで、鶏が自分を捌くための鉈を用意するようなものではないか。

こんな意味の分からない方法が、本当に前の世界に存在したらしい。

ビジネスの世界には、えげつない魔法が存在する。

さすが健吾だと唸るしかなく、唸っていたら、イーリアが咳払いをした。

「まあ、ケンゴの話を私が理解したところだと、一応理屈は立ってるのよね」

イーリアはそう言って、地面に落ちていた小枝を拾い、散歩に飽きた女の子みたいに、図を書き始めた。

「まず最初は、こう。私たちには新しい町を運営して利益を上げる自信があるけど、その町を作るためのお金がない。だから新しい町を誰かに作って欲しいとお願いする」

イーリアの顔と、新しい町の絵が描かれる。

「その新しい町は利便性を考えて、ジレーヌ領に最も近いバードラの町の隣に作りたい。だからどうせならと、バードラの領主様に作って欲しいとお願いする」

「イーリア様、お上手です。バードラの領主もそっくりです」

クルルの誉め言葉に、イーリアはにこりと笑顔を返す。

ただし、バードラの領主は悲痛な顔がデフォルメされて描かれている。

それはイーリアがバードラの領主の前に現れてからずっと、彼がこんな顔をしていたからだ。

「でもバードラの領主様にもお金はないから、バードラの領主様は新しい町を作る費用を、色んな所からかき集める」

矢印が伸びて、バードラの領主に向けて、たくさんの人がお金を出す。

「バードラの領主様は、かき集めた借金で新しい町を作って、私たちに渡す。私たちはその町から手に入る税金を、バードラの領主様に渡す。バードラの領主様は私たちから受け取ったお金の中から、他の領主たちに借金を返していく。全部が終わると……」

イーリアは話を一度区切り、どこか不思議そうに言った。

「大きな街が、金貨を一枚も出していない私たちのものになる」

最後まで矢印を描き終えたイーリアは、大きく肩をすくめた。

「やっぱり、良く言って詐欺じゃないかしら?」

自分もそう思うのだが、前の世界でも細部は違えど、似たような買収が実際に多々あったようなのだ。

それはある会社が、自分より十倍以上も規模の大きい会社を買収するとかいった、不可解な話だ。

小魚が鯨を飲み込むという摩訶不思議な現実が、ビジネスの世界にはある。

「ですが、新しい町がきちんと税収を上げるのならば、誰も損をしないのは確かです」

イーリアとクルルが、イーリアの描いた絵に視線を向ける。

そう。

この計画がうまく回れば、誰も損をせず、皆に利益がある。

「私がわからないのは」

イーリアはふわふわの髪の毛の下から、理知的な領主の目を図に向けている。

「こんなことが可能なら、私は一枚の金貨も出さずに、全世界を買えちゃうってことじゃない?」

なんとなくそう見えるのだが、一応そこには制限がつけられる。

「誰かがお金を出し続けてくれさえすれば……ですね。そのためには、きちんと買った世界を運営して、利益を上げられないとなりません」

だから一応、辻褄は、あう。

要は、経営に対する信用を利用して借金する、ということなのだ。

貸した金が増えて返ってくると思うから、貸す人が現れる。

それゆえに、バードラの領主が新しい町を作ると言っただけでは、お金は集まらない可能性が高い。

でも勢いのあるイーリアと、ジレーヌ領を作り替えた辣腕の手下たちがいるのなら話は別。

つまり健吾の言葉を借りれば、イーリアの可愛い顔があるからお金が集まることになる。

そして今回の計画では、健吾がいかんなくその魔法を駆使し、ひとひねり加えてある。

借金をするのがイーリアではなく、バードラの領主だというところだ。

巨額の資金を集めるのも、資金の出し手に金を返すのも、すべてバードラの領主となる。

金周りの面倒な仕事をすべて押し付けられるし、万が一町の運営がうまくいかなくなった時、資金の出し手から恨まれるのはバードラの領主だ。

イーリアは、バードラの領主一人から恨まれるだけで済む。

そしてバードラの領主がイーリアに反旗を翻せないと知ったうえで、健吾はこの計画を編み上げた。

「やっぱり、すごく悪いことしてる気がするんだけど」

イーリアは領主をやるには優しすぎる。

けれどどうして自分と健吾がそんな案を持ち込んだのかも、すぐに見抜いていた。

あなたたちが話を持ってきたってことは、背に腹は代えられないんでしょ?

そう言って、承諾したのだから。

金がなく、土地もなく、それでもなお、戦はなし。

かといってぐずぐずしていれば、強大な敵が遠からずジレーヌ領にやってきて、すべてを滅茶苦茶にするだろう。

だから倫理と現実の隙間を、どうにか這って進まなければならない。

「……一応、健吾の話では、バードラの領主様にも余禄というか、大きな利益があるはずだということでした」

その言葉に、イーリアとクルルが揃って疑わし気な目を向けてくる。

顔立ちの整った二人の少女に睨まれると、言い難い迫力がある。

「えっと、実際に、ここの領主様は話を聞いて前向きになったわけですから」

その言葉には、なおも二人の獣耳の女の子が懐疑的な顔をしている。

二人でこそこそ会話を交わしているのは、このバードラを訪れてからの、一連の出来事のせいだろう。

まず、イーリアの来訪からだ。

港は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、その大騒ぎを無視して、一直線にバードラの領主の屋敷に向かった。

そして来訪を使用人から告げられたバードラの領主は、転がるようにして屋敷の中から飛び出してきた。

破竹の勢いのジレーヌ領から突如として盟主がやってきたのだから、それこそ青天の霹靂だろう。

ロランの大船団さえ大魔法で黙らせた権力者が、わざわざ屋敷にやってきた。

まず想像することは、今からここは朕の家であると言われ、追い出されることだったろう。

「イーリアさんの指摘のとおり、借金するのはバードラの領主様です。でも、それはただの借金ではないです。バードラの領主様にお金を貸す人たちは、バードラの領主様にお金を貸すとは思わないでしょうから」

「私のご機嫌取り」

不服そうに、イーリアは言う。

「そうです。この新しい町の計画はイーリアさんの計画であり、島の外にはイーリアさんの歓心を買いたい人たちが列をなしています。この計画にお金を出した人の名簿は、イーリアさんへの忠誠を示した名簿となる……かもしれません」

イーリアは、前髪が揺れるくらいにため息をつく。

「そしてバードラの領主様は、誰をその名簿に付け加えるかの采配権を、手に入れるわけね」

屋敷でこの件を説明した健吾を怖く思ったのは、淡々と難しい話をするその能力だけではない。

権力というものの本質というか、人を動かすためにはなにを掴んでおけばいいのか、それを的確に把握しているせいだ。

「名簿の一番目に名前を乗せるためなら、バードラの領主様にわいろを渡すことも辞さない人がでるでしょう。あるいはこの名簿から締め出されないために、バードラの領主様にひれ伏すかも」

そこから生み出される利益は、かなりのものになるはずだった。

なのでイーリアとのぎこちない挨拶を交わした後、実務を担う健吾とコールの二人からこの計画を聞かされ、利得を吹き込まれると、バードラの領主はたちまち乗り気になっていった。

自分はその様子を見て、食虫植物に捕まった昆虫を見るような思いだった。

「それにきちんと町を運営し、税によって返済すれば、バードラの領主様はきちんと利益を上げられます。バードラの町自体も賑やかになるでしょうし」

イーリアが頑強に反対しなかったのは、結局、どれだけイカサマに見えようとも、全体としてはつじつまが合っていたからだろう。

それに、バードラの領主が借金の主体になれば、自分たちで各地の領主たちを説得して契約し、金を出させる手間がない。そういう面倒ごとはすべてバードラの領主がやってくれる。

人員に限りがあるジレーヌ領、そして面倒くさがりの領主様としては、無視できないメリットだ。

「ヨリノブが全力で町を運営するのよね?」

そのまったく同じ台詞を、屋敷で説明した時にも聞いた。

「はい。そして、利益は間違いなく出るはずです」

この世界に来たばかりの頃なら、間違いなく、なんて言葉はそうそう使わなかっただろう。

ただ、イーリアは苦笑し、クルルが呆れたようにため息をついていた。

「はずです、じゃなくて、出ますって言いなさいよ」

また無意識に留保していたらしい。

「けどまあ、ヨリノブが目をぎらつかせて前のめりだったら、かえって強く反対したんだけど」

イーリアは言って、背後を振り向いた。

そこには天幕があって、バードラの領主とその家臣、それに健吾やコールがいる。

健吾はジレーヌ領の執政役みたいなものだし、コールはジレーヌ領のいわば司法長官である。

だから契約の対応をしているのは、十分に高位の高官といえる。

ただ同じ天幕の下に、イーリアはいない。

若き領主様は雑務に手を汚すことなどなさらず、お供の者たちを連れて悠々と、新たに所有する予定の土地をご覧になられている。

バードラの領主とイーリアの立場の差が、これ以上にないほど明確に表れている。

「ヨリノブも及び腰だから、まあいいかなって。こういうお貴族めいた雰囲気に飲み込まれないように、注意してるってことだから」

権力というものを楽しむには、イーリアは性格が良すぎるし、賢過ぎる。

「それにやっぱり、晩餐にも参加したほうがいいと思うわ」

「イーリア様」

諫めるクルルに、イーリアは首をすくめた。

「突然現れてこっちの要求だけ突きつけて、さっさと帰るなんて失礼過ぎるわよ。クルルの懸念も、もちろん分かるけど」

その懸念というのは、自分たちにまだ領地を治めるということの自覚がない頃に起こった、ロランでの出来事だ。

宿屋で一服盛られ、ひどい目に遭った。

クルルはその時の経験から、契約が終わったらさっさと島に帰るべきだと言った。

なんなら来訪したイーリアを、ともかくもてなそうとするバードラの領主の申し出も、すべて断ってさっさと契約を進めさせていた。

そしてそれだけ塩対応をされてもなお、バードラの屋敷では、今頃使用人たちが晩餐の準備に大わらわだろう。

それが権力者の礼儀であり、外交というやつなのだから。

「今回はきちんと見張りがいるし、あなたも注意するでしょ?」

ここには自分とイーリア、それにクルルの三人だけだが、少し離れた場所ではバダダムとカカムがいる。特にカカムはヴォーデン属州の廃鉱山に赴いた時、真っ先に悪魔の気配に勘付いていた。

稲妻のような立ち姿で周囲を警戒する彼は、実に頼りになるボディーガードだ。

「……はあ」

クルルは諦めたようにため息をつき、それから手厳しい家庭教師のような顔になって、イーリアに詰め寄った。

「せめて、お酒は飲みすぎませんように」

見た目に依らず酒に強いイーリアは、返事の代わりににこりと微笑んでいた。