軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十一話

***ゲラリオ②***

ここはゲラリオの初めて訪れる場所だったし、実は確信もなかった。

風の噂で、知り合いがここで暮らしていると聞いたのだ。

かつてのゲラリオは、運よく戦を生き延びて、やがて戦働きをするには若さと馬鹿さが足りなくなる年齢に差し掛かった。

それで少し頭を使う必要のある冒険者稼業に鞍替えしたのだが、前衛の獣人が再起不能となって、あえなく廃業となった。

そして戦場で別れて以降、似たり寄ったりの経歴を辿ってきたかつての仲間と再会し、どうにかこうにか暮らしていたところ、ゲラリオはある島の存在を耳にした。

獣人が治める島があるという。

そこに行けば再起不能となった獣人でも、戦いに疲れ切った魔法使い崩れでも、のんびり呑気に魚釣りをしながら暮らせるらしい――。

最後の部分は、どうせ噂話だと自分に言い聞かせるために盛ったものだが、心のどこかでは期待していた。ついに、心安らげる場所に落ち着けるのではないかと。

村を出て以来、ずっと戦い続けていた。

最初は家族から離れた寂しさと。次は悪魔のような貴族の連中と。それから、顔も知らぬ、おそらく自分たちと似たような境遇の魔法使い崩れと、無数の雑兵たちと。

最後は、言葉も理屈も通じない、魔石鉱山に湧く魔物の群れと。

島に降り立ち、状況が判明した後は、軽く肩をすくめて笑ったものだ。

ま、世の中そんなものだよなと。

でも。

「おっ」

ゲラリオが足を止めたのは、なんてことのない、けもの道。

足を止めると、さわさわという梢のこすれる音と、山にありがちな、なんの音かわからないぴし、とか、ぱし、とかいう音が聞こえてくる。

そんな中、ゲラリオの鼻は容易にそれを嗅ぎ分ける。

そしておそらく、相手はそれ以上に。

「俺の名はゲラリオ。仲間の名はツァツァル。ここにヨークンって名前のくそみてえな魔法使い崩れがいるはずだ」

誰もいない静かな道に向かい、そう言った。

それから数拍待っても、なにも起こらない。

ゲラリオは腰に手を当て、ため息をつく。

「面倒だな。魔法でここに広い道を作って欲しいか?」

懐に手を入れる。

するとゲラリオの視界のあちこちで、微妙に梢が動きはじめた。

ゲラリオが苦笑いを噛み殺していたのは、それがいかにも可愛らしかったから。

戦場を無我夢中で駆け抜ける十代が終わる頃、気がつけば周囲の小僧たちがおっかなびっくり戦うのを見守る立場になっていた。

懸命に生きようとする彼らの面倒をたくさん見た。

自分がそうしてもらったように。

それで何人生き残ったかなと、ゲラリオは戦で欠けた手でさえ足りる人数を思い浮かべる。

そう考えると、この森を根城にしている奴は、上手に小童どもを育てているようだ。

『オマエ、名はなんと言った?』

声と共に、太い木の幹から、すっと獣人の少年が現れた。

どこか見覚えがあって、ゲラリオの苦笑はさらに強くなる。

「ゲラリオだ。仲間の名はツァツァル」

『……』

獣人の少年はなお疑わしそうにゲラリオを見て、言った。

『そいつは死んだと聞かされた』

「なら、俺を勝手に殺した奴の顔を殴りにいかねえとな」

ゲラリオが歩き出すと、獣人の少年は一瞬身構えたが、ゲラリオを止めようとはしなかった。

どこかまごついたように立ち尽くし、ゲラリオを見つめるばかり。

「ほれ、道案内してくれよ。俺はここに来るのは初めてなんだ」

おどけたゲラリオに、獣人の少年は大きくため息をついて、右手をすっと掲げた。

するとあちこちから獣人の子供たちが現れ、ゲラリオのことを遠巻きに見る。

ゲラリオは彼らを見回し、まだまだ成長途上の戦士たちの空気に、懐かしさで顔が歪む。

「ゼゼクとヴィヴィクの面影があるな」

『っ』

獣人の少年は目を見開き、体中の毛を逆立てて驚いていた。

『父たちの、名を?』

ゲラリオは肩をすくめる。

「お前らの村まで案内してくれ」

農夫曰く、狩人に飼われているという無数の狼の一人に、ゲラリオはそう言ったのだった。

◇◇◇◇◇◇

細いけもの道を歩き、いくつか小さな沢を越えた後、そこにぽっかりと平地があった。

大して広くもないが、よく管理されているのは一目でわかる。

案内役の獣人の少年が、機敏な動きで掘っ立て小屋に駆けていった。

置き去りにされたゲラリオの周囲にいるのは、まだ年端もいかない子供の獣人たち。

よそ者への拒否感より、好奇心の勝る年頃だ。

いや、子供たちが興味津々なのは、あのむかつくツァツァルの野郎の匂いのせいかもな、とゲラリオは思った。

そうこうしていると、少年の駆け込んだ小屋の中から声がして、まず少年が、それから一人の男が出てきた。

「おい、引っ張るなって、なんだよ一体――」

その男は、外に出てゲラリオに気がつくと、呆気にとられたように立ち尽くした。

白昼に幽霊を見たって、こんな顔にはなるまい。

「いよお、ヨークン」

「ゲラリオ⁉」

ゲラリオはにやにや笑い、古い冒険者仲間に向けて腕を広げてみせる。

「幽霊じゃないぜ。というか勝手に殺すんじゃねえ」

「いや、それは……」

長いだけのぼさぼさの髪の毛と、右目を隠す手ぬぐいの眼帯。

相変わらず髪の毛には手を入れないくせに、髭だけはきちんと剃ってやがると、ゲラリオはそんなことを思って内心笑った。

やがてヨークンも驚きがいくらか落ち着いたのか、顔半分を手で拭い、しげしげとゲラリオを見ながら言った。

「なんか……随分と丸くなったな」

「え⁉ 太ったか⁉」

牙や爪の折れた狼ならいいが、決して飼いならされた豚にはならない。

そこまで尖った思想を持っていたのは戦場を駆ける十代までだったが、近ごろは節制をして、地道な鍛錬を再開した。なにせなにかと師匠に手厳しい弟子ができたのだから。

ただ、慌てるゲラリオに、ヨークンは疲れたように笑っていた。

「違う。雰囲気の話だ」

ゲラリオがヨークンを見ると、ずいぶん優し気な目つきだった。

ゲラリオはそれで思い出す。

自分たちが怪しげなうわさ話を支えにして、本当にあるかどうかも怪しい辺境の島を目指して出発する際、こんな顔をして見送られた。

ある日の別れが永遠の別れになることが当たり前の、戦場暮らしらしい笑顔だ。

ゲラリオはなぜか気恥ずかしくて、そっぽを向いて肩をすくめた。

「おままごとみたいな領地で雇われててな。すっかり腑抜けになっちまった」

「へえ。ん? いや、それって、まさか」

「おう。あったぜ、ジレーヌ領」

その名を口に出す時、ゲラリオは随分自分が誇らしく感じていることに気がついた。

そこには、ヨークンの鼻を明かしたという意味もある。

獣人が治めるジレーヌ領などというものはおとぎ話で、せいぜい荒涼とした岩島がある程度。

そんなところを目指すのは馬鹿だと、何度も忠告された。

だが、本当にあった。

そこには、希望があったのだ。

「なんと帝国金貨で二百枚の年金までもらっててなあ。悠々自適の雇われ魔法使い生活よ」

わざとへらへらした態度で言ったのは、ゲラリオ自身、これは自分が荷馬車の荷台で見ている夢の続きなのではと思うから。

でも、顔をさすればまだ少し痛むし、咳をするとあばら骨に響く。

本物の魔法使いたち、帝国の魔導隊と戦った時の怪我だ。

そしてあらびっくり、魔法省を逃げ出した成れの果てが、連中に勝ってしまった。

まあ、正確には、不肖の弟子たちが勝ったわけだが、とゲラリオは誰にともなく胸中で付け加える。

「それより、ドズルの奴はどうした? やっぱりこんな呑気な生活には耐えられなくて旅にでも出たか?」

ゲラリオのことを訝しそうに見ているヨークンに、ゲラリオのほうから声をかける。

するとヨークンは夢から覚めたような顔になって、鼻を掻いた。

ゲラリオはそれで、すべてを悟る。

男の癖はそう簡単に治るものではない。

ヨークンのそれは、誰かが死んだときに見せるものだ。

「墓はどこだ?」

ゲラリオの問いに、ヨークンも自身の癖が出ていたことに気がついたらしい。

恥ずかしそうに口を引き結び、肩をすくめていた。

「こっちだ」

それから案内された小屋の裏手に、小さな塚があった。