軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十二話

長い年月のせいで、くりぬかれた穴の中には色々なものが詰まっていた。

クルルが風魔法を使うと、中身が汚い花火みたいに外に吹き出してきた。

と同時に高らかに鳴る、特徴的な重低音。

空き瓶に唇を当てて息を吹いたような音、と言えば近いだろう。

クルルたちは魔導隊の注意を引かないかと気にしていたが、自分はこの装置に夢中だった。

「そうか……そうだよ、こういう方法もあるんだよな……」

現代的なゲームであっても、こちらのアナログ技術で再現する方法がきちんとある。

そのことに気がつけなかったのがものすごく悔しかった。

大富豪のルールを教えて悦に浸っている場合ではなかったのだ。

「……なんなんだ?」

『さあ……』

怪訝そうにするクルルとバダダムをよそに、気を取り直して言った。

「クルルさん、風を送り続けてください」

「あ、ああ」

クルルは祠の横の通風孔に手を当て、魔法を放つ。

出力を弱く調整するのもそれはそれで難しいようで、かなり真剣な顔だ。

やがて祠を構成する石の中から、唸るような反響音が聞こえてくる。

祠に刻まれた罫線と音符を見て、手元の四つの穴を順に押していった。

『なんと』

驚くバダダムの前で、単純な旋律だがどこか懐かしい感じの音楽が流れ出る。

聖堂の柱に残されていた伝言は、たまたまこの祠にやってきた人と、あの伝言に気がついた人を選別できるようにしたものなのだろう。

自分も、故郷の唄という単語のことが無ければ、この祠から音ゲーを連想できなかった。

「いつまでやればいいんだ?」

女子特有の呆れた目つきでクルルがそう言ったのは、祠に刻まれた音符を五周したころのこと。

あまり音ゲーは好きではなかったのに、現代的なゲームに似たものに触れられた感動が大きすぎて、クルルの言葉は聞こえないふりをした。

それに頭の中は、これをジレーヌ領で再現する計画でいっぱいだ。

魔石で風を起こすのは問題含みなので、ふいごで風を送れるようにすればいいとか、譜面に当たる部分も手動のリール形式にしたほうがよいだろうとか、改良点も次々思いつく。

音ゲーの再現そのものにも興奮したが、アイデア次第でこの世界でも色々なゲームが作れるのではないかという希望のほうが、さらにわくわくした。

この世界も悪くない。

そう思っていた時のこと。

『いつまでやってるのかしら』

音楽が止まったのは、クルルが魔法を止めたから。

けれどそれは意識したというより、硬直した、というほうが近い。

バダダムもきちんと周囲を警戒していた。

けれど祠に寄りかかるようにして、背の高い女性が、正確には、背の高い女性的ななにかがいた。

『でも、うまいわね』

自分はよろけるように後ずさりし、その真っ赤な目を見つめ返す。

そして。

「q……qmんp……い3kんまs……kぇ@?」

ゴブリンみたいな言語学者から教えてもらった、古代帝国語を咄嗟に呟いていた。

するとその悪魔は、目を見開いた後、すぐ奇妙に細めてみせた。

『その言葉まで知ってるなんて』

ようやく気がついた。

悪魔は現代語を喋っている。

観光客らしい外国人に話しかけられてつたない英語で返事をしたら、日本語で返事をされたような混乱に見舞われる。

「え、あっと……」

「お前が聖女か?」

へたれな自分に代わり、クルルがいち早く体勢を立て直す。

悪魔はクルルの構えた魔石をちらりと見て、肩まですくめてみせる。ひどく人間臭い。

『よかった。まだその役は受け継がれてるのね』

悪魔はそう言ってから、続けた。

『私の名はヘレナ。そう。あなたたちの言う聖女ってやつ』

とても聖女という言葉からは程遠い、どこかはすっぱな喋り方。

けれど聖女が人間を超越した存在という意味なら、確かにこのヘレナは明らかに人間ではないのだった。

◇◇◆◆◇◇

バダダムとクルルの毛皮がそろって逆立ったまま、戻らない。

ヘレナがどんな魔法を使うかはまだわからず、伝承どおりに回復魔法と決めつけるのは早計だ。

『そんなに警戒しなくても』

クルルとバダダムの様子にヘレナがそう言うが、油断を誘うための甘言とも限らない。

意思疎通ができない相手も怖いが、出来過ぎるのも逆に怖い。

騙す、という選択肢が増えるから。

しかし、このヘレナが本物の聖女ならば、自分たちの知りたいことを山ほど知っているはずだった。

「あなたは、ヘレナさんは、古代帝国時代を生きていた人でしょうか?」

自分が口を開くと、クルルは魔石を構え直す。

会話の役目を引き受けてくれたら、攻撃に専念できるとばかりに。

『古代……そうか、もうそんなに時間が』

しかしヘレナは、クルルやバダダムの敵意など気にもしていなかった。

戦いになっても勝てるという余裕なのか、それとも?

『ちなみに今って、帝国暦で何年? あー、えっと、あなたたちの帝国で』

自分が言葉に詰まると、クルルが鬱陶しそうにため息をつく。

「私が生まれる前に二百年のお祭りがあったらしいから……二百……二十くらいだろ」

自分とバダダムが揃ってクルルを見たのは、妙な見栄の張り方に気がついたから。

男同士目配せして、触れないようにした。

『二百……。じゃあ、私がここから出られなくなって、もう百年近く経ってるのね』

「え?」

聞き返すと、ヘレナは忌々しそうな、悪魔に相応しい顔つきになった。

『花みたいな茸がいっぱいあったでしょ。魔法を使う』

「あ、えっと、はい」

『そのせいでこの山に誰も入れなくなったし、私も出られなくなった。ある日、突然だったから本当に困ったけど、私にはどうしようもなかった。それでも、そっか、百年か……』

悪魔の時間感覚はわからないが、少なくとも人間のそれとはだいぶ違うようだ。

それに、とヘレナを見て思う。

目の前にいるのは、あのヴォーデン鉱山にいた悪魔よりも、もっとどこか存在感が希薄だ。

輪郭は陽炎のように揺らめき一定せず、よくみると足が地面についていないように見える。

気配もなく突如現れてみせたのも、そのへんが理由なのかもしれない。

しかし、ヘレナの言葉には、その存在よりももっと奇妙なことがある。

「あなたは魔法を使えるのでは?」

魔法を使えない悪魔というのもいるのだろうか。

そしてその問いに、悪魔が不服そうに肩をそびやかす。

『私が使えるのはあいつらと同じ魔法なんだよね。でもさ、あいつらは茸じゃない? 幻惑しても足が生えて歩いてどこかに行ってくれるわけでもないし、むしろ反撃されるとこっちのほうが弱いから、手を出せなくて』

ぐふっ、とくぐもった音は、クルルが噴き出した音だ。

娯楽の少ない世界なので、茸に足が生えるだけで面白いのだろう。

ただ、聖女はやはり回復魔法の使い手ではないとこれでわかった。

茸と同じということは、精神作用系。ゲラリオが言っていたように、怪我が治ったと思わせるタイプの魔法の使い手なのだろう。

『それに私はこんな感じで、いまいち物に触れられないから引っこ抜くわけにもいかなくて。この周辺を確保するので精いっぱい』

ヘレナの手が、祠の石をすり抜ける。

『おまけにあいつら茸は山一杯に広がってて、鹿だろうと人間だろうと追い払うために魔法をじゃんじゃん使うのよ。おかげで山の鉱脈はどんどん細ってて、こっちの力は弱ってくし、鉱脈がもつのもあと数年なんじゃないかしら』

あのマジックマッシュルームに対する推測は大体あっていたし、魔物が魔石を餌にしているというのも、これでほぼ確定だ。

『けど、百年もの間、ここに誰も来なかったってことは……百年経っても、あなたたち以外に誰もあの伝言を解けなかったってこと? それとも、クウォンが田舎過ぎるだけ?』

ヘレナの問いに、自分は肩を落として答える。

「いえ、おそらく誰も魔石に刻まれた暗号を解いていないのだと思います」

『じゃあ、まだみんな掘り出したままの魔石を使ってる?』

クルルの手にあるのは合成魔石。

やはり古代帝国の時代、巨大な魔法陣が存在できたのは、合成魔石の技術があったからのようだ。

「合成した魔石のことも、少なくとも一般的な知識ではありません。というか……聖堂に残されていた伝言は、あなたが残したものなのですか?」

『そう。失われた過去を暴かんとする気概に満ちた、あなたたちみたいなのがいつか来るだろうと思ってね』

ヘレナが笑うと、黒い顔に赤い口が三日月のように浮かぶ。

それはまさに、悪魔の笑み。

「っ!」

クルルが即座に耳を尖らせ、魔石を構え直す。

あれはやはり、秘密を嗅ぎつけた者を捕らえるための罠だったのか。

バダダムが自分をかばうために前に出て、いつでもヘレナに飛び掛かれる体勢になる。

ゲラリオに鍛え直された二人ならば、悪魔にも負けないはず。

ただ、当の悪魔がきょとんとしていた。

『え、なに?』

「お前の目的は?」

クルルがまばたきもせず、ヘレナを睨みつけながら言った。

「お前の目的はなんだ」

その目は、ほんの一瞬でも不穏な動きを見せれば消し炭にしてやると言わんばかりだ。

ヘレナがクルルの剣幕に戸惑いを見せていて、自分はようやく、行き違いに気がついた。

「ヘレナさん……笑うと、怖いんですよ」

輪郭が黒い炎のようにゆらゆらと揺れている、真っ赤な目と口をした悪魔。

鏡はあっても高級品だし、こんな山の中にはないだろう。

それに多分、ヘレナの自意識は生前の人間のままなのだ。

ヘレナはぼんやりこちらを見て、それから自身の両手を見て、合点がいったようだった。

『失礼しちゃうわ!』

クルルとバダダムは依然として警戒の体勢を崩さなかったが、どちらも戸惑いがちなのは、尻尾の様子からわかった。

『で、あなた。目的って言った? ええ、そうよ、目的があって私はこんな姿を晒して、茸に囲まれながらも生きながらえてるのよ』

クルルの尻尾が緊張に持ち上がる。

バダダムの背中が膨らみ、その足が山の腐葉土に沈み込む。

『私たちが前の時代に成し遂げられなかったことを、引き継いでくれる人を待っていたの。それが、この土地を通り過ぎていった人たちの遺志だから』

「は?」

ヘレナは、瞳孔のない赤一色の瞳でもはっきりとわかるくらい、強い視線をこちらに向けていた。

『帝国を滅ぼして』

短い言葉には、押さえつけた感情が塊となって込められていた。

『私たちは、あいつを倒すのに失敗したから、今度こそ、あなたたちが』

絞り出すような言葉は、それまでの気楽な様子とはまったく違っていた。

「あ、あいつ?」

さしものクルルも気圧されている。

輪郭の揺らめきを激しくしたヘレナが、とんでもないことを言った。

『帝国の中心で、魔石を食らうあいつを倒して。すべての元凶は、あれなのよ』

「そ、それって――」

自分が思わず言いかけたその瞬間だ。

背中を叩かれ、つんのめった

「⁉」

攻撃。

不意打ち。

ヘレナの魔法?

混乱が頭の中を駆け巡り、間延びした時間は、実際にはコンマ数秒だったのだろう。

つんのめり、顔がバダダムの背中に当たり、山全体の木々が揺れて鳥が飛び立つ頃には、クルルの鋭い声が耳朶を打った。

「聖堂だ!」

振り向けば、山道の向こうから煙が上がっていた。

誰かがそれなりの規模の魔法を使ったのだ。

「バダダム、ヨリノブを連れてこい!」

クルルは言い終わる前に走り出していて、止める暇さえなかった。

ゲラリオが対峙しているのは、魔法使いとしては最上で、人間としては最低の魔導隊だ。

もしも荒事になっているのならゲラリオ一人ではあまりに不利だろうし、だからといってクルルが無計画に飛び込むのも得策とは思えない。

「ば、バダダムさん――」

『口を閉じて。舌を噛みます』

バダダムはこちらの身体を抱え込み、ぐっと体を縮めてみせる。

巨大なゴムが爆発する、というその瞬間。

自分はどうにか腕の中でもがき、ヘレナを見た。

「ヘレナさん!」

悪魔の娘は状況がわからないようで、困惑したようにこちらを見ている。

先ほどの真剣みは霧散して、姿を現した時と同じような気の抜けた雰囲気に戻っている。

けれどあれは聞き間違いではなかったはずだ。

帝国を、滅ぼして。

魔石を食らう、あいつを倒して――。

それが指し示す事実を確定するには、考えなければならないことが山ほどある。

滅びた古代帝国、失われた神秘の大魔法、そして正体不明の大精霊という単語が、頭の中を飛び交っている。

しかし、今なすべきことをなさなければ、手に入れてきたすべてのものが無意味になる。

「き、茸は焼き払ってあります。ここから出られるはずです」

『え、うん。えっと、それで?』

一度息を飲む。

馬鹿げていると思ったが、言った。

「力を貸してください」

自分を抱えているバダダムの毛が逆立った。

ヘレナは伝説の聖女。

そして現役の悪魔だ。

「あなたとの話は、その後です」

悪魔との取引では、魂を差し出すのだったか。

いずれにせよ、ゲラリオとクルルをここで失えば、自分たちのゲームは終わってしまう。

悪魔に魂を売ることくらい、安いものだ。

『もちろんいいけど?』

悪魔はあっさりと言って、まばたき一回分のうちに、横に立っていた。

『なるほど、敵がいるってことね』

「かなりの手練れのはずです」

自分は一度口をつぐみ、付け加えた。

「相手は帝国直属の魔法使いたちです」

ヘレナの生きていた頃の帝国と今の帝国は違う。

しかしこの悪魔はその言葉に、目を細めて不敵に笑った。

『帝国の手先は全部私の敵よ。ろくに戦ったことなんてないけど、頑張るわ。茸に囲まれてまた百年も待ちたくないしね』

バダダムはヘレナとこちらを見比べて、悪い夢を見ているかのように頭を振っていた。

「バダダムさん、お願いします」

生真面目な獣人は大きなため息をつき、『口を閉じていてください』と言って、猛烈な勢いで山道を下りだした。