軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十四話

木への実験で探求心に火がついたのか、その後はゲラリオが自発的にあれこれ試していた。

魔法の効果を注入するには魔石か、術者の身体が対象に触れている必要がある。

地面に魔石を設置して魔法を撃った時は、地面の中からありとあらゆる地中性の昆虫が湧きだしてきて、クルルが尻尾の毛を逆立てて凍りついていた。

「植物や地面への影響が一時的かどうかは、継続して観察しないとわからんだろうが、魔物が出るようなことはなさそうだな。肉体強化の魔法の打ちすぎで人間が獣人になった、なんて話も聞いたことねえし」

色々試した結果、大体そんな結論だった。

「まあ、木が枯れそうだとか、そういう時にはいいかもな。木のために魔石を消費するなんて、普通ならとんでもない贅沢なことだが」

ゲームシナリオなら、世界樹みたいな物語の鍵になる植物を魔石で復活させる、なんて展開がいかにもありそうだ。

現実的には、植物の病害虫対策になるだけでも、大きな飢饉対策になるだろう。

「ただ、こうやって試してみないとわからんことが、案外あるもんだなあ。大事だな、こういうことも」

ゲラリオは手の中の魔石をしげしげと眺め、そんなことを言っていた。

「もっとも、魔石に対する謎みたいなのは、余計深まったが」

「謎、ですか?」

「なんなんだこれってな」

ゲラリオは魔石をこちらに放ってよこす。

「火や氷に変わるし、なにか生命力そのものみたいなものにもなる。当たり前にそこにあったから、気にもしなかったが、改めて考えてみるとわからな過ぎて不気味だ」

こんなのに命を預けてたとはなあ、というしみじみとした一言は、冒険者ならではの感想かもしれない。

「しかもあれだろ? ファルオーネのおっさんは、悪魔みたいなのはこの魔石を食って生きる、魔法そのものみたいないきものだって言ってるんだろ?」

魔法陣によって肉体強化の効果を引き出せるのなら、魔法生命体の食料になってもあまり違和感はない。

が、確かにわけのわからなさは増える。

「んで、温泉だったか」

ゲラリオはひとしきり実験をした周辺を見回し、小さな植物の魔物が潜んでいやしないかと見回りながら、そう言った。

「別にちょっと留守にするくらいならいいんじゃないか? なんでわざわざ俺に相談する?」

「それを提案してきたのが、ファルオーネさんだからです」

「あ~……」

竜が現れても動じないゲラリオだが、ファルオーネの好奇心は竜をも殺す。

ゲラリオはファルオーネが苦手のようだ。

「ジレーヌ領にきている皆さんから聞き集めた話の中に、気になるものがあったようなんです。その話の舞台が、ちょうど温泉の湧き出る土地だとか」

ファルオーネが自分とクルルに温泉の話をしてきたのは、それが理由だった。

「ああ、湯治場ってやつか? そういう場所に、ツァツァルの野郎をしばらく放り込んでおいたことがあるが、俺にとっちゃどこか辛気臭いだけの場所だったな」

言葉は乱暴だが、きっとツァツァルの大怪我を治すため、一縷の望みをかけて連れて行ったに違いない。

「ただ、あれだろ。ファルオーネのおっさんが言うところには、温泉だけじゃなくて、癒しの聖女がいるってんだろ?」

「奇跡を起こすらしいです。主に怪我を治したり、病気を治したりと」

ゲラリオは真面目な顔になって、顎に手を当てる。

「回復魔法か」

ゲームなら必ず存在する魔法だが、実はこの世界ではまだ見たことがなかった。

「回復魔法が存在するってのは、どこにいても一度は耳にする噂だ」

「でも、見たことがない?」

「ああ。確かめてみると、真っ赤な嘘か、腕のいい薬草使いか、残りは例外なく、この肉体強化系の魔法の亜種だ。それでも一時的に痛みが消え、傷や病の治りはある程度早くなるから、完全な嘘でもないんだがな」

もしも回復魔法なるものが流通しているなら、ゲラリオはとっくに巨大な合成魔石にその魔法陣をありったけ刻み込んで、ツァツァルに使っているだろう。

「ただ、最も気になるのは、聖女の奇跡とやらが、回復魔法かどうかじゃないんです」

「ってぇと?」

「その聖女は魔石を用いず、魔法を使うのだそうです。神から直接授けられた奇跡だと」

ゲラリオは足元の石ころを蹴ろうとして、動きを止める。

「……ちょっと前までなら、へーそうかいすごい奇跡だなあ、としか思わなかったが」

魔物は魔石を使わず魔法を使う。

しかもヴォーデン属州で自分たちが目の当たりにしたのは、そんな魔物の一種である悪魔が、意思疎通を図れる存在だということだった。

ならば聖女と言われて人々を癒している者が、本当に人間であるのかどうか、どうして確信できるだろう?

ゲラリオはどこか疲れたように小さくため息をついてから、こちらに歩いてくると、さっきからずっとおとなしいクルルの頭を軽くはたいた。

「いつまでしょげてるんだ?」

「……うるさい」

クルルは不機嫌そうに言うが、声に力はなく、耳も垂れたまま。

クルルは魔法にだいぶ慣れていた。

それどころか、一級魔石に相当するような合成魔石で、大魔法といって差し支えないものを無事起動させ、ロランの船団を撃退した。

自信と慢心は、常に紙一重。

クルルは先ほどの失敗に心底びっくりしたのと同時に、油断していたことに猛省しているのだろう。

でも、こういう失敗を経て、初級者から中級者へとすすんでいくのだ、と短い社会人経験を振り返って思う。

「帝国が魔石を集める理由について、俺は戦以外に思いつきもしなかった」

クルルをからかったゲラリオは、表情のない顔で、どこか遠くを見つめている。

それは今まで見てきた景色がすべて偽物だったと知るような、そんな顔だ。

「悪魔は魔石を食べる。だから帝国が魔石を集めているのは、悪魔を養うため。あるいは、それに類するものを飼っているためじゃないか、なんてな。頭おかしいだろ」

呟き、ゲラリオは咳き込むように笑っていた。

「だが、ファルオーネのおっさんも、それにお前も、割りと本気で信じている。だからその聖女が、悪魔か……あるいは天使か精霊かだと思っている。そうだな?」

「可能性は捨てるべきではないかと」

ゲラリオはうなずく。

「確かに、確かめる価値が十分にある仮説だ。だが……」

ゲラリオは顎に手を当て、しばし黙考していた。

「その聖女がもしも悪魔やそれに類する存在だとしたら、その存在が公になっているっていうのが、気にならないか?」

「はい」

だからファルオーネの話に即答せず、ゲラリオに相談しにきた。

なにか、奇妙なのだ。

「帝国が悪魔を飼っていたとして、それを厳重に秘密にしているのなら、教会に申し入れて聖女様を隠させるのが自然だろう。魔物が魔石を使わずに魔法を使うことは、鉱山で働く者や、冒険者ならよく知られている知識だ。普通はそのふたつをつなげて考えるなんてことはまずしないが……」

世の中のとんでもない秘密は、どこから漏れるかわからない。隠そうと思えば、手掛かりは少なければ少ないほどいいはずで、そうなるといくつか可能性は絞られる。

「まず、普通に偽物って可能性がある。入れ墨は見えないところに入れて、奇術師みたいに魔石を服の袖に仕込んでいるのかもしれない。だが……仮に偽物でも、秘密を隠している側からすれば、真実につながりかねないことはやめさせたくなるのが普通だろう。ということは?」

「帝国は精霊や悪魔の正体に気がついているわけではなく、養っているわけでもない。つまり魔石は、本当に単なる税として集めていることになります」

これなら聖女の存在を隠す必要がないし、その聖女の振りをした悪魔か精霊は、単になんらかの理由があって人の世で暮らしているだけということになる。

ただ、こうなると今度は、帝国の魔石収集システムの奇妙さを説明できなくなる。

魔石は腐らないのだから、使わないとどんどん在庫が積みあがる。そして在庫が増え続ければ、いつか必ず値崩れする。

なのに、そんな気配はどこにもない。

帝国のあちこちで起こっている小競り合いによって、魔石がたくさん消費されているならこの限りにないが、戦場で暮らしていたゲラリオの感覚としても、それはなさそうだということだった。

だから誰かが魔石の流通統計みたいなものをとったら、おそらく馬鹿げた量が出回っている。

帝国が倉庫に溜め込んでいるから値崩れしないのだ、とも一応は考えられるが、その場合、帝国は使いもしない魔石を費用をかけてかき集めているわけで、行動に合理性が感じられなくなる。

しかも帝国が魔石を税として集めるのは、兵器になり得る魔石を管理するためと一般には説明されている。

だが、それならどうして、魔石の生産を強く促すようなシステムになっているのかがわからない。

武力になる魔石を独占したいのなら、帝国が各地の鉱山を直接管理し、必要なだけ生産するのが理に適っている。そして違法採掘をする者には死を、とするべきなのだ。

けれど現状は、魔石を税として納めさせるシステムによって、各地の権力者たちがせっせと鉱山を開発する構造になっている。むしろこの世界の社会システムは、鉱山開発を促進するようになっている。

だから魔石の流れという大きな図を描こうとすると、目的と現状がうまくかみ合わないのだ。

それが、悪魔みたいな存在を仮定すると、たちまち多くのことに説明がついてしまう。

魔石は集められ、大量に消費されている。

悪魔が帝国中枢の地下室で魔石を大量に平らげ、代々の皇帝はその悪魔の力を借りて、帝国を治めている、などなど。

この辺までくるとさすがに空想の域だが、なにか超常的な大規模魔法のために、信じがたい量の魔石をかき集めている、あたりはもっと現実的な選択肢だろう。

たとえば時間遡行魔法を実現していたのなら、皇帝はあらゆる政治的な失敗をやり直して、完璧な政治を執行できる。

さもなくば、継続的な起動が必要な蘇生魔法で、永遠の命を得続けているとか。

「まあ、ここで考えててもな」

ゲラリオの言葉で、思考から戻る。

「その聖女とやらも、実際に会いに行ってみたほうが早いだろ。そもそも調べに行かないって選択肢もないんだろ?」

「それはそうなんですが……その聖女様が、罠って可能性はありませんか」

その言葉には、しょげていたクルルも顔を上げた。

ゲラリオは感心したような顔で、ぞりぞりと髭を撫でる。

「少しは統治者らしくなってきたじゃないか」

「魔石と悪魔の秘密に気がついた人なら、間違いなく聖女に会いにくるはずです。世界の秘密に気がついてしまった人を捕まえるための、囮かもしれません」

ファルオーネたちを見れば明らかだが、好奇心を消しきるのは難しい。

飛んで火にいる夏の虫だ。

そうやって、世界の秘密を保ってきたのかもしれない。

「じゃあ、やめるか?」

ゲラリオがにやにやとした感じで尋ねてくる。

ちょっとした試験をされている、と感じながら、答えた。

「けれど、もしも罠ではなかったら、いえ、逆に罠だとしても、それが罠だという事実そのものから、帝国や教会の中枢部がなにかを知っている、という情報を得ることができます」

魔法の謎は解かれているのかどうか。あるいは、合成魔石の存在や、魔石に刻まれた古代帝国のメッセージを知っているのかどうか。

聖女がどういう存在なのか確かめることで、多くの貴重な情報を得ることができる。

「洞穴に入らずんば、竜をも得ずってやつだな」

「え?」

聞き返すと、ゲラリオは肩をすくめていた。

虎穴に入らずんば虎児を得ずの、この世界バージョンだと遅れて気がつく。

ことわざというのは、前の世界でも驚くほど万国共通だった。

「まあ、合格だな。素知らぬ顔で会いに行くくらいは大丈夫だろ。幸い、聖女の奇跡にあやかろうという言い訳の道具ならあるし」

「それは……」

ゲラリオの笑みは、ちょっと曖昧だった。

わざと露悪的に笑おうとしているが、うまくできていない。

多分、聖女が本物なら、ツァツァルの怪我がいくらか治るかもしれないと思っているのだ。

「行こう。いいと思うぜ」

自分がうなずくと、ゲラリオの目がすっと逸れて、クルルに向けられた。

「お前は家で留守番か?」

魔法の失敗でしょげていたクルルの目には、すっかり力が戻っていた。

「師匠」

「ん?」

「また旅に出る前に、魔法を一から教え直してくれ」

ゲラリオは粗野で下品だが、情に篤い。

あと、絶対にスポ根ものが好きなタイプだ。

「鼻っ柱を折られて、ずいぶんしおらしくなったじゃないか。いいけど、覚悟しろよ」

にやりと笑うゲラリオに、クルルの尻尾が明らかに怯んでいた。

イーリアからの話でしか聞いていないが、冒険者としての訓練は、結構なものだったらしい。

「……も、もちろんだ」

それでも気丈に答えたクルルは、すでにだいぶ立派な冒険者。

「ちょっと試したい戦術もあったしな。ちょうどいいだろ」

「大規模魔法はだめですよ」

「わあってるよ」

ゲラリオは言って、外套を翻す。

「じゃあヨリノブ。下準備のほうは任せたぜ。呑気に旅に出るには、俺たちはちょっと有名人すぎるからな」

「ええ。新進気鋭のジレーヌ領の、大宰相と大魔法使いたちですからね」

軽く答えて、クルルを見やる。

殊勝なクルルはなかなか見られるものではない。

クルルはむすっと唇を尖らせてから、なに見てやがるとばかりに、メンチを切ってきたのだった。