軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十一話

食事を終えた後、ルアーノたちは屋敷の中庭で、なにやらコンパスと定規を組み合わせたような装置の制作に取り掛かっていた。

聞けば、任意の魔法陣を自分たちの手で合成魔石に転写するための装置の試作らしい。

魔石工房はどこも輸出用の魔石加工に追い立てられていて、新しい魔法陣を手に入れても、その魔法陣の型の制作をなかなか依頼しにくくなっている。

そこでルアーノたちは、ならば技術で解決しようということになったらしい。

さすが科学的知識の探求を楽しむ者たち、と言いたいところだが、それは魔石加工職人たちが知ったら、怒り狂いかねない装置でもある。

機械化は、分業とは次元が違うからだ。

そんな装置が完成して、素人のルアーノたちがぽんぽん魔法陣を石や粘土に刻み込めるようになったら、職人たちは積み重ねてきた技術が無意味になるだけでなく、仕事そのものが失われるかもしれない。

社会的な影響を考えると、慎重になるべき装置だ。

けれど魔石工房はどこも仕事がパンパンで、徒弟の育成だって全然追い付いていない。

この状況を鑑みると、ルアーノたちの試作を止めるわけにもいくまいと思う。

なにより、そんなことをすれば、ルアーノたちはこちらのことを見限りかねなかった。

探求は好奇心に導かれ、好奇心は自由によって育つのだから。

あと、彼らを止め難い理由がもうひとつ。

それは、想像していた以上に、未知の魔法陣の種類が多いことだった。

なので遅めの昼食の後、まったりした午後の空気の中、クルルが長い尻尾の先をゆっくり揺らしながらぼんやり眺めているのは、手に入れたばかりの魔導書だ。

そこには見知らぬ魔法陣がわんさかとあり、同じようなものが今自分たちがいる広間の片隅に、山のように積みあげられている。

ほとんどが貢ぎ物で、すごい時は日に十数冊送られてきた。

送り手は、ジレーヌ領に媚を売っておきたい領主や商人たち。

自分たちが魔法陣を集めていると知るや、急いで船を対岸の陸地に差し向け、ありったけの魔導書をかき集めてきたらしい。

もちろん情報と物資の集まりやすい州都ロランからも、フロストがロランの魔道具店に置かれていた書物を何冊も送ってきてくれている。

それらをちょっとめくってみただけで、ゲラリオさえ知らないような魔法陣が多く含まれ、本当に起動するのかどうか怪しい奇妙な形状の魔法陣がたくさんあった。

硬い魔石にその形を正確に刻むには、熟練の職人でもそれなりの練習が必要だろうことを考えると、新規の魔法陣を次から次に実験しようと思えば、この研究所お抱えの職人を雇うとかそういう対策が必要になる。

けれどその職人はこの研究所の秘密をすべて知ることになるだろうから、よほど信用のおける人物でないとならず、容易に見つけられるものではない。

この問題を機械で代替できるのならば、それに勝る解決法はない。

そんなわけで、中庭で楽しそうに試作機を作るルアーノたちの様子を、見守ることしかできなかったのだった。

ちなみにフロストから送られてきた魔導書の中には、自分が魔道具店で買ったものの、誘拐騒ぎに巻き込まれたせいで紛失したと思っていた書物が含まれていた。

同封されていたフロストからの手紙には、送った魔法書の代金はすべて鉄と潮亭の店主が支払ったから気にするな、とあった。

カリーニの片棒を担いでイーリアや自分たちに毒を盛った宿屋の亭主は、縛り首にこそならなかったようだが、結構な代償を支払うことになったようだ。魔法書は安くなく、小さな判型のものでも、金貨で十枚以上したのだから。

送られてきた魔導書の中には、金の縁取りがなされたような、いかにもといった大判のものもあり、いったいいくらするのか怖くて確認することもできない。

あの宿の主人は、縛り首よりきつい罰を受けたのかもしれなかったが、それ以上は考えないことにした。

とにかく自分は、ロランで喧嘩みたいな雰囲気になってしまった時、クルルとの仲直りのしるしとして購入した魔導書を、ようやく渡すことができた。

クルルはとっくに喧嘩のことなんて忘れていたようだったし、魔導書を受けとった時は、こちらが拍子抜けするくらい普通だった。

でもそれ以降、明らかにこの研究所にやってくる頻度が増えた。

あと、側にいる時の、そのデフォルトの距離が近くなった気もする。

今も隣で本を眺めるクルルを見れば、白い猫耳の産毛までわかる。

あまり見ているとまた噛みつかれそうなので、クルルの向こうの中庭の様子をうかがっているふりをする。

広間は中庭と続いているので、ルアーノやゼゼルたちの作業の様子がよく見える。

手を動かすモノづくりでは、さすが現役職人のアランが一歩抜きんでているようで、いつもの気の弱そうな感じはなく、てきぱきと作業を進め、ルアーノやゼゼルに指示を出していた。

平和だ、と思っていたら、魔導書をめくっていたクルルがゆっくり体を起こし、大きなあくびをしていた。

「うぅ~~……。はあ。大規模魔法以外にも、知られてない魔法がいくらでもあるんだな」

「消化を速める魔法なんてのもあって驚きますよね。なにに使うんでしょう」

「なにって、イーリア様を見たら明らかだろ」

王や貴族の普段の仕事は、そのほとんどが社交的なもの。

彼らの主戦場が宴席なら、確かに酔い覚ましや消化促進の魔法はひっぱりだこかもしれない。

「ただ、その手のはあれだ、魔法陣の構成が、師匠が鎧に嵌めてる魔法と似てる」

「ゲラリオさんの……肉体強化の魔法ですか?」

「多分、根本的には人を元気にさせるとか、そういうものなんじゃないか」

そう言えば、魔石を食べる魔法生命体みたいな悪魔に触れたファルオーネも、触れた手がミイラみたいにしぼんでいた。

クルルも魔法の起動しすぎで突っ伏していたさっきと比べると、ご飯を食べて肌につやが戻っているようだし、耳の毛並みも良くなった気がする。

魔法は生命力とか、そういうものにも作用するのだろう。

「ということは、もしかして肥料とかにもなりますかね」

クルルは耳をぴんと立てていた。

「魔石を砕いて畑に撒くのか?」

「うーん……くず魔石を捨ててた場所を見る限り、そういう感じではないかな……」

ついこの間まで、獣人たちの住むスラム街めいた場所に、くず魔石が捨てられていた。

荒涼とした場所で、緑とは無縁だった。

ただ、自分たちがノドンを倒す相談をしたり、クルルが初めて魔法を撃って大変なことになったりと、思い出すと色々と懐かしくなる場所だ。

今はあのくず魔石の山は宝の山となり、自分たちの秘密の保管所に運び込んである。島の中心部に掘られたその秘密の保管所は、いざという時の武器庫や倉庫も兼ねていて、秘密基地みたいでわくわくした。

そんなことを思っていたら、クルルがこちらを怪訝そうに見ていた。

「そういう感じってなんだ?」

小首を傾げたクルルの頭の上で、猫の耳が互い違いに動いている。

その耳にちょっと見惚れてから、咳ばらいを挟んで説明する。

「えっと、魔石そのものが肥料になるなら、あの石捨て場も草木が生い茂っていたはずじゃないかなって」

「う……ん?」

「たとえば動物の骨って肥料になるんですけど、それに最初に気が付いたのは、鍛冶職人たちだそうです。製錬のために使う骨を積み上げていた周辺だけ、やたらと草が良く生い茂ったそうで」

「へえ」

クルルは感心したようで、緑色の目を丸くしていた。

カルシウムが土壌の酸性化を抑え、髄に含まれるリンなどが植物を繁茂させるわけだが、この世界でその辺りが理論化されるのは、まだしばらく先のことだろう。

「ですから……植物を育てる可能性があるとしたら、魔法そのものかなと」

「魔法」

「たとえば畑の作物に向かって肉体強化の魔法を撃ってみるとか、そういう実験はしてもいいかもしれません」

促成栽培ができるのなら、土地に限りのあるこのジレーヌ領にとっては朗報だ。恒常的には無理でも、嵐が続いて輸入が一時的に滞った際などは役に立つだろう。

ただ、その様子を想像したらしいクルルは、渋かった。

「……植物が魔物にならないか、それ」

その可能性を忘れていた。

「ですが、その理屈だと、肉体強化の魔法を使う人たちも魔物になりませんか?」

「師匠の髭の濃さはそのせいかもな」

そういえば魔石鉱山で働く健吾も髭がもさもさだ。

副作用の可能性は、無視してはならない。

「うーん……」

ただ、人間相手なら問題だが、植物になら試してみてもいい。

それにもし魔物になるようなら、鉱山の採掘そのものについて、色々考えなおす必要が出てくる。

あと、魔法で植物を魔物に変えられるのなら、それはそれで強力な武器になると思った。

たとえば前の世界では、嫌いな家のやつの庭にミントの種をまくという嫌がらせがあった。

繁殖力がすごすぎるミントの種をまかれると、あらゆる植物がミントに駆逐される上に、根絶が難しいからだ。

これと同じで、収穫間近の穀物地帯を丸ごと魔物に変えられたら、相当なダメージだろう。

単身乗り込んだ魔法使いが、夜闇に乗じて行えるというのも強い。

周囲に迷惑をかけている領地を懲らしめる時など、ものすごい威力を発揮するはず。

そんな悪いことを考えていたのだが、見渡す限りの畑の植物が魔物に代わる様子を想像したら、ちょっと笑ってしまった。

「なんだ、急に笑って」

「ああ、いえ」

怪訝そうなクルルに、通じるかわからなかったが説明した。

「前の世界のおもちゃに、音に反応して動くおもちゃがあったんですけど」

「おもちゃ?」

「鉢に植えられた花を模した人形みたいなもので、手を叩くと陽気に踊るんです。植物の魔物がいるとしたら、そんな感じかなって」

「……」

頭を左右に揺らしながら、広げた両腕をくねくねさせてみる。

商品名はフラワーロックだったか。

植物の魔物がどんなものかはわからないが、見渡す限りの畑がこれになったら、さぞすごい光景だろう。

含み笑いをしていたら、クルルがやけに静かだった。

そちらを見ると、猫耳少女が背中を丸め、テーブルに突っ伏していた。

「んっ……ふふっ……くっ」

尻尾の毛を逆立て、笑いをこらえているみたいだった。

ロランを撃退した時、彼らは和平のためなら裸踊りだって受け入れるだろう、みたいな話をした時も、やけにうけていた。

クルルの笑いのつぼは、このへんなのかもしれない。

というか、女の子が自分の冗談に笑ってくれるなんて前の世界ではついぞなかったことで、すごく嬉しかった。

クルルが結局こらえきれずにお腹を抱えて笑いだすと、なにか材料をとりに部屋に戻ってきたゼゼルが、きょとんとしていたのだった。