軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十二話

「うちの屋敷に各地の領主様が殺到しているのを見て、教会が嫉妬してるのよ」

「……はあ?」

嫉妬、という単語に驚いて聞き返すと、健吾が苦笑いしていた。

「嫉妬かどうかはわからんが、教会から横槍が入ってるのは事実だ」

「横槍って、クローデルさんが?」

ノドンとほとんど変わらない強欲司祭の下で、黙々と働いていた補司祭のクローデル。

真面目で敬虔な彼は、汚れた社会を知っていると不安になるくらいまっすぐな少年だったが、今はその実直さを買われて、強欲司祭の代わりにジレーヌ領の教会を治めている。

彼と自分たちとの関係は良好だったはずで、横槍というのがまったく想像ができない。

ましてや、嫉妬などと。

一体この数日でなにがあったのか。

「あのクローデルは、補司祭から正式に司祭になったみたいで、教会の新しい主人だ。それは喜ばしいことなんだが、若くして出世した身だろ? ロランの大聖堂から、クローデルの“お手伝い”がきてるんだよ。教会法学者とか名乗ってたな」

「ほら、今、ものすごい勢いで法律とかを定めてるでしょ。それにかこつけて、教会の利益を確保しようって感じで、口出ししてくるのよ。ただでさえ町の人たちの利害の調整で大変なのに、何度会議の場から蹴りだしたいと思ったかわからないわ」

イーリアがひらひらのスカートをたくし上げ、でっぷり肥えた強欲聖職者の尻を蹴飛ばす様子は、ちょっと見てみたい。

「同じ調子で、各地の勢力と同盟を組んで彼らの世話役をやるならば、教会にも一枚噛ませろって感じなんだよ」

健吾は言って、ふう、と小さくため息をついた。

面倒なクライアントの意見を聞いて解決策を練るコンサル時代の健吾は、こんな感じだったんだろうなと思わせる大人びたものだ。

「でも、教会がなんでそんなことを?」

揉め事の仲裁なんて、関わるだけ損だろうに。

「教会は、ある種の裁判権を欲しがってるんだな」

普通に生きているとまず聞くことのない単語だ。

「イーリアちゃんは渡しても構わないって言ってるんだが、その土地で誰の言うことを聞くべきかを示すのが、裁判権だ。コールも、ロランの行政官たちも、教会のその辺の要求には応えないほうがいいって意見だ」

健吾は法学部出身なので、余計にその辺りには敏感なのかもしれない。

そこにイーリアが言った。

「教会が面倒ごとを引き受けてくれるならいいじゃない。私、嫌よ。ノドンみたいなおっさんたちの言い争いの仲裁の場でにこにこし続けるとか、ましてや、お腹を空かせてパンを盗んだ子供に鞭打ちを言い渡すなんてことは!」

一見子供のわがままだが、確かにイーリアの気持ちもわかる。

自分がやるところを想像してみればいいのだから。

「まあ、その辺の実務は、専門の裁判官を用意するって方法もある。ただ……裁判権ってのは、権威の象徴であると共に、金のなる木でもあるんだよ」

自分は、なるほど、とうなずいた。

「罰金か」

「そう。大事な収入源ってわけ。しかも揉め事の仲裁をすれば、贈り物が期待できる。仲裁の後にも、それから当然、仲裁の前にも」

贈賄罪が定められているような、お上品な世界ではない。

権力者におもねり、味方につけることは、ここでは悪でもなんでもない。

つまり、裁判官役はいくらでも儲けられるというわけだ。

「教会から見たら、今のイーリアちゃんを巡る状況は、ねぎを背負った鴨が列をなしてる状況なんだな」

鴨? ネギ? と、クルルとイーリアが顔を見合わせていた。

「陳情にきた領主たちに手を貸せば、いくらでも対価を要求できるし、そうするのがこの世界の常識だ。だから俺たちがやらないのなら、うちでやらせてくれって感じなんだろう」

「じゃあ、うちが同盟を断っても、教会が勝手に引き受けるってことも?」

ジレーヌ領にある教会は、ジレーヌ領にあるだけで、イーリアが支配しているわけではない。

教会は独立した権力で、今だって教会が素知らぬ顔で続けている密輸を指摘できていない。

クローデルが司祭になったのなら交渉の余地はあるかもしれないが、おそらくそうすると、ロランにいるクローデルの上司が出てくる。ロランの大聖堂と大揉めになれば、さらに上の高位聖職者が出てくるだろう。

しかもこの世界の教会は、魔法使いを抱えている。

真正面から対立するのは避けたいし、そんな教会が勝手にジレーヌ代表としてよその権力者の仲裁を引き受けるのは、ろくでもない問題が起こる未来しか見えない。

「いや、それがまた微妙な話でな」

健吾がぞりぞりと髭を撫で、その音にクルルが嫌そうな顔をしていた。

クルルが髭を嫌いな理由はこれかもしれない。

「結局ここにきている人たちは、うちの武力を期待している。この世界で安全をもたらしてくれるのは、究極的には魔法の力だ。教会もなんだっけ、正邪省とかいうのに魔法使いを抱えてるが、細かい争いには出てこないらしい。だから地方権力同士の争い程度では、頼れないんだそうだ」

どんな武力でも、素早く広域に展開できる手段と物量がなければ、すみずみまで支配統治を行きわたらせることは難しい。

田舎民は地元で問題を解決しろということなのだろう。

「それでジレーヌ領の小さな教会としては、法律制定を介して裁判の利権を手に入れようってしてるみたい」

会社時代にも、なんの人員も資源もださないのに、プロジェクトに口だけは出してきて、成果に相乗りしてくるコバンザメみたいな部署の上長がいた。

どこの社会にもある理不尽、ということなのだろうが、枕の下に頭を埋めていたら解決することでもない。

自分は健吾たちの話を反芻して、問題を指折り数えていく。

「同盟を望む領主たち。いがみ合っている彼らの利害関係。一方で自分たちとしては、外部の勢力に味方が欲しい。もちろん大変な目に遭っている人たちを助けられるのなら、それに越したことはない。そして、金儲けのために、裁判官の役目をやりたがっている教会か」

「裁判官なんてやりたくない領主様、というのも入れておいて」

イーリアが投げやりにそう言ってから、またクルルの胸に顔をうずめている。

クルルはそんなイーリアに呆れながらも、やれやれと背中を撫でてやっていた。

「で、まさかとは思うけど……この問題の采配は、自分が?」

いつの間にか大宰相なんて呼ばれて、陳情にきている権力者にも紹介されてしまった。

苦し紛れの無駄なあがきとわかってはいたが、そう尋ねると、イーリアがふわふわの尻尾と一緒に顔を上げた。

「もちろん。ヨリノブ様の知啓を頼りにしているわ」

にこりと満面の、わざとらしい笑顔。

可愛いのが余計に腹立つのだが、みんなそれぞれに大きな責任を背負っている。

自分は呻き、こう言うしかなかった。

「ちょっと、考えさせてください……」

「即断は無理だよな。かといって、うまい手も思いつかないんだが」

健吾はため息をついていたし、イーリアはもうクルルに甘えるので夢中だ。

こうしていると、ヴォーデン属州での大騒ぎが、どこか遠い世界の話に思えてくる。

この世界の隠された秘密は確かに大問題だが、目の前の現実を生きるのも同じくらい大変なのだ。

もうあんな途方もない話などうっちゃって、見なかったことにしようかと、ちょっと思う。

自分がいささか投げやりになっていた、そんな折り。

ふわふわの尻尾が膨らむくらいに大きなあくびをしたイーリアが、無防備にもこう言った。

「それで、神が住むとかいう鉱山はどうだったの?」

大宰相とか呼ばれて面倒くさい仕事を押し付けられた仕返しとばかりに、見聞きしてきたとんでもない話を、怪談話みたいに聞かせてやったのだった。