軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十五話

山の奥にいる何者かは、一定の距離を開けてこちらを窺っているらしい。

バダダムを先頭に参道を早足でのぼり、カカムが側面に立って悪魔と思しき者の動向を注視し、しんがりをゲラリオが担う。

「攻撃してくる素振りはなさそうか?」

『敵意は今のところ感じませんが……悪魔が感情を持っているかどうかわかりません』

「いきなり一撃を食らわないようにしないとな」

ゲラリオはそう言ってから、今度はこちらを見る。

「いいか、俺とカカムが、坑道の外で悪魔を引き付ける。坑道の中はクルル、お前に任せたぞ」

「中でもう一匹の悪魔に出くわしたら?」

クルルの問いに、ゲラリオはうんざりした顔をしてみせた。

「考えたくもないが、竜の例があるからなあ……。ただ、悪魔ってのは知恵がある分、結構臆病だ。中で出くわしたら、戦わずに入り口まで逃げてこい。そうしたら坑道を塞いでしまえ」

山は蛮族たちの聖域なので、できれば荒らしたくない。

けれど彼らは山に入る時は死ぬ時だと思っているようなので、しばらく気がつかれまい、ということだろう。

「じゃあ逆に、師匠たちのほうは大丈夫なのか?」

確信は持てないが、こちらを監視している者が悪魔だとしたら、本来複数パーティーで臨む悪魔との戦いに、ゲラリオとカカムだけで立ち向かうことになる。

「お前に心配されるほど腕はなまってねえよ」

ゲラリオはクルルの頭を軽く叩き、苦笑していた。

「お、言ってるうちに、鉱山の入り口か?」

あの小さな集落が、かつての鉱山の積み出し港跡地なら、鉱山の入り口はさほど遠くないのではと思われた。

そして、推測は当たっていたらしい。

苔むし、半ば崩れ、天然の洞窟にも見えるが、坑道の入り口のようだ。

周辺の岩が明らかに人の手で削られているし、目を凝らせば石を組んだ建物の残骸もあった。

「なら、穴倉の中は任せたぜ。迷うなよ猫娘」

「師匠こそ負けるなよ」

ゲラリオとクルルがそんなやりとりをする合間に、バダダムが担いでいた荷物を素早くほどき、油を詰めた樽の中に浸した布を、木の棒に括り付けていた。

そこにクルルがすぐに魔法で火をつけていて、何度か練習したのだろう連携がうかがえた。

「いくぞ」

自分たちの指揮官はクルルのようだ。

もちろん反対は出ず、ゲラリオたちを入り口に残し、バダダムを先頭に坑道の中に入っていった。

◇◇◇◆◆◆

坑道の中は驚くほどしっかりしていた。

壁に切られたくぼみには、分厚い土埃に覆われた燭台が今も置かれたままになっていて、ほんの何年か前に放棄されたばかりのようにすら見える。

入口からの明かりはすぐに届かなくなり、バダダムの持つ松明だけが頼りになる。

「悪魔はいそうだろうか?」

さすがのファルオーネも不安なようで、囁き声で尋ねている。

『今のところは、なんの気配もありませんや。ですが……』

「気配が、なさすぎる」

クルルはフードを取って、猫の耳を前後に忙しなく動かし、鼻もひくひくとさせていた。

「蝙蝠もいなそうだし、野犬が寝床にしている感じもない」

自分が想起したのは、海に沈んだ鉱山を探しに行った時のこと。

海竜を倒す前と、倒した後の海の違いだ。

「悪魔が寝床にしている?」

その覇気によって、山の生き物たちも寄り付かないのでは。

「かもしれない。悪魔に寝る必要があるのかわからないけど」

「ふむ。私にもあまりその印象はないな」

「ただまあ、鉱山帰りのヨリノブは寝て食って、船酔いで吐き倒す。悪魔がそうでも私は驚かない」

「ふっふ。そんな悪魔となら、会ってみたいものだ」

意地悪な二人に嫌な顔をしていると、バダダムが足を止めた。

『分かれ道でさあ』

「さて、どうする?」

クルルがファルオーネを見たのは、なにかあてがあるのかと思ったからだろう。

「さすがに器に刻まれた紋様の中に、地図はなかった」

『……こっちに行きやせんか』

バダダムが鼻を鳴らし、右側を示す。

『かすかに匂います』

「なんの匂いだ?」

『腐臭、とも違いますが……なにかそれに類するものでさ』

どうする? とクルルが目で問うてくる。

どちらに行っても同じだろうし、ならばわずかにでも手がかりらしきものがあるほうがいいだろう。

「右側に行きましょう」

バダダムは意見を採用されたのがちょっと嬉しかったのか、イーリアのものに似ている犬系の尻尾を大きく振っていた。

こうして右の坑道を進みながら、自分はさっきの寝床云々の話を思い出す。

「ここが悪魔の寝床だとして、もしも坑道の奥に伝言が残っていたなら、書いたのは悪魔ということになるんでしょうか?」

「ありうるだろう。帝国崩壊に際し、伝言を残しにきた誰かが、そのまま力尽きてしまう。その結果、悪魔として目覚めることとなったとしても、おかしくはあるまい」

その様子を想像し、ちょっとぞっとする。

自分や健吾がそうならなかったのは、単なる偶然なのだろうか。

そんなことを考えていたのが顔に出ていたのだろう。

ファルオーネが言った。

「鉱山帰りとは、また違うのではないか。そなたの「そこ」には、よその世界の誰かが入っているのだろう?」

ファルオーネがこちらの胸のあたりを指さす。

この体はこの世界の誰かのもので、そこに自分が入り込んだ。

「教会の語る死後の世界が、ヨリノブ殿の住んでいた世界というのも違和感がある」

ファルオーネは持ち前の好奇心で、自分や健吾に前の世界の話を色々聞いてきた。

けれどファルオーネからすれば、それはどこかの部族に伝わる神話だと言われても、区別はつくまい。

楽しんではいたが、すべてを鵜呑みにはしない、という態度だった。

世界のすべての書物が、小指に乗る程度の小さな薄い板に収まるなどという話を聞いて、どうして頭から信じられるだろう?

「それに、ケンゴ殿も同じように復活し、同じ世界を共有している。だとすると、なにかあの鉱山にはそうなる要素があるような気もするのだが……」

ファルオーネが独り言のように考察していると、またバダダムが立ち止まる。

今度は採掘者たちの休憩所か、あるいは資材置き場なのだろう。

少し広い空間になっていて、松明の明かりを向けると、打ち捨てられたままの木箱や、錆びた採掘道具の欠片が残されていた。

『道は奥に続いてますな。匂いも濃くなってます……死体、いや、骨?』

衣擦れの音がしたのは、クルルが魔石を構え直したから。

悪魔がうろつく山ならば、骸骨戦士が現れてもおかしくない。

クルルがバダダムに目配せすると、新米の前衛役はうなずいて、歩き出す。

自分も彼らについていこうとして、ファルオーネが動かないことに気が付いた。

「ファルオーネさん?」

「ん、ああ、すまん。考え事をしていた」

「おい、転んで怪我するなよ。担ぐのはバダダムだが」

『もちろんでさ』

クルルとバダダムの軽口も、ファルオーネの耳には届いていないようだった。

足元を見つめているのは転ばないようにではなく、なにも見ていないからだ。

そしてファルオーネは、弾かれたように顔を上げた。

夢から覚めたように、まったく新しい世界に来たかのように、周囲を見回していた。

「まさか……? いや、だが……」

うわごとのように呟き、顔を見合わせたバダダムとクルルが、呆れたように肩をすくめた、その直後。

かすかに腹に響くような音と共に、足元が大きく揺れた。

「おい、これ……」

クルルが、うめくように言った。

ゲラリオたちが、戦いを始めたようだった。