軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78 ブーケと移り香

あっと言う間に1月が過ぎ、アデライーデの住む離宮の工事が終わったとの報告がナッサウ侍従長からあった。

ヨハンが帝国から連れてきた輿入れの荷物の御者達の仕事は丁寧で早かったので、もう少しかかるはずがきっちり1ヶ月で終わってしまったと言う。彼らは本来帝国の城で修繕や庭の手入れをしている者たちだからだろうか。

今はアデライーデの輿入れの品を運び込み、遅れている庭の手入れを手伝っていると言う。

離宮にうつる前日、あれから3日に1度は顔を出していたフィリップの最後の授業参観の為に勉強部屋を訪ねるとフィリップが家庭教師のゲルツ先生を背に赤いカーネーションの花束を持って出迎えてくれた。

これを…と手渡された可愛らしい花束を受け取って、アデライーデが「かわいいお花をありがとう」と礼を言うとフィリップは涙をこらえながらアデライーデに訴えた。

「アデライーデ様、今日で最後になるなんて知らなかったのです。どうして離宮になんて行くのですか?王宮で私達とずっと一緒にお暮らしになるのではないのですか?」

「フィリップ様…」

「もっとたくさん詩も覚えます。書き取りも計算も国史も…もっとたくさん頑張ります。だから…だから離宮に行かないでください」

そう言うと、フィリップはアデライーデの手をとりアデライーデを見上げると堪えていた涙がこぼれた。

フィリップにとって最初の出会いこそ悪かったが、アデライーデは姉のような身近な存在になっていた。苦手な書き取りを頑張れば褒めてくれ、詩を一緒に暗唱したり地図を眺めて貴族の名前を当てっこしたり庭園を散歩していろいろな話をしたり…。

今まで憂鬱でしかなかった勉強の時間も、アデライーデと一緒なら楽しくて褒めてもらえるのが嬉しくて、あっと言う間に時間が過ぎ次に会えるのが楽しみでしょうがなかったのだ。

ずっと、アデライーデと一緒にいれると思っていたのに明日で離宮に行ってしまうと聞いたのは、今朝だった。

ナッサウから、今までご一緒に授業を受けてくれたお礼のブーケの花を選びましょうと、園に連れられて来たが花を選ぶなど出来ない。どうしてアデライーデは離宮に行ってしまうのかとナッサウに聞いても「アデライーデ様がそうお望みなので」としか答えてくれなかった。

沈んでいるフィリップにナッサウは、「こちらの花がよろしいでしょう」と赤いカーネーションを指差した。

「…うん」

「カーネーションは、『敬愛』と言う花言葉を持ちます」

ナッサウは丁寧に花を選びながらパチパチと花鋏で摘んでいく。

「アデライーデ様は、フィリップ様のお義母様になられました。この花はフィリップ様からアデライーデ様に贈られるのに相応しい花でございますよ」

「……お義母様?」

「ええ…そうでございます。アルヘルム様の…お父上の正妃様でございますからね」

「……」

そう言うと、ナッサウは器用にカーネーションで小さな丸いブーケをつくりフィリップに手渡した。

「アデライーデ様がこれからお住みになる湖の 畔(ほとり) の離宮はそれほど離れてはおりません。それに、これから会えなくなる訳でもございませんから」

「……」

「きっとお渡しすればお喜びになっていただけますよ」

「……」

ブーケを握りしめるフィリップの背中をナッサウは優しく撫で、フィリップと一緒に王宮に戻った。

「私が…帰れなんて言ったからですか…」

「フィリップ様…。そうではないのですよ」

肩まで真っ直ぐに伸びた明るい栗色の髪が小刻みに震えている。

うなだれて涙を流すフィリップの髪を撫でながらアデライーデは言った。

「フィリップ様、私が離宮で暮らしたかったからなのです」

「……」

「私は帝国でも王宮に暮らしたことはなく、ずっと離宮暮らしでした。王宮暮らしは慣れなくて…。なのでアルヘルム様にお願いして離宮に行くのです」

「会えなくなるのは嫌です…」

「お会いできますとも。月に1度はこちらに参りますし…」

「今よりもっと会えなくなるじゃありませんか…。ご一緒に勉強したり…乗馬だって…これから…これから…」

そう言うとこらえ切れなって言葉が出なくなったフィリップをアデライーデは優しく抱きしめた。

フィリップはアデライーデに抱きしめられ、テレサとは違うふわりとした甘い香水の香りに何故かわからないが胸がきゅっと苦しくなった。

以前も1度同じように苦しくなった時があったが、今は思い出せなかった。

「お寂しいのですね…。秋には学院に入られるのですよ。私以外にも一緒に勉強するお友達がたくさんできるので、寂しくはなくなりますよ」

アデライーデはそう言ってハンカチでフィリップの涙を拭うと、フィリップに微笑んだ。

--違う。そうじゃありません。

そうフィリップが思ったが、フィリップが口にする前にゲルツ先生がアデライーデに声をかけた。

「恐れながら…」

「はい」

「来週には、ご学友との出会いの茶会が開かれます。その後入学まで選ばれたご学友の皆様とご一緒に授業を受ける事が予定されております」

「まぁ。フィリップ様良かったですね」

「はい…」

アデライーデは、それであればフィリップが寂しくないと喜んでいたが、フィリップはアデライーデと会えなくなるのが寂しいのだ。

離宮に行ってしまう理由が自分のせいではなかったと言われた事にはホッとしたが、アデライーデが離宮に行ってしまうのに変わりはない。

「アデライーデ様、お会いしに行っても良いですか?」

「離宮にですか?」

縋るように見上げるフィリップにダメとは言えなかった。

「えぇ、お待ちしていますね。ただし!ちゃんと離宮に行くと伝えてからでないとダメですよ。皆が心配しますからね」

コクリと頷くフィリップの頭を撫でて「約束ですよ」とアデライーデが微笑むと「では…そろそろ授業を始めたいと思います」とゲルツ先生は二人に声をかけ地図を広げた。フィリップに手を引かれ席につくと「昨日の続きで、バルク国の周辺国の特色を…」といつもの様に授業が始まった。