軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

75 レモンケーキと贈り物

フィリップの授業参観をして数日。

「フィリップの授業を見てくれたんだね」

約束していたランチの席で、食前酒のワインを口に含んだ瞬間に言われて思わず吹きそうになった。

このタイミングで言わないでほしい…。

「ええ、お土産を渡してその流れで…。勉強のお邪魔をしてしまったかも…」

「いやいや、とんでもない。家庭教師からフィリップがやる気を出しているので是非また来てほしいと報告を受けたんだ」

アルヘルムは上機嫌でワインを傾ける。

「国史や乗馬はそれなりだが、地理や貴族の事を覚えるのはどうも苦手らしくてね。新しい家庭教師に変えて以前よりは良くなったのだが貴族学院に入れるにはちょっと不安だったんだよ」

--わかるわ…裕人も地理が苦手で都道府県と県庁所在地覚えさせるのに苦労したもの…。薫は算数だったわ…。

お風呂で日本地図と九九の表を見ながら二人に教えた記憶が蘇る。

「フィリップはあれから、詩の暗唱を頑張っているらしいんだ」

「そういえば、家庭教師の先生が詩を覚えてもらうと言ってましたね」

アスパラガスのスープを口にしながらそう答えると、アルヘルムは「馬の詩を希望したんだって?」と笑いながら言った。

「難問だったらしいよ」

「え?」

アルヘルムが言うには、恋愛や国の詩はよくあるらしいが馬が題材の詩はあまりないらしい。恋愛の詩も貴族の恋愛には必須の教養らしく子供の頃から覚えさせるのだと言う。

馬の詩を家庭教師は色々探したらしいが、ちょうどよい詩が無く結局最後は自作したという。悪い事をしたかもしれない…。

「先生には、申し訳ない事をしたかも…」

「ゲルツは楽しんでいたよ。馬は初めての題材らしい。それより貴女は教えるのが上手いらしいね。帝国では学院に通っていたのかい」

ぎくっ……。

「……いえ。私はずっと家庭教師に教わって…(いたはず…多分)」

「いい先生だったのだね。ゲルツも貴女が上手に教えるさまを見て参考にしたいと言っていたよ」

--二人だけですが、みっちり付き合って教えましたからね…

キャロット・ラペにナッツを散らしたサラダを豪快に口にしながら、アルヘルムはアデライーデに頼みがあると言う。

「そうだ…テレサが挨拶をしたいと言っていたので機会を設けたいのだが」

「テレサ様がですか?」

「あの初回の挨拶の事も含め、子供たちへの贈り物の礼もしたいらしい」

「じゃあ、マダムはもうお伺いしたのですね」

「女官たちが大変だったらしいよ」

マダムは結婚披露の時に名刺を配り貴族達からの引き合いが凄かったらしいが、アデライーデがマリアに頼んで事前に子供服の依頼を話してもらっていたので、男装の麗人を伴って王宮に出向いて挨拶をしたと言う。

男装の麗人効果は素晴らしく、その日のうちにテレサに目通りが叶い子供達の採寸を済ませたらしい。

参考までにと持っていったプレタポルテを1人の女官をモデルにして着せて、麗人がエスコートしてドレスの説明をするとプレタポルテなら手が出せるがテレサが購入しないのに自分達は買えないと女官達はテレサに猛プッシュしたようだ。

マダムの営業手腕には舌を巻くが、テレサ様は迷惑だったのではないのだろうかと心配になる。

「それは…。テレサ様は押し売りにあったのでは??」

「いやいや、マダムのプレタポルテを見ていずれドレスを依頼しようと思っていたようだよ。ただ目通りした日に購入するとは思わなかったらしい。普段用のドレスを購入したようだがプレタポルテなのにとても着心地が良いらしくてね。子供服の仕上がりが楽しみらしい」

メインはフィレステーキだったが、1/3位の量しかないアデライーデと同じスピードでアルヘルムはステーキをするするとお腹に収めていく。

食後のお茶とデザートはベランダの長ソファに移動していただくようで、初夏の風がもうすぐ夏を知らせるように草の香りを運んできた。

「もし良かったらテレサ様が購入されたプレタポルテは私がお支払いして贈り物にしても良いかと思うのですが…」

ないとは思うが、無理に買ったかもしれないのでアデライーデから支払いを申し出た。

「そうだね、テレサへの贈り物。良いかもしれないね。ただね…残念な事が1つあるんだ…」

食後の紅茶に口をつけると、アルヘルムは大きなため息をついてティーカップをソーサーに置いた。

もしかしてお値段が高額だった?でも女官でも手を出せるって言ってなかったかしら。

「残念な事ってなんですの?」

「私には……何もないんだ…」

--拗ねてる??

「子供達には服の贈り物。それにフィリップはお土産をもらって勉強まで見てもらっている。テレサにもドレスを贈る…。なのに『新婚の』『夫の』私は何もないんだ」

紅茶を飲みながら、わざと『新婚の』『夫の』を区切って強調して拗ねてみせるアルヘルムをちょっと可愛いと思ってしまった陽子さんは、慌ててその考えを打ち消した。

--ご挨拶よご挨拶。大事にしている相手への表現方法が日本人とは違うのよー 思わせぶりな言葉や甘い言葉は詩集の朗読と同じなのよー

「考えておきます…」

ニヤけそうになる顔を引き締め、デザートのレモンケーキを突く。

甘酸っぱくてちょっと懐かしい味だ。

でも確かにテレサ様と子供達にあげてアルヘルムにあげないのは、ちょっと可哀想な気がする…。

「私は新婚なのに蔑ろにされている世界一可哀想な夫だ…」と、かなり大げさな嘆きの入った声が、横から聞こえる…

「ちゃんと贈り物をしますわ」

「本当に?何をくれるのかな?」

「えっと…考えておきます」

「今すぐ欲しいな」

「え?」

手に持っているのは食べかけのレモンケーキしかない。

しょうがない……

あーんと食べさせるのは幼稚園の時の悠人以来で照れるが、本人がそれでいいならとレモンクリームを一匙すくう。

「あーん」

アルヘルムは一瞬目を見開いたが、大きく口を空けた。

「ん。美味しいね」

「良かったです…」

「でも、違うよ。それじゃない」

残りのケーキを全部よこせと言うのだろうか…

もう少し食べておけば良かった…

「じゃ、スポンジの部分をもう一口…」

「いや…ケーキじゃない。贈り物だよ」

「貴女からのキスはまだ貰ったことがない」

思わず皿をひっくり返しそうになった…

落とさなかっただけ褒めてほしい。