軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 庭園で昼食を

「おはようございます。アデライーデ様」

マリアの声と紅茶の香りで目を覚ますと、いつもの様にかけてくれるストールが少し薄手のものになっていた。

身支度を整え、朝食を済ませると…やることが無い。

帝国にいた頃には調べ物をしたりと色々忙しかったが、ここは輿入れのバルク国のお城…

食後のお茶を、ベランダに持ってきてもらい庭を眺めると鳥のさえずりが聞こえる。いい天気だ…

室内を見るとマリアは普段使いのドレスや小物を整理整頓したり記帳したりと忙しそうにしてる。

--やっぱりお妃教育とかあるのかしら。2週間後に結婚式があるってことしか聞かされてないのよねぇ。

お散歩にでも行こうかとお茶を飲んでいると、ナッサウ侍従長がお目通りを願いにいらっしゃていますとマリアが告げに来た。

ナッサウをベランダまで通してもらうと、アルヘルム様が昼食をご一緒にしませんかという誘いだった。

否と言う理由がないので、「楽しみにしています」とお返事をしてナッサウを見送り「さぁお散歩に」とマリアに声をかけようとすると、いい笑顔のマリアが近づいてくる…………

そうですね、お支度ですね…

デコルテのお手入れが終わったあと爪のお手入れを窓辺でいたしましょうと、今はマリアと並んでソファに座っている。

今の時間はマリアと二人きりだ。

「ねぇマリア…お父様もそうだったけど、正妃の他にお妃様がいるのは普通よね」

「テレサ様のことですか?」

「ええ…」

「そうですね。高位貴族の方や裕福な商人などは、第2第3夫人がいる事が多いですね。アルヘルム様のようなお立場でしたらお世継ぎは1日でも早く、出来れば数人王子様がいらっしゃる方が安心ですからね」

--マリアのように若くてもそう思うのね。

「皇帝陛下も弟様方達を早くに亡くされましたから、ご苦労も多かったと思います」

--え?

「私…その話はあまり知らなくて…」

「不幸ごとですので表立ってお話することではないですが、ご幼少の頃お2人、成年後にフィリングス公爵…ハインリヒ様をご病気でお亡くしになったと聞いております。私も父から聞いたくらいであまり詳しく存じませんが」

マリアは、アデライーデの爪を磨きながらそう言った。

「そう…知らなかったわ」

「アデライーデ様も、何よりご健康を大切になさってくださいませ」

「ええ、気をつけるわ」

ベアトリーチェを亡くしているアデライーデを気遣うマリアに、陽子さんは素直に返事をした。

--ベアトリーチェ様も若くして 流行病(はやりやまい) で亡くなっているし、インフルエンザみたいなものかしら…

医療の進んでいる日本でも毎年1000人単位で亡くなっていたから、この世界ではかかったら命取りよね。

不意にマリアが、「…アデライーデ様は、ご立派でしたわ」そう言ってアデライーデの手のマッサージをはじめた。

「え?何が?」

「膝を上げてくださいと、アルヘルム様の手を取られた事ですわ」

「だって子供の言ったことよ。大げさよ」

「子供でも公的なご挨拶の場での失態がどういう事か、アルヘルム様もあの場の皆もわかっていたと思いますわ。でもアデライーデ様は笑ってお赦しになられましたわ。ご立派でしたわ。他の皇女様でしたらどうなっていたことか」

「……どうなっていたの」

「破談にでもなれば、お困りになるのはバルク国だけでなく帝国もですわ」

……面子の問題なのね。

「それをアデライーデ様は丸く収めたのです」

マリアのマッサージが高速になり始める…

「あの時のアデライーデ様は金色の衣裳を纏った女神様のように、 頭(こうべ) を垂れるアルヘルム様の手をとって微笑まれて…絵師がいたらどんなに良かったか…」

あの場を思い出して、うっとりと 空(くう) を見るマリア…

--マリア、何か…何か違うわ。すごい勘違いをしているわ…

「マリア…戻ってきて…」

「はっ!……、失礼をしました…」

戻ってきたマリアは少し顔を赤くしながら、そろそろお時間ですのでドレスのご用意をいたしますとクローゼットへそそくさと向かっていく。

--マリア、時々夢見がちになるのよね…

淡い空色のドレスに着替えて、迎えに来たナッサウに案内され庭園の東屋に 設(しつら) えた昼食の場に着いた。

すでに席についていたアルヘルムが立ち上がって、アデライーデを迎えると「今日は天気も良いのでここで昼食をとろうと思ったのですよ。花も盛りですからね。貴女にお見せしたかった」と椅子を勧める。

東屋の周りは白い花に囲まれ、テーブルの上の花も同じ花が飾られていた。

「お招きありがとうございます。こんな感じで外で食べるのも素敵ですね…」

ナッサウはアルヘルムの後ろに控え、給仕が白ワインをグラスに注ぐと二人だけの昼食が始まった。

アデライーデの好みをと考えられたのであろう、白身魚のゼリー寄せやチキンのソテーが少量ずつ運ばれてくる。

アルヘルムは、早くに部屋に帰ったアデライーデが本当は昨日の事をどう思っているか、注意深く観察していた。

食事中の会話の中に、アデライーデの不機嫌や不満を見つけることができず最後のお茶を飲んでいる時に、アルヘルムはフィリップの事を切り出した。

「昨日は貴女にフィリップが不快な思いをさせてしまったのに、快く今日の誘いを受けていただいて言葉がありません。もし…」

もし…アデライーデが望むならフィリップは2度とアデライーデの目につかぬよう……廃嫡に…と、言いかけたアルヘルムの前に涙ぐむテレサが浮かび声が出ない。

アデライーデは、ティーカップをそっとテーブルに置くとアルヘルムに「昨日のことですか?」と微笑んで尋ねた。

アルヘルムは、アデライーデの唇からどんな言葉が出るか凝視する。

「フィリップ様は、お母様の事が大好きで守りたいと思われているだけだと思いますよ。まして、あの年頃の男の子に突然お父様に新しい妃ができるなんて、受け入れられるはずがありませんもの」

「しかし… 公式の場でフィリップは貴女を侮辱しました」

「公式の場? おかしいですわね。私が知る限り未成年は公式の場には出られないはずですわ」

首を傾げつつティーカップを手に取る。

アデライーデも未成年だが、それはこの際棚に投げうっておく。中身は3回ほど成人しているし。

「私は昨日、アルヘルム様のご家族の紹介と言うごく『私的な』場に出ました。公的な場は、謁見の間でのバルク国の大臣達や高位貴族からのご挨拶の場だけだったと記憶していますが…違いましたか?」

アデライーデは、にっこり笑ってティーカップの紅茶を口にした。

「………痛み…入ります。殿下…」

アルヘルムはテーブルの下で拳を握りしめていた。

アデライーデが、あの場は『私的な場』だと言い切るのであればフィリップの廃嫡は無くなる。

……殿下と呼ぶのはおやめください。

ピュロロ…ピュロロロ…

駒鳥(こまどり) の 囀(さえず) りが、午後の庭園に響いていた。