軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

462 麻紐と赤い蟹

茹で蟹♪

蒸し蟹♪

カニグラタン♪

ーあとは何にしよう! やっぱり焼き蟹? ここの窯ならタラバ様、丸ごとはいるわよね。あー、楽しみ!

自作の即興鼻歌を歌いながらアデライーデは足取り軽く、キッチンへと向かっていた。

朝一番にペルレ島に停泊してあるノアーデンの船から直接王宮と離宮にそれぞれタラバガニは届けられたのだ。

航行の途中で捕獲し、生きたままバルクへと届けられた蟹の鮮度は抜群だ。ノアーデンの料理人は蟹と一緒に一旦王宮へと向かい、離宮には手紙と一緒に蟹が届けられた。

「まぁ…、立派な蟹! すごく大きいのね」

すでに海水を満たしたいくつかの小樽が厨房に運び込まれていて、中にはそれぞれハサミと足を麻紐で縛られたタラバ様が、数匹ずつ静かに底にいた。

初めて見る生きたタラバガニは足を縛られてはいるものの、見た目どれも一抱えほどあり、それぞれ1.5キロ前後であると樽に添えられた紙に書かれてあった。

「……大きい…と、思います」

アデライーデの漏らした言葉に、それが本当に大きいのかわからない料理人達が押し黙っていた中、アルトが相槌を返すのがやっとだった。

小樽の底に沈むタラバガニは 暗紫色(ダークパープル) や濃茶と殻の色は濃くて光沢があり、トゲがたくさんある。

魚ならピカピカの鱗やエラや目玉で鮮度を判断できるが、タラバガニには固い殻だけで鱗もエラもない。目は多分海老と同じで、もちょもちょと動く口(多分)の上のあれがそうなのだと思うが…。

ー生きているみたいだから、多分新鮮だ。うん。

ーだが、あれをどうやって料理するんだ?

ー海老より硬そうな殻だな…

料理人達はお互いに、目で不安を語り合っていた。海産物が捕れるバルクではメーアブルクや王都には海老や魚料理を得意とする料理人も多いのだが、なにしろ蟹を見たことがないのだ。見たことが無いものを料理はできない。

「午後からこちらにノアーデンの料理人さん達が来てくれて、料理してくれるそうなの」

贈り物に添えられた手紙の内容をアデライーデが皆に告げる。

ーほっ!

目に見えて安堵の色を浮かべた料理人達だが、次のアデライーデの言葉に、声にならない叫び声をあげた。

「でも、たくさんあるから、その前にちょっと味見しようかなと思うの」

ーえぇー!!

「また! アデライーデ様! このようにトゲのある物を触ってお手を怪我でもされたらどうするのですか?!」

ーそうです! 待ちましょう!

すかさずマリアが止めに入り、料理人達はこくこくこくと、激しく頭を縦に振った。

「大丈夫よ、そのまま茹でたり蒸したりするだけだから。料理と言うほどじゃないわよ」

「そのまま茹でたり、蒸したりするだけ…なのですか?」

止めるマリアの後ろから、アルトが会話に割って入ってきた。

「そうなの。ノアーデンの料理本に書いてあったんだけど、水1Lあたり大さじ2〜3程度のお塩加減で20分くらい茹でるらしいのよ。蒸すのも多分同じくらいの時間だと思うわ」

「だったら、アデライーデ様のお手を煩わせず私達でもできると思います」

ーえぇ…

未知なる食材に果敢に 挑(いど) もうとするアルト。料理人達はアデライーデとそんなアルトの会話を、固唾を飲んで見守った。

「でも、このタラバガニと言うものは固い殻がございますよね? どうやって解体するのですか?」

「確かに…、でも海老の殻の剥き方を応用…」

「あ、殻の外し方はわかるわよ。(タラバガニは)初めてだけど、以前リネア様から贈られた料理本に書いてあったから」

「…そうでしたでしょうか」

実は贈られた料理本にそこまで詳しくは書いてないのだが、マリアも見せてもらった本の料理の絵の方に目を取られていて、本の文章の内容まで覚えていなかったのだ。

「では、茹でた後にアデライーデ様にご指導頂いて私が解体致します」

「……」「……」

「お願いね。あ、茹であがりを取り出す時にトゲで怪我をするといけないから、厚手の布巾を使ってね」

未知の食材に貪欲なアルトと、タラバ様への貪欲な熱意に駆られたアデライーデにより、マリアの抵抗と料理人達の期待は虚しく押し切られた。

ータラバ様解体の経験は無いけど、他の蟹様は何度も食べてるからいけるいける。

陽子さんの頭の中には、すでにホカホカと湯気を出しているタラバ様しか浮かんでいなかった。

「まずは茹で蟹からね! 沸騰したお湯に蟹を入れて再沸騰してきてから20分ね」

「はい!」

「……では、お仕事着へのお着替えをお願いします」

「はぁーい」

アデライーデが蟹を直接触らないのならば反対はできない。マリアは渋々アデライーデを着替えへと 誘(いざな) った。

ー丁度、着替え終わった頃に茹で上がりよね!

ルンルン気分で厨房を後にする陽子さん。

だが…、ここで陽子さんは重大な注意事項を伝えるのを忘れていた。

暫しのち、厨房から野太い悲鳴があがる。

「うああぁあー! こ…こいつら鍋から出てきた!」

熱い鍋に放り込まれたタラバガニは、当然熱湯地獄から決死の脱出を試みる。

「おい、蓋! 蓋を持ってこい!」

「こいつ! 足が…足が縁から取れません! 熱っ」

「トング! 誰かトングを持ってこい!」

鍋から必死に脱出しようとするタラバガニを蓋で押さえたアルトが叫ぶ。

料理人達は、知らずに蟹を足を縛っていた麻紐を取って茹でようとしていたのだ。

1.5キロもあるタラバガニ3匹の力は強い。タラバガニにとっては生死をかけた戦いなのだ、彼らも必死である。鍋の縁に足をかけ、器用に残りの足で熱湯を弾き料理人に攻撃する。そして何とか鍋から脱出しようと足掻いていた。

「あら?」

ワンピースにエプロンへと着替えて戻ってきた時、アデライーデは調理台の上で鮮やかに赤く茹で上がったほかほかのタラバ様と、同じように顔を赤くした料理人達が床にへたり込んでいるのを見つけた。