軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

424 大人の階段とシャンディガフ

ガヤガヤ ガヤガヤ

同じ場所なのに、村の食堂は夜の顔をした酒場になっていた。

昨日の昼間、子ども達が座って食事をしていた席に大人達が座りジョッキでエールやワインを酌み交わしていて雰囲気ががらりと違う。入り口の扉と窓が開け放たれていても酒と料理とパイプの匂いが酒場の中に漂っていた。

カイに連れられ食堂に入っていくと、すぐにおばちゃんに声をかけられた。

「おや、いらっしゃい」

おばちゃんは昼間と変わらない顔で二人を迎えてくれた。

「おばちゃん、こんばんは!」

「こんばんは…」

カイはようようと、フィリップはどきどきしながらおばちゃんに挨拶をする。

「なぁ、おばちゃん。今日はフィルを連れてきたんだ。フィル立ち飲みに慣れてないからさ、今日は席に座ってもいいだろう」

「なに言ってんだい。フィルが初めてなら、なおのことあんたらはあそこだよ」

おばちゃんはカイのおねだりに屈せず、ビシッと酒場の奥を指差した。

「ちぇ」

「?」

理由(わけ) のわからないおばちゃんとカイの会話にフィリップは入っていけず、「こっちだ」というカイについて酒場の隅に置いてある樽の前に来た。

「フィル、飯食ってきたか?」

「あ、うん。食べてきた」

「じゃ、つまみは適当でいいか?」

「う、うん」

つまみってなんだろって思いながらも、知ったフリをしてフィリップは頷く。

「なに飲む?」

「えっと、アプフェルヴァイン」

「ちょっと待ってな」

フィリップが答えるとカイは、厨房の方にかけていった。その間フィリップは酒場を見回すと去年とは違うお姉さん達が忙しそうに酒や料理を運んでいる。老いも若きも大人達は楽しそうに顔を赤くして酒を酌み交わし話をしている。フィリップが知る茶会や挨拶だけで出た夜会とは違う光景だ。

「頼んできた」

「ねぇ。樽の横で飲むの?」

「そうなんだ。おばちゃんに認められないと座らせてもらえないんだ」

なんでも飲み過ぎると立てなくなるらしく、酒に慣れないうちは自分でも酔いがわかりやすい立ち飲みしかさせてもらえないとカイはフィルに教えた。

そうなんだとフィリップが思っていると、おばちゃんが「あいよ」と言いながら木のジョッキでアプフェルヴァインをもってきてくれた。カイはジョッキと引き換えにおばちゃんにお金を渡し二人はジョッキをぶつけて乾杯をする。

「ちぇ、薄いな。フィルも飲んだことあるって言ったのに割ってある」

カイが酒の濃さに文句をつけているとお姉さんが二皿のつまみを持ってやってきた。

「はい、おまちどうさま。注文のソーセージと女将さんからの奢りのオバツダよ」

樽のテーブルに置かれた二皿の片方にはブラートヴルスト(焼きソーセージ)が2本とマスタード、もう一皿にはプレッツェルとスティックにんじんと小鉢に入れたオバツダが乗っていた。

フィリップは、つまみとはお茶の時のお菓子みたいなものなんだと皿を見つめた。

「あら、見ない子ね。かわいい子じゃなーい」

初めて見るお姉さんは皿を置くとフィルにぐっと顔を近づけた。普段学院の令嬢とも一定の距離で接しているフィリップは、知らないお姉さんの急な接近に驚いて一歩引いてしまう。お姉さんはそれを見てくすりと笑った。

「フィルってんだ。村に遊びに来てるんだよ」

「そうなんだ。村に住むようになったらご贔屓にね」

お姉さんは遠くの注文の声に「はーい」と応じて二人から離れていった。

動揺を悟られないようにフィリップはカイに「これはなに?」と、オバツダを指差す。

「オバツダだよ。うまいんだぜ。こうやって食べるんだ」

カイはにんじんを摘むとオバツダにつけて口に放り込む。

オバツダは古くなったカマンベールチーズにバターや他の柔らかいチーズを加え、さらにタマネギやエシャロットを細かく刻んだものとチャイブなんかのハーブを加えて、しっかりと練り上げたチーズスプレッドだ。

軽い食事のパンのお供として各家庭で作られているオバツダは古くなったチーズのリメイク料理であり、酒場では混ぜるものに工夫を凝らして作る名物料理でもある。

「美味し…、うん。うまい」

フィリップはカイの口真似をしてオバツダを付けたにんじんを味わった。

この酒場のオバツダは甘酸っぱく漬けたたまねぎとピクルスを刻んだものをたっぷりと使ってあるのか特徴だ。

「なぁ、フィルは将来仕事何すんの? おじさんと一緒に働くのか? それともどっかの役人?」

「う…うん。文官…かな」

「フィル、頭良いもんな。字もきれいだし」

カイはぐひぐひとジョッキを傾けながら、いろんな話題を口にする。他の村の子の将来なりたいものや大人から聞いた王都やメーアブルグでの噂話など普段王宮や貴族学院の友人達からは聞かないような話で、フィリップはカイの話に引き込まれていった。

ジョッキが半分になる頃には、フィリップもカイと同じように樽にもたれかかり、肘をついてにんじんをオバツダにつけていた。

「なぁ、貴族のリトルスクールにも女の子はいる?」

二杯目でカイお勧めのエールをジンジャーエールで割ったシャンディガフを口にしている時に、カイが不意に聞いてきた。

「うん。いるよ。学科が違うけどたくさんいる」

「なぁ…、気になるご令嬢っている?」

「え! ご令嬢って?!」

「貴族の女の子ってご令嬢って言うんだろ? ヒルダと違って貴族の女の子ってお淑やかそうじゃん。あいつさ! 気ぃ強くて、いっつも俺に文句ばっかでさ…がさつでさ…口悪くてさ…」

「……」

カイのヒルダへの悪口が止まらない。でもなぜかカイの頬が少し赤い。もしかして少し酔っているのかなと思いながらフィリップは「そうなんだ」とカイの話を聞いていた。

「……なんだよなー。でさ、フィルの気になるご令嬢はどんな子?」

「んぐっ」

一通りのヒルダの悪口を言って気が済んだのか、カイの関心はフィリップに向いてきた。少しむせた口元を拭おうとするがハンカチがないのでフィリップは袖口で口を拭った。

「えっと…、可愛い…かな。話してて楽しいし…」

「お前、言うなぁ! えっ、もしかして両思い?」

「……」

にやにやして聞くカイに、フィリップは顔を赤くしてぐびぐびとシャンディガフを流し込む。

「照れんなよ。とーちゃん言ってた『いい男は女に一筋なんだ』ってさ」

カイは齧っていたソーセージをオバツダにつけると、またシャンディガフを口にする。

「そうなんだ。カイのお父さんもお母さんに一筋…」

「うんうん。でさ、その子なんて名前?」

「リ、リネア…。カイは気になる子は…」

「かわいい名前だな。で、その子と結婚すんの?」

「ぐふ…」

カイの攻撃は留まるところを知らないようで、ぐいぐいフィリップを詰めてくる。もうフィリップはタジタジである。どうもフィリップの知る貴族の社交術はカイには通じないらしい。

「貴族って爵位?なんかそういうのがあって結婚するの大変なんだろ? 村のコーエンさんも奥さん貴族だったから頑張って貴族になったって聞いた。フィルとその子は大丈夫なのか」

「うん。大丈夫…と、思う」

「お。親も知ってんの?」

「いや…まだ…これから…」

と言うか、親からの紹介である。でも、カイにはリネアと婚約してるとは言えなかった。言ったら最後、根掘り葉掘り聞かれそうだったからだ。

「学院を卒業してから…かな」

とりあえず先延ばし作戦でフィリップは誤魔化した。

「そっかー。大変だな。貴族は親が結婚決めるって聞くしなー」

「庶民は違うの?」

「半々かな。庶民でも跡取りやお金持ちは親が決めるけど、そうじゃないのはほっとかれる」

「そうなんだ」

「でさ、男は仕事で一人前にならないと結婚できないからな。俺も早く一人前にならないと。ヒルダ、あいつ無駄に愛想がいいからな。この前も炭酸水工房の手伝いの時に運送屋の新入りとくっちゃべってたし」

ーえ? カイ、今までずっとヒルダの悪口言ってたよね? ヒルダの事好きなの?!

今の今までカイはヒルダの事が苦手で文句を言っていたのだとばかり思っていたフィリップは、信じられないという目でカイを見ながらシャンディガフを口にする。

そんな大人になりかけの少年達を、樽テーブルの横の窓から月がそっと覗いていた。

「酔い覚ましに湖にいこーぜ」

シャンディガフを飲み干して酒場をあとにすると、カイから誘われて明るい月の下で二人で湖に向かう。

今日は満月で夜道は明るい。お酒を飲んでいるせいか少し足元がふわふわするが、夜風が心地よかった。

「わぁ、きれいだね」

湖に着くと月明りで湖面がきらきらと輝いていて、初めて見る夜景にフィリップは思わず声を出した。

「なんかさ、月夜にこの湖のそばを二人で歩くと恋人になれるって言い伝えがあるらしいんだ。離宮のメイドさん達と村の姉ちゃん達が言ってた」

どうも最近できた言い伝えのようだ。

「ほんとに? でも…」

今一緒に歩いているのはフィリップとカイである。

「男同士は、なれねぇよ」

「う、うん。そうだよね」

二人が健全なようで安心したのか、近くの木の葉が揺れる。

「あ、バーニーんとこの姉ちゃんだ」

そう言ってカイが指差した先には、フィリップが知らない女の人が離宮の兵士っぽいガタイのいい男の人と寄り添って歩く後ろ姿が見えた。

「あ…」

「あ!」

二つの後ろ姿が立ち止まって重なり、ちょっとの間動かなかった。そして、その後ろ姿達はまた寄り添って歩き出した。

明るい満月の湖畔である。カイとフィリップの位置からは影でなく、ばっちりと抱擁と唇が重なるのが見えたのだ。

どきどきどきどき…

ちょっと少年達には刺激が強かったのか、暫く二人の間には沈黙が流れる。

「も…もう、帰ろうか。遅いしな。今の事は内緒だぞ。あーいうのはみんなに言わないのが大人なんだ」

「うん…。内緒だね」

頬を赤くした少年達はもと来た道を少し戻って辻で「じゃあな」と短く挨拶を交わし、それぞれの家路へと足を向ける。

かさ…かさ…かさ…

少しだけ大人の世界を垣間見た少年達を見守るように、辻近くの低い木立のそこだけに風が吹いたような気がした。