軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

418 ワインと蝋燭

カリカリ…

タクシスは、アルヘルムの帰りを待ちながら蝋燭の灯りの下で書類にペンを走らせていた。ここ暫くは早く帰っていたから久しぶりの残業である。

かちゃ

執務室の扉を開けて、まだ少し赤い顔をしたアルヘルムが入ってきた。

「戻ったか。遅かったな」

「忘れていたよ。伯母上がウワバミだったってこと」

「ははっ 何本開けたんだ?」

「覚えてない…」

アルヘルムがソファになだれ込むように腰を下ろすと、タクシスは壁際のワゴンの水差しから冷たい水を大きめのゴブレットに注ぎアルヘルムに手渡した。

アルヘルムは手渡されたゴブレットに口をつけ、ごくごくと勢いよく飲み干したあと、ふーっと大きく息を吐いた。

社交界を引退し王都に近いとはいえ領地に住むイザベラが、わざわざあのような踏み込んだ話をしたのだ。イザベラが息子の代弁者なのは間違いない。

「お前にも心配させたな」

「……」

タクシスは黙って自分のゴブレットにはワインを注いだ。なんだか自分だけが 素面(しらふ) でいるのはアルヘルムに悪いような気がしたからだ。

ゴブレットの半分程のワインを一気に飲むと、タクシスはゴブレットをテーブルに置いた。

「俺には、その心配をお前に納得させるだけの経験がなかったからな。ただ、心配しているからと言って母を使ったのは狡くはあるかなと思ってる」

「そうは言っても、やった事を悪かったとは思ってないだろ」

アルヘルムは、にやりと笑う。

「もちろん」

大真面目な顔でタクシスはワインをぐびりと飲んだ。

「宰相としても従兄弟としても、お前の…ひいては王家の不幸は望んでないからな。使えるツテは親でも使うさ」

「ああ、お前はそういう奴だよ」

子供の頃、二人で城を抜け出して難破船を見に行った時にこの従兄弟が言った言葉を思い出してアルヘルムは笑った。

「伯母上の話は、いろいろと考える良い切っ掛けにはなったよ」

「うむ」

アルヘルムはテーブルのゴブレットをとり、水のお代わりを注ぐ。

「ただ、似ているようで伯母上の経験と私達三人の関係はまた違うのではないかと感じたんだ」

「母とテレサ様は性格も違うし感じ方も違うだろう。また公爵夫人と王妃という立場の重みも違う」

「そうだな。それに男と女と言うのもあるのかもしれないが、伯母上の話は私が気づかなかった事を気づかせてくれた。伯母上にとってあまり思い出したくない事だったろうに、それを口にして心配を伝えてくれた事に感謝しているよ。私はそういう事に鈍いらしいからな」

「鈍いって、母が言ったのか?」

「いや、昔ナッサウからな『王子は女性に対する配慮に欠けます』って」

アルヘルムがナッサウのものまねをしながら答えると、タクシスは笑いながらゴブレットを手を取った。

「言われた当時は面倒くさいしかなくって、花束作りも贈り物もナッサウに丸投げして逃げていた」

「あぁ、よく怒られていたな」

「で、ある日ナッサウに叱られてる時に、食ってかかったんだ『よく知りもしない相手に興味も無いものを選べない』って」

「そりゃまた、正直だな」

タクシスは笑って深くソファに座り直す。

「ナッサウは『アルヘルム様は剣術の稽古で初対面の相手にどう初手を打ちますか? まずは型通りの手を打ち、そこから相手の挙動を見て次手を打つでしょう。社交も女性も剣術と同じです。まずは定番を覚え贈りますように。どのようなお付き合いでも進めば相手の好みが分かります』って返されたよ」

「まぁ、ナッサウならそう言うだろうな」

「あぁ。そして『先人達も面倒くさいと思われたから、定番やマナーと言われる物をお作りになられたのです。定番やマナーは数多くの先人達の失敗と冷や汗と涙によって作られているのです』って言われたよ」

「はははっ 確かにな。定番も時代と共に少しずつ変わるから、日々誰かが冷や汗をかきながら更新されているのかもな」

「それなんだ…」

「うん?」

「ナッサウから、テレサを迎える直前に言われたのが自分が教えられるのはここまでだ、自分は独身で夫婦の事はわからない。表面的な相談を聞くことはできるが真に役に立つ答えを言うのは難しいかもしれないってな」

「そうだな。わかる気がするよ。で、お前はどうしたんだ」

タクシスは空いたアルヘルムのゴブレットにワインを注いだ。

「父上と…、お前を参考にした」

「ぶっ!!」

タクシスは飲んでいたワインを吹き出し、慌てて内ポケットから取り出したハンカチで口元を押さえた。

「お、俺をか?」

「あぁ、とても参考になったな。お前は既にメラニアと結婚していて、聞かなくてもいろいろ喋っていたからな。メラニアに何を贈ろうかとか、メラニアが体調を崩した時に見舞いにどうするかとかな」

「………」

振り返って、確かにアルヘルムにそう話していた自分を思い出し、タクシスは頬を赤らめながら黙ってアルヘルムのグラスにワインを注いだ。

「父上は…。子供としての目線ではなく、王としてでもない父上を見れた…気がする。まぁ、すぐに離宮に行かれてしまったから、少しだったけどな」

アルヘルムは注がれたワインを、ちびちびと口にした。

「最初に伯母上に進言された時、薄々気がついて何かをしなければと思いながら、私はテレサにそれまでと同じ態度だったんだ。正直、どうしていいかわからなかった。今にして思えば、テレサは私に気を使っていたんだと思う。気丈に振る舞っているテレサを見て、そのままにしておいた」

「まぁ、そういう話は男の耳には入りにくいからな。俺もそういう話は詳しくない。俺がその立場でも戸惑っていたと思うし、お前に聞かれても何も答えられなかったと思う」

「……」

タクシスは黙って、空いたアルヘルムのゴブレットにワインを注ぐ。

「いろいろ話したのか?」

「いや、伯母上の話を聞くだけだった」

そういうと、アルヘルムはソファの背にもたれかかり一つため息をついた。

「定番も少しずつ変わるように、私とテレサとの関係も令嬢と王子、王と王妃、そしてアデライーデを加えた関係へと変わっていったんだなと思ったよ。テレサは変わっていったのに、私だけがテレサに対して変わってなかったんだ」

アルヘルムはタクシスが注いだワインを口に含む。

「同じ轍はないと言われたよ」

「轍?」

「私は『失敗』の意味で言ったのだが、伯母上は『夫婦の歴史や軌跡』という意味で使われていたようだ」

「ほう」

母がどういう話をしたか、なんとなく想像が付くタクシスはただ相槌をうった。

「そして、轍それぞれに一つとして同じものはなく、そのまま他の轍と同じ事をしても自分達にとっての正解ではない。自分達で自分達の正解を見つけるしかないとご助言頂いた」

アルヘルムはそう言ってグラスを手に取りワインを口に含んだ。同じワインだが先ほどより後口がわずかに重みを増したような気がする。

「テレサには甘え過ぎていた気がするよ。折を見てまたテレサとの時間を取るつもりだ」

「それがいいだろう」

その晩、執務室の灯りはとりとめのない話をする男達を遅くまで照らし続けた。

翌日、見事に二日酔いになったアルヘルムは、午後まで仮眠室のベッドから起き上がれなかった。