軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

411 古い懐中時計と新しい侍従

「フィリップ様、ノアーデン国のリネア姫よりお手紙が届いております」

リネアから届けられた手紙の封蝋にはリネアの頭文字とリネアのお印のリンネソウがモチーフの 封蝋印(シーリングスタンプ) が押されていた。

フィリップは、ぱっと輝かせた顔で手紙を侍従から受け取ると、自分用の剣の形をした銀のペーパーナイフで慎重に封を開けリネアからの手紙に目を走らせた。

「やっぱり、あの馬にはヴェガルドって名付けたって」

手紙を読みながらフィリップが話しかけたのは新しくフィリップ付きの専属侍従としてつけられたコート・クルーガーだ。

年は18歳。クルーガー伯爵家の三男で、暗く濃い茶色の髪と鳶色の瞳をもち、中肉中背で特徴がない容姿ではあるが侍従としては優秀で、今までナッサウの元で将来王家を支える者として厳しく育てられていた。

フィリップは今まで主に女官の手により生活の世話をされてきていたが、来年婚約者を迎える準備として仕える者を段々と女官から侍従達へと切り替える予定だ。

それに先立ってクルーガーがフィリップに付けられた。優秀さだけで言えば他にもいたが、フィリップと年が近い中ではクルーガーが一番だとナッサウが強く推した。

「先日リネア姫が選ばれていた馬の名前でしょうか」

「うん。僕のシグリットと並ぶと夜と昼みたいでかっこいいんだよ」

フィリップの馬は 鹿毛(かげ) で朝日のような鮮やかな濃いオレンジ色で足元だけ黒っぽい。リネアのヴェガルドは逆に身体はほぼ黒いが足元は少しオレンジ色が入っている。

この年頃の男の子には、何よりかっこよさが一番のようである。

「それは、良うございました。ヴェガルドもシグリットも 対(つい) のようでございますね」

そう応えるクルーガーの後ろからナッサウが祖父が孫を見るような目で二人の会話を聞いていた。

ナッサウは手が空いた時に、できるだけ多くの時間をフィリップとクルーガーの為に使うようになり、暇を見つけては二人の所にやってくるようになっていた。

「クルーガーにも専用馬を用意せねばなりませんな。私も先代様にお仕えしていた時分には、ご一緒によく馬を走らせたものです」

「え?!」

侍従は 主人(あるじ) が出かける先にも 供(とも) としてついて行く。馬車で出かける時は出かけ先と馬車の種類により車中か御者の隣に座るようになっている。

非常時には馬車や馬を操り、 主(あるじ) を安全な場所まで導くのが侍従の大切な役目でもあるので、侍従は全員馬にも乗れるし馬車も操れるように訓練をする。

クルーガーもだが、もちろんナッサウもだ。ただ、ナッサウはこの十数年は馬に乗ってない。

ナッサウは先王から王家に仕え亡くなった先王ともさほど年が違わなかった為に、アルヘルムは代替わりをした時からナッサウの体を気遣い、出かける時は留守居役を任せるようにしていた。

なので、フィリップは生まれてから一度もナッサウが馬や馬車に乗る姿を見たことがない。気がついた時にはいつも側にいて、その姿も変わらずいつも王宮にいるものだと思っていた。

「ナッサウも馬にも乗れるんだね」

「久しく乗っておりませんが、若い頃はこのクルーガーと同じように訓練致しました」

「そうなんだ」

ちょっとフィリップは不思議そうな顔をしてナッサウとクルーガーを見比べた。

子供の10年と老年の10年は違う。体の大きさや目線の高さも子供はものすごいスピードで変化する。かたやナッサウのような年くらいの者の10年はゆっくりだ。

もちろんナッサウも見た目も変わっているのだが、フィリップの目から見ればナッサウの皺が深くなろうが、白髪が多くなろうが前髪前線が後退しようがあまり代わり映えがしてなくて分かりにくかった。

しかもはっきりした記憶はこの5年くらいなものである。フィリップの目から見てナッサウは、生まれた時からずっと変わらない人だった。

「そして、私もこの姿で生まれた訳ではなく、フィリップ様と同じように子供の時代がございました」

「う、うん」

ナッサウに心の中で思っていた事を言い当てられて、フィリップはちょっと顔を赤くしながら頷いた。

「ご覧ください」

ナッサウは懐から懐中時計を取り出すと、その裏蓋を開けた。そこには赤子を抱いた女の人の絵が嵌め込まれていた。

「これが私の母で赤子が私です」

ナッサウに目元がよく似たふくよかな女性がこちらに笑いかけている。

「そしてこちらが、恐れ多くも先王様に頂いた絵でございます」

表蓋の裏には同じ年頃の少年が二人並んで描かれている絵があった。笑っている少年とキリッとこちらを見ている少年。

笑っている少年を指さし、ナッサウは懐かしそうな顔でそれが先王だと教えてくれた。

「お祖父様?」

フィリップの知る祖父は立派な髭でいつも座ってパイプを燻らせていた。王宮にある祖父の肖像画は大人になったものしか見たことはない。

「はい。宮廷画家にこっそり描いてもらった物ですから、ご内密に」

王族が家族以外、それも侍従と一緒に絵に収まるなどあり得ない構図だ。

だが、それを見てフィリップは初めて大人にも子供時代があったんだと実感した。頭では分かっていることだが、現代と違い親や祖父の子供の頃のアルバムを見る事もない。

王族だからか先祖の肖像画は後世に残しても良いような立派な絵しかなかったので、祖父や父母にも自分と同じような時代があったと実感が持てなかったのだ。

ナッサウは暫く蓋を開けたままにしフィリップが飽きるまで見せた後、そっと蓋を閉じた。

タイミングよく、クルーガーがリネアから手紙と一緒に贈られた本があるとフィリップに告げると、すぐにフィリップの関心は贈られた本に移った。

リネアから贈られた本の一冊はノアーデンの武具の絵がたくさんある本らしく、フィリップは本を 捲(めく) りながらクルーガーに楽しそうに見せている。

ーアルヘルム様もタクシス様もご立派に育たれ、先代様が夢見たバルクの繁栄を手掛けております。お隠れになられた時にはその意味もご理解できなかったフィリップ様も、婚約者を迎える事となり日々成長されております。後はもうしばらく 下支(したざさ) えの者達を育てなければなりません。

ナッサウは懐中時計に微笑むと、大事そうに上着の左の内ポケットにしまった。