作品タイトル不明
409 ルバーブと蟠桃
「アルヘルム様は珍しい武具などを手に入れられると周りの声が聞こえなくなりますので、本日は離宮で晩餐をとお誘いされては?」
二度目の休憩タイムを終えた頃、レナードはそっとアデライーデに囁いた。
アルヘルムの小さい頃を知っているレナードは、波乗り装置にフィリップより夢中になっているのを見て、これはある程度使いこなせるようになるまで、この場を離れないなと予感していた。
波乗り装置は武具ではないのだが…。アルヘルムとフィリップは楽しそうにへっぴり腰で転ぶまいと頑張っていた。
「そうね。もう少ししたら声をかけてみるわ」
レナードの予言どおり、身の軽さか足首の柔らかさかフィリップの方が早くに揺れには慣れ、意地になったアルヘルムがフィリップと軽ーく打ち合えるようになった頃には日は傾きかけていた。
「さぁさ、今日はそのくらいにされてお食事にしませんか? 今日はライエン様の所のチーズを使ったお料理ですよ」
こんな時間まで外で遊んでいる(訓練)のに付き合ったのは 裕人(ひろと) が幼稚園の時以来だが、ぱんぱんと手を叩き二人を食事を口実に止めることができた。
汗だくになったアルヘルムとフィリップがお湯を使った後、食堂に行くと少し早めの晩餐が始まった。
まずは、食前酒として赤い炭酸の飲み物が小さなシャンパングラスに入れられて供された。グラスの底には少し赤いジャムのようなものが沈み、細長い胡瓜のスティックが添えられている。
「これは?」
「これはルバーブのチューハイです。今が旬だと聞いて作ってみましたの」
今初夏のバルクで旬のルバーブは庶民にも手に取りやすい食材だ。
見た目は赤いセロリのような感じだが、味はかなり酸味が強い。生で食べることはほとんどなく、基本的には火を通し甘みを加えてジャムやケーキにして食べられている。
「ちょっと甘塩っぱくてかなり酸っぱいので、お好みは分かれるかと思います。味がダメだったらライムモヒートもございますよ」
「いや。まずはそれを飲んでみるよ」
「私も飲んでみたいです!」
フィリップもちゃっかり混ざり、二人は用意されたルバーブのチューハイに目をキラキラさせて口をつける。もちろんフィリップにはバージン(アルコールなし)で作ってもらった。
「塩味の酒は珍しいな。それにほんのりとしたはちみつの甘みと強いルバーブの酸味のバランスがいい」
「とても美味しいです! 色も綺麗ですね」
「ええ、塩と甘みを一度に取れるので、夏場の飲み物としてお水や炭酸水で薄めて飲むと良いかと思って作ってみたんです。今回波乗り装置で協力してくれた警備隊の皆さんに差し入れしようと思ってますわ」
陽子さんの作ったルバーブの甘塩煮は、「はちみつ練り梅もどき」である。
なんでも昔欧米で今ほど日本食が手に入らなかった頃、在外の主婦が梅干しを懐かしんで作り出したものらしい。食べたいと言う欲求は偉大である。
作り方は簡単で、きれいに洗ったルバーブの茎を細かく刻み、塩をまぶしてジャムよろしくそのまま煮詰め、はちみつで甘みをつけて調節する。
アルトがおやつに作ってくれたルバーブのジャムクッキーを食べて、海外生活のあったママ友から聞いた話を思い出したのだ。
ーこれって、塩分糖分に酸味があるから熱中症対策のスポーツドリンクがわりにもいいわよね。警備隊の皆さんにはお世話になったから、夏の間鍛錬場に常備してもらおうかしら。
陽子さんがそんな事を考えているうちに、前菜が運ばれてきた。初夏の前菜らしく桃とモッツアレラのカプレーゼだ。
バルクには丸い日本の桃のようなのもあるが、今日の桃は平べったくてジューシーだが少し硬めの 蟠桃(ばんとう) と呼ばれている桃を刻んだものに、コロンとした一口サイズのモッツァレラと生ハムが散らしてある。
こちらも、甘いものとしょっぱいもの組み合わせだけど、蟠桃の瑞々しい甘さが初夏を感じさせる取り合わせだ。
そしてスープは、冷たいキュウリのスープ。
カルテ・グルケンズッペだった。
このスープは、新鮮な胡瓜をすりおろし、ヨーグルト、サワークリーム、ニンニク、ディルを混ぜ、最後にレモン汁絞って作るバルクの夏のスープの定番と言っていい。火を使わなくても作れるスープなので飲むサラダとも言われるスープなのだ。
今日はたくさん運動したからか、アルヘルムもフィリップもスプーンの進みが早い。
そして、アルトが一抱えあるティロルチーズの塊の上で混ぜ合わせながらつくるケーゼシュペッツレ(チーズパスタ)をフィリップはとても気に入り、おかわりをしてメイン料理であるラム肉のステーキは小さめのものを頼んでいた。
晩餐の話題は波乗り装置の事もだが、フィリップの婚約者の話となった。
陽子さんはフィリップがリネア姫の事をどう思っているかと聞くのは遠慮していたが、アルヘルムはお構いなしにフィリップにバルクの王妃としてどう思うかを聞いていた。
ー王族ってこういう質問は普通なのかしら? 私は怖くて薫にも 裕人(ゆうと) にも彼氏彼女の事は自分からは聞けなかったわ……。
ラム肉をもぐもぐしながら、陽子さんは事の成り行きを見守っていた。
薫は同性だからなのか社会人になってから彼氏の事は聞かれなくても話してくれていたが、裕人はなんにも話してくれず、薫経由で何人かの彼女の存在を薄っすら知るくらいだった。
フィリップは幼いなりに自分の考えを堂々と口にした。リネアも王族として自分と同じような教育を受けているから大丈夫だと思う。そして今まで会ったどの姫や令嬢より話していて楽しいと、アルヘルムに答えていた。
アルヘルムへのフィリップの返答を立派だなと思う反面、フィリップはまだ子供なんだからもっとゆっくり大人になってもいいんじゃないかと思ったが、陽子さんは黙って聞いていた。
「へ? サーモン?」
アルヘルムとフィリップの会話が流れて、耳馴染みのある単語に思わず聞き返してしまった。
「あ、はい。ノアーデンで捕れる赤い身の魚です。アデライーデ様、ご存知でしたか?」
ご存知もなにも塩焼きやホイル焼き回転寿司にお弁当のおかずとで、毎日とてもお世話になっていた。
「ええ…まぁ。本で知るくらいですが」
「そうなんですね! 私はリネア姫から教えてもらうまで知りませんでした」
フィリップは、リネアに教えて貰ったサーモンの話を楽しそうに始めるが、陽子さんの関心は別の所に向かっていた。
ーフィリップ様のお話を聞く限り、サーモンはあちらの世界のサーモンと同じって思っていいわね! いつかタイミングを見てお取り寄せをお願いしないと! で、サーモンが捕れるって事は…もしかしてもしかすると…。うふ!
フィリップの話が一段落ついた頃、アデライーデはにっこりして口を開いた。
「ところで、固い殻とたくさんの足を持つ海の生き物の話は、お聞きになってませんか?」