軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

403 見守る目と風

ーもうダメ。絶対無理。せっかく途中までうまくいっていたのに…。カエルを鷲掴みにされるなんて…。

リネア付きの女官は崩れ落ちたまま、目の前で楽しそうにカエルで遊ぶフィリップとリネアを見つめていた。

元々畜産が盛んなノアーデンは、家畜を狙う野盗や熊や狼の襲撃が多々あり平民も男女ともに家畜や身を守るため、多少の武器が使える。

そういう国柄なので、貴族令嬢や王女にも 武器(レイピア) の扱いを嗜みとして教えていた。

ただ、大抵の令嬢は嗜みで終わるのだが、リネアはそのお人形のような外見に似合わず中身が男子だった。お人形遊びより外遊び、刺繍より剣技を好み掌には淑女らしからぬ剣ダコがある。

ノアーデン国内であればそれもまた良しとされるのだが、他国は違う。いわゆるお淑やかで楚々とした貴族女性が好まれる傾向がある。少なくとも剣術で夫をねじ伏せるようなリネアの母であるノアーデン皇太子妃のような女性は好まれない。

幸いにも?リネアは黙っていれば華奢で儚げな容姿である。今回のバルク国からリネアへの将来のバルク王太子妃の内々の打診にリネアの祖父である国王や重臣達は喜んだ。

武功により帝国と縁付いたバルク国王と、それをきっかけとしたバルクの目覚ましい躍進は北の国にまで轟いている。そのバルクから造船の依頼とともに来た打診をノアーデン国王としてはどうしても受けたかった。

だが、リネアの父であるノアーデン王太子も母である王太子妃も造船の受注に関しては乗り気でも、打診については消極的であった。

理由はリネアの性格だ。年なりの淑女教育は受けダンスも刺繍もそれなりだが、他国の姫君たちと違い母と同じ剣術好きでどこか浮世離れしている性格では、自国と違った価値観を貴族女性に求める他国に嫁げば苦労するやもしれぬ。それならば国内に縁を付かせた方が良いと考えていたからだ。

今回のフォルトゥナガルテンへの招待も国王の強い勧めでリネアを連れてきたが、王太子夫妻はリネアに打診の話はせず「初めての外遊を楽しみなさい」とだけ伝えていた。

そんな王太子夫妻の思惑を察知していたノアーデン国王はフォルトゥナガルテン行きの付き添いの女官をこっそりと呼び出した。

そして、「ワシとて可愛い孫娘の不幸は望まぬが国の為になる可能性があるならば」と言い含め、出来るだけ他国の姫たちのようにお淑やかに振る舞うように、話が流れるにしても、せめて初回の顔合わせの時にバルクの王子に眉を顰められるような言動をさせないようにと命じた。

だから王太子夫妻がバルク国王夫妻と会談をはじめ、夫妻の目が離れた時に女官はリネアにそっと囁いた。

「姫様、ノアーデンと違いバルクでは女性は剣を握りません」

「まぁ、そうなの? では弓を扱われるのかしら?」

「……。いえ、弓も扱われないかと思います」

「え? でも、もし…」

「姫様。バルクではテレサ王妃様のように強きバルク王のような殿方に守られる女性が好まれるそうです」

あまり時間がなかったので、女官はリネアの疑問を抑え込み要点だけを伝えた。

「……」

「ですので、フィリップ殿下との話題として剣術の話はあまり好ましくありません」

「……では、なにを話題にすればいいの?」

大好きな剣術の話題を封じられたリネアは、眉尻を下げて女官に聞き返す。

「フィリップ殿下から振られたお話を広げるのです。いいですか、くれぐれも剣術の話だけは姫様からされませんように」

「……わかったわ」

確かにそう言い含め、途中までは庭園の花樹の話で和やかに時間は進んでいた。バルクの素晴らしい庭園を背景にフィリップ殿下と姫様は1枚の絵のような時間を過ごしていたのに…。

魚さえ跳ねなければ…

いや、あのカエルさえ姫様の方に跳ねなければ…姫様は完璧な淑女を装えたのにと女官は逆ギレしていた。

怨敵、カエルめ!!

今我が手にレイピアがあれば、この池の全カエルを殲滅したものを!との考えが女官の頭に浮かんだ時に、穏やかな声が聞こえた。

「女官殿」

その声の方を見上げると、フィリップ殿下付きの老齢の使用人が自分に手を差し伸べているのに気がついた。

「……ありがとうございます」

差し出された手を取って、何事もなかったような顔をして女官は立ち上がった。

立ち上がって落ち着いて姫様を見れば、自分の心配を 他所(よそ) にフィリップ殿下と楽しそうに話していた。

「主は、仕える者の考えもしない事をなさいます」

その使用人は女官を見ずに、ただ前を向いて独り言を呟いた。

「 十重二十重(とえはたえ) に備えるが、務めだとこの年まで過ごしましたが…」

「……」

「時に小さき主は、やすやすとその備えを超えることがございますな」

フィリップとリネアの楽しげな声が風に乗って女官の耳に届く。

「良き方へ、でしょうか」

女官も前を向いて独り言を呟いた。

「そう願いたいものですな。ただどのような事を選ばれようと、我らは主のお側に仕える事に変わりはございません」

「そうでございますね」

ナッサウと女官は、2人の小さき主が楽しそうに過ごすのをただ黙って見ていた。