軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

346 メロンパンとソリテール

「アデライーデ様。お菓子のご用意が整ったとのことでございます」

レナードが恭しく告げると、アデライーデはぱっと顔を輝かせた。

「アルヘルム様。お茶にしませんか? ちょうど新作のお菓子が、焼き上がったみたいです」

「ほぉ、新作か。それは楽しみだな」

新作のお菓子と聞いて、アルヘルムの顔もほころぶ。最近アデライーデの新作の料理も食べていなかったからだ。

「頼んでいたビーズのソリテールも、できているのでしょうか?」

「あぁ、一緒に持ってきているよ」

「だったら、遊戯室でお茶をしながらソリテールをお披露目しませんか?」

アデライーデの言葉で、ビーズのソリテールのお披露目の場所は遊戯室と決まった。

お茶の前に女性は化粧直しをするからと、アルヘルムをはじめとした男性陣は先に遊戯室へと席を立つ。

先にメラニアに化粧室を譲ったテレサは、メラニアが退室したのを確認してから、アデライーデに感謝の言葉をかけた。

「先ほどは、フィリップの失敗を庇ってくださってありがとうございます」

「いえいえ、あのインク壺の口は、ガラスペンで使うには確かに小さすぎましたもの」

「まだ落ち着きが足りないところがあって、お恥ずかしいですわ」

「そんな事ないですわ。あのお年にしてはとてもしっかりしていると思います。それにあれは失敗ではなく経験ですわ」

「経験…」

「ええ、経験に失敗も成功もないですわ。フィリップ様は、まだ色んな事を経験するお年ですもの。上手くいかない経験をたくさんするのは、上手くいった経験をする事と同じくらい大事な事だと思います」

「………」

何事もできて当たり前。失敗は許されない事で、王族に嫁ぐなら、人より秀でていなければならないという教育を受けてきたテレサにはアデライーデの言葉は、衝撃だった。

「アルヘルム様もですが、メラニア様と宰相様が、丁度良く話題を拾ってくださいましたし、テレサ様のお考えも聞いて、フィリップ様もたくさん良いご経験をされたと思います」

アデライーデの言葉にテレサが小さく微笑むと、メラニアが化粧室から戻ってきた。

遊戯室のカードテーブルは4人でカードゲームができるように正四角形のテーブルがいくつかあり、各自の椅子の脇にはグラスやティーカップが置ける小卓が備えられている。

そのうちの1つのテーブルにアルヘルムとテレサ、フィリップが座り、その横のテーブルにメラニア達が腰を下ろした。

「こちらが、今日のお菓子のメロンパンです」

アルトが押してきたティーワゴンには銀の大皿がどんとのり、その上には大小様々な形のメロンパンが品よく並べられていた。

「メロンパン? あの夏の果物が入っているのかい」

「いえ、これにメロンは入ってませんわ。形が似ているだけですわ」

この世界にもメロンがある。現代のマスクメロンとは違って、網目はなく皮は緑でオレンジの筋が入ってボコボコしていて果肉はオレンジ色である。現代ほど甘くはないが初夏から夏にかけてが旬で、庶民の手頃な甘みである。

アルヘルム達が来ると聞いて、なにか手軽にできるものと作ってもらったのがこのメロンパンだった。

メロンパンの材料に特別なものは必要ない。ただ、もっちりとしたバルクの白パンを、ふわふわにしてもらうのに少しだけパン職人に苦労はかけたようだった。

ここ数日の離宮のまかないに特別についたデザートはメロンパンで、食堂は朝から晩まで甘い匂いが漂っていた。

ふわふわのパンの上に、薄くザクザクとしたクッキー生地を重ねたっぷりとザラメを纏わせたメロンパンはほんのりオレンジ色をしていた。

「男性方には大きいものを。女性には、こちらの小さなものか細長いメロンパンをどうぞ」

取り分けられた大きめのメロンパンを、さっそくかぶりついたアルヘルムが「美味い」と喜んだ。

「あら、表面はサクサクとしているけれど、パン自体は柔らかいのですね」

「本当ですわね。いつも食べる白パンより、かなり柔らかいのですね。面白い食感だわ」

細長メロンパンを一口サイズにしたものをテレサとメラニアがゆっくりと味わって食べながら感想を口にする。

「丸いのもおいしいですけど、細長い方がザクザクしたところが多くて良いなと思います」

「そうだな。形によって少し違うな」

すでに丸いメロンパンをぺろりとたいらげ、フィリップとアルヘルムは2個目の細長メロンパンを食べ終わろうとしている。

それまで黙ってメロンパンを食べていたブルーノは一つ食べ終わると、にこにこしながらティーカップに手を伸ばした。

「アデライーデ様。帝国とバルクの『瑠璃とクリスタル』でもこのメロンパンなるものを、売り出してもよろしいでしょうか」

「ええ、お気に召したのならどうぞ」

「ありがたい事です。先日のカルメも両店で人気を博しまして、琥珀糖の品薄を補っておりましたが、これも人気が出るでしょうな」

冬に入ってから、海に潜って海藻を採る者が減って琥珀糖はかなり品薄となっていた。その代わりに砂糖さえあれば安定して量をつくれるカルメは、見栄えこそ少し落ちるが、しゃくしゃくとした食感と甘さが酒にもお茶にも合うと、『瑠璃とクリスタル』で人気の土産物になっていた。

‐‐良かったわ。メロンパンって嫌いな人いないものね。材料も手に入りやすいものだし、いつか屋台でも売られるようになるといいな。メロンの季節になったら果肉入りクリームとか入れても目先が変わっていいわよね。

おもてなしをメロンパンで成功させたと思ったアデライーデは、満足げにお茶に口をつける。

メロンパンについて話が弾み、皆がお茶を飲み終わる頃に、レナードが従僕と共に遊戯室に戻ってきたのを見てアルヘルムが目配せをすると、2つのテーブルにソリテールが置かれた。

丸い木台に大人の親指の爪くらいの大きさの、とりどりに装飾されたビーズー 蜻蛉玉(とんぼだま) ーがぐるりと置かれた。

「あら、ペグ・ソリテールをビーズで作らせたのですか?」

「ええ、先日のガラス工房の見学で、とても綺麗なビーズを見せていただいて作ってもらったのですわ」

テレサが触っても良いかと尋ねたので、アデライーデは快くどうぞと勧めた。

「どれも綺麗ですわね。それにソリテールは私も子供の頃よく遊びましたわ」

「え? 母上がですか?」

「チェスを習う前に、一人遊びでよく遊んだものですよ」

「そうだな。チェスよりルールは簡単だからな。一人遊びもできるが、私も子供の頃レナードに対戦型の手ほどきを受けてやったぞ」

「父上もですか? 私にも教えてください」

「うむ。まずはテレサとやるから見ていなさい。こうやってビーズを並べてだな…」

目の前の微笑ましい親子の会話を、陽子さんはほっこりしながら見ていた。

‐‐王族って言っても現代で言えば、共稼ぎみたいなものよね。夜会や茶会も社交でテレサ様のお仕事だし、メイドさんがいてお世話が任せられる分、楽なんでしょうけど、その分夜遅くまで仕事しているようなものだから、お二人ともフィリップ様たちと触れ合う時間は少なくなるわよね。

チラリと、横のテーブルのメラニア達をみると、なにやらメラニアがビーズを手にとって、楽しそうにブルーノに話しかけていた。

ブルーノはいつもは見せない甘い顔をして、メラニアの話を聞いている。

元は自分の暇つぶし用に頼んだ物だが、思いの外にビーズのソリテールが、アルヘルム達親子に良い時間を運んできたことを微笑ましく思いながら、お茶のおかわりを、そっとレナードに頼んだ。