軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

333 コンサバトリーと春の花

「皇后陛下におかれましてはご機嫌麗しく、お慶び申し上げます。ライエン、お呼びにより罷り越しました」

「挨拶をありがとう。早速だけど良いかしら?」

そう言って、皇后はコンサバトリーのソファの席をライエン伯爵に勧めた。

コンサバトリーとは屋根の一部と壁の一面を木材とガラスで造ったサンルームである。

室中には冬のこの時期には咲かない春の花が、庭師の努力もあって咲き乱れている。皇后に席を勧められたライエンはバルクとの国境を治める伯爵だ。

好々爺といった外見で、元は金髪だっただろう白髪は歳の割に多く、現代の元首相のようなライオンヘアである。

皇后付きの女官は、お茶を出すと少し離れた場所に控えた。

「バルクからの打診は、報告書どおりかしら?」

紅茶の香りを楽しみつつ、皇后はライエン伯爵に尋ねた。

「はい。ガラスの街建設にあたり、我が領から人足を雇い入れたいとの事でした」

「競馬場の話もあったわね。内々の打診の条件は?」

「はい。将来、商人だけでなく観光にガラスの街を訪れる貴族も増えるとバルクは予測しております。その貴族が落とすガラスの街以外の利益を全てとの事でした。またガラスの街は、どちらかと言えば貴婦人方や芸術に造詣の深い方々が好まれるであろうから、夫君である諸侯の方々に楽しめるものをとのことで、競馬場の話があり、その収益もこちらにとの事です。

戦も終わり、軍馬の需要もおさまるであろう我が領にとっては、魅力的な打診でございました。孫夫婦もかなり興味を持っております」

ライエン領は広い。その広さを活かして馬を始めとした畜産と農業が主な産業だ。ライエン伯の息子は先の戦で名誉の戦死をしており、ライエンは領主としての経験が浅い孫夫婦の為に伯爵を続けている。

「人手はこちらで用意できるけど、宿舎はどうかしら?」

「ほどなく皇后様のすすめられたバルクへの街道補修整備が終了致しますので、現在の仮宿舎と民営の宿屋が使えるかと。この話が安定的な利益になるのであれば、街道を中心に宿舎を建設させ、それを再利用した街づくりを始めようかと思います」

「貴族向けは?」

「今から建設させるにしても、すぐには…。当面は我が家でもてなそうかと…」

「あら。それは、いろんな話を聞けそうで楽しみね」

ライエン伯爵一族は、帝国の東の「 耳目(じもく) 」である。

バルクをはじめ帝国の東に位置する国々は、伯爵の領地を通らねば帝国に行けない。どの国も小国で長年帝国と良好な関係を築いてきたが、だからといって手放しというわけにはいかない。敵国に弱みを握られ、帝国を裏切る可能性はあるのだ。

ライエン伯は、自領を通る商人達や他国に親族がいる庶民達からの情報を集めている。隣り合う領に野盗被害や天災などがあれば帝国に報告し、伯爵の分を超えない範囲での協力や情報提供、見舞いなどをして帝国と周辺国との 緩衝材(クッション) としての役割を果たしている。

アデライーデの輿入れの際に、様々な便宜や情報をバルクに与えたのも、その一環だ。

もちろん、全て帝国の意向である。

「帝都から離れ開放感あふれる異国となれば、それなりでしょう」

「楽しみにしているわ」

「仰せのままに」

皇后はライエンの返事を聞き、赤い琥珀糖を摘みながら微笑んだ。

「バルクはどうかしら?」

大変含みのある問いかけだ。

ライエン伯爵は飲みかけたカップを音もなくソーサーにおろし、テーブルに戻した。

「まっすぐなお方かと。自国を小国から発展させる為に必要な意欲を持ち、また信義に厚く昨年我が領に小麦や油、豚などの商取引を持ちかけてきた際にも、無理な量や期日を言わず、今までと変わらぬ条件でございました」

「あら、帝国の人夫が自領に入らないように牽制して面倒事も押し付けようと言っているのに?」

「浮かれた間抜けではないということでしょう。いかに帝国と縁続きとなっても、小国とはいえ国としての矜持は持たれているのかと…」

なにかしらの利益をライエン領に落とす為に人足の宿舎を造れないかと言い出したのはアデライーデだが、打診を決定したのはアルヘルム達である。同じ内容の打診だが、思惑が違う。

陽子さんは、利益のお裾分け感覚に近かったが、アルヘルム達は別の事を考えていた。

人足が集まる所には、事の大小を問わず必ず揉め事がある。そして、そのほとんどが仕事場と酒を飲む場所で起こる。

仕事場なら、まだいい。バルク側が雇い主して仕切る事ができるが、酒の入る場所は色恋や賭け事が絡む事が多い。利益も大きいが、それを管理する為の役人や兵にかなりの労力を払わねばならない。

まして他国の人間の管理は神経を使う。しかもアデライーデの母国である。人足同士の小さな諍いが互いの国の民同士の大きな反感の元ともなりかねないのだ。

だからこそ、その危険を少なくする為にライエン領に人足の管理を打診したのだ。悪く言えば丸投げに近い。もちろん、その分の見返りとして将来的にも利益を生み出し続けるであろう競馬場の話を込みで。

賭けである。

ライエンが狡猾な商人であれば、話を聞くだけ聞いて「実は以前より、我が領で計画していた事と同じだ」と言われかねないが、ライエン伯爵家は帝国の貴族でありバルクとは数世代に渡り良好な関係を築いてきた。今までの付き合いとアデライーデの降嫁で、その可能性は低いとアルヘルム達は考えていた。

「多少、懐にはいったと思える相手には信を置きすぎるきらいがありますが…、その相手を引き当てる運の良さもございますな」

そう言って、ライエン伯爵は飲みかけていた紅茶に口をつけた。少しだけ冷めた紅茶はするすると喉を通ってゆく。

「アルヘルム殿は強運なのでしょう」

「あら、彼を推したのは貴方じゃなかったかしら」

「はて…。最近とんと物忘れが酷くなりまして…。そうでしたでしょうか」

人好きのする柔らかな笑顔で、ライエンはとぼけてみせた。

バルクの他にも海に面しカトリーヌと年頃の釣り合う王子のいる国はあったが、妻子のいるアルヘルムを強く推したのはライエンであった。

この好々爺の人を見る目とカンは確かである。皇后は孫にもその才能が受け継がれていてほしいと期待した。

「まぁ、いいわ。帰りにこの親書を届けておいてね」

差し出した封書は、アルヘルムとタクシスを困惑させたあの『そろばん』の追伸が書かれた親書であった。