軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

323 屋敷と壁の穴

「お前だけ帰ればよかったんじゃないか?」

「は? こんな重大な事、俺だけに決めさせるつもりか?」

タクシスはバタンと後ろ手で乱暴に執務室の扉を閉め、執務室の燭台に次々と灯りを灯し、暖炉に種火を置いて火を起こす。

クリームソーダを楽しんだあと、晩餐はいかが?と誘うアデライーデにタクシスは丁寧に辞退の言葉を述べ「先ほどのお話は少し考えさせていただきたい」と渋るアルヘルムを引きずるように離宮を後にした。

部屋が暖まるまでしばらく時間がかかるので、飾り棚から蜂蜜酒の瓶とグラスを2つ取り出した。

そして、いつものように執務室のソファにどかりと座ると、グラスにトクトクと蜂蜜酒を注ぐ。

「どうせ、あのまま食事をしても味なんぞわからん」

「どうだかな。お前クリームソーダをおかわりしてたじゃないか? 口にあったからじゃないのか?」

「のどが渇いていたからだ!」

「ほう…」

にやにやとしながらアルヘルムは、グラスに口をつける。タクシスは酒も強いが、その 強面(こわもて) から想像しにくいが甘いものにも目がない。

アデライーデの新作の菓子は王宮でも作られるが、バルクの『瑠璃とクリスタル』を管理するタクシスの屋敷に王宮の菓子職人が派遣されている。

その菓子職人から「ご夫妻はアデライーデ様のお菓子がたいそうお気に入りで」とアルヘルムは、報告を受けていた。

「……美味であったがな…」

ボソリと小さな声で呟いたタクシスを、アルヘルムは満足げに見るだけにしておいた。それ以上イジると後が面倒だからだ。

「ところで、アデライーデ様の話をどう思う?」

気持ちを立て直したタクシスが、アルヘルムに問いかけた。

「正直なところ、身震いがする程怖い話だったよ」

「そうだな」

アルヘルムの言葉にタクシスも頷いた。

「自国で作ったものを他国に売る。それが普通だ。そのやり方なら今までの経験があるからな。炭酸水でもクリスタルガラスでも、それでやれてこれた」

蜂蜜酒が入ったグラスを 弄(もてあそ) びながら、アルヘルムが言葉を続ける。

「アデライーデのいう商取引は、今まで聞いた事もない商取引の方法だ。だが、そろばんは実用品だからな。いずれ模倣品の数がバルクのそろばんより多くなるのは自然な流れだ。それを踏まえたうえで、しかも他国にも利益を落としながら、バルクの利益を守る為にどう契約を取り決めるか。さじ加減1つで大きく違ってくる」

「そうだな。これからも実用品の模倣品がでても何もできないだろうが、王家の商会印が付いた物を偽造する事は取り締まれる。ましてその国の印も付けば、取り締まるのはその国だからな。うちは何もせずとも相手国が取り締まってくれてバルクの利益は守られる。上手く考えたものだな」

タクシスもアルヘルムと同じ仕草をしながら、グラスの中の揺れる蜂蜜酒を見つめて応える。

「うむ。小国のバルクには向いている商売のやり方だな。難しいが、やってみようかと思うんだ」

そう言ってアルヘルムは、蜂蜜酒を口に含んだ。

「そうなると、シリングスにはそろばんではなく、職人に指導できる職人や品質を検査検品できる職人を早急に育ててもらわねばならん。差し当たってバルク国内に1つ工房をもたせねばな」

「あぁ。小箱付きのそろばん工房をつくるならあの村では手狭だし、なによりアデライーデの警護の問題がでてくる」

「うむ。今はバルクの名誉男爵だが、いずれ帝国の正式な男爵になる。そうなった時にあの村にいるのは、いささか問題だな。2国の爵位を持つ者として屋敷も必要になるが、王妃の村に屋敷を持つわけにはいかないからな」

タクシスがそう言うとアルヘルムは立ち上がり、暖炉の横の壁に飾られたバルクの地図の前に立った。

パチパチと薪が爆ぜる音が、執務室に小さく響く。部屋もだいぶ暖かくなってきた。

「そうだな。村からさほど遠くない場所…この辺りに屋敷をもたせるか。屋敷ができれば近くに工房も移動させればいい」

アルヘルムが指さした場所をタクシスが確認して、いいんじゃないかと頷いた。

新しい街ができれば、王都からメーアブルグへの道は旧道として、人の往来を制限する予定だ。少し迂回するが、人や荷は新道を使って新しい街経由で王都とメーアブルグへ行き来させる。

「貴族の屋敷が新しくでき、街道の警護の者が増えればテレサ様も安心するだろうしな」

以前からアデライーデの身辺の警護を心配しているテレサを知っているタクシスは、そう言うとグラスに残っていた蜂蜜酒を飲み干し、立ち上がってアルヘルムの肩をぽんぽんと叩いて、にやりと笑った。

「王様。これからまた忙しくなるな」

「はぁ、やっと書類仕事が減ると思ったんだがな」

「今までの書類は減るぞ、それもかなりな。だが、新しい会議は増えるな」

「……ふっ」

「おや、うんざりした顔をしたと思ったら、楽しそうじゃないか」

「お前もな」

そう言って、アルヘルムは軽く握った拳でタクシスの左肩を軽く小突いた。

「誰もやったことの無い、新しい事を始めるのにワクワクしない奴がいるのか?」

子供の頃、生け垣に隠れた城の 塀(へい) に子供が1人通れる穴を見つけた時と同じ顔をして、アルヘルムは笑った。