軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

321 小箱と耳打ち

アデライーデはペンをとり、さらさらといくつか絵を描き始めると、アルヘルムが隣から興味深げに覗き込んだ。

「なるほど。でもそれで良いのかい」

「ええ、今から説明しますわ」

自信満々に紙をテーブルに置くと、アデライーデは説明を始めた。

「簡単に言えば、今のそろばんより桁数を減らしたものを2種類増やします。そして1番桁数が少ないものを主力商品として、取り扱うんです」

テーブルに置かれた紙には、箱をつけた桁数の少ないそろばんが3種類縦に並んで描かれていた。一番上には従来のそろばんで、2つ目には箱がついた10桁。もう1つは20桁だ。

箱の付いたそろばんは、どちらも従来のそろばんと同じ長さで、桁数の少ないものは箱が大きく、桁数の多いものは箱が小さい。

「そろばんの長さを短くすると使いづらいと思うので、長さは同じにして小箱を取り付けるのです。小箱にはメモ用紙などを入れて置くと良いと思います」

アデライーデの説明に、コーエンは黙ってじっとテーブルに置かれた紙を見つめていた。

「これからそろばんの練習を始める学院の生徒さんや普通の商人の方は、それほど大きな桁数の計算はしないと思います。なので10桁の1番桁数の少ないそろばんを使っていただくようにして、大きな金額を扱う文官や商人の方はこちらの20桁のそろばんを使って頂く。従来の27桁のそろばんは 注文品(オーダーメイド) として受け付けるんです」

--電卓付きそろばんって昔あったのよね。

電卓はこの世界にないけど、電卓の部分はメモ入れにすればいいし、電卓付きそろばんと同じくらいの桁数があれば普通の計算では問題ないはず。

2つの計算結果を比べたいとか特殊な使い方をする人達はかなり少ないはずだから、そういう人達は従来のそろばんを注文してもらえばいいわよね。

「なるほど、そろばん部分を1/2、1/3にするのですね。それであれば単純に今までの2倍3倍の生産量になりますな。でも小箱を作るのに手がかかるのでは?」

タクシスが鋭い質問を投げかける。

「小箱の部分は、他の指物師の方たちに依頼して作ってもらうのです」

「なるほど。それで分業か」

アルヘルムがふむふむと頷きながら小箱付きのそろばんの絵を眺めていた。

「ええ、そうなのです。それにその分安く…」

「それであれば…、そろばんの製作工程を…」

アデライーデの説明を耳で聞きながら、目はテーブルの紙をじっと見つめていたコーエンが、軽く握った 拳(こぶし) を口元に当てながら、ボソリと小さな声で呟くと、皆の目が集まった。

「! 失礼しました。お続けください」

「コーエン、なにか良い考えがあるの?何より現場の声って大事なの。思う事があるなら、気にしないで続けて」

集中して考え事をすると独り言をいう癖が、つい出てしまいアデライーデの言葉を遮ってしまった。恐縮して謝罪するコーエンに、アデライーデはその言葉の先を聞きたがった。

「うむ、シリングス。続けよ」

いつものようにアデライーデだけならまだしも、ここには王や宰相閣下もいる。言い淀んでいたコーエンの心情を察したのか、アルヘルムからも進言を促す言葉が出た。ゴクリとつばを飲み込んでコーエンは言葉を続けた。

「はい。職人が一人前になる為には、すべての工程を1人でできるようにします。今いる職人もそのように育てました。しかし、今後大量に生産する為には 工程毎(こうていごと) の専門職にする方が生産量は上がると思います」

「そうね。ガラス工房でもそんな感じで作っていたわね」

「それであれば、小箱部分の職人と材料さえ確保できれば、少なくとも5倍程度にはなるかと思います」

「5倍か…。それであれば、今後も…職人は…」

そう言ってタクシスは、紙を見ながら黙り込んでしまった。きっと今後のそろばんの輸出の算段をしているのだろうと眺めていたアデライーデは、ふと今後の事で、思い出したことがあった。

--そうだわ。今度帝国からも依頼が来るかもって言っていたわね。それなら…。

「あの、アルヘルム様。ちょっとよろしいですか?」

「?」

アデライーデは、隣のアルヘルムの袖を引っ張り、口元を手で隠しながらアルヘルムの耳元に小声で囁いた。貴婦人ならここは手持ちの扇子で口元を隠しながら話すのであろうが、中身は陽子さんである。貴婦人らしからぬ所作に、レナードの片眉がピクリと動いた。

「コーエンに、今後帝国からそろばんの大量依頼があるかもって、話しても大丈夫ですか?」

「あぁ、私から話そう」

「その場合、ちょっと考えがあるのですが、一緒に話しても?」

「ほう。それはどんな考えだい?」

「あくまでも、提案ですからね?ダメだったら駄目と言ってくださいね」

「もちろんだよ」

ごしょごしょごしょ…

アデライーデの内緒話に、 百面相(ひゃくめんそう) をしているアルヘルムを、レナードはため息をつき、タクシスは冷たい目線で、コーエンは気配を消して黙って見ていた。