軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306 昼下がりのテレサ

数日後の昼下がり、アルヘルムとテレサは2人でアデライーデのかぼちゃプリン達を楽しんでいた。

ここは王と王妃の居間である。

菓子職人の正装である 真白(ましろ) の調理服を着たトビアスがホールのかぼちゃプリンを切り分け、生クリームを添えて2人に出した後、横にグラス入りかぼちゃプリンを置くと、すっとテーブルの横のティーワゴンの側に控えた。

「どちらも美味しいですわね」

「あぁ、旨いな」

2人はどちらのかぼちゃプリンも一匙ずつ味見をし、微笑んでそれぞれに食べ進めた。

テレサは切り分けたかぼちゃプリンを。

アルヘルムはグラスのかぼちゃプリンをだ。

「こちらは、子ども達にいいですわね。ブランシュには少し甘みを控えめにしてもいいかもですわ」

「こっちはご婦人方が好みそうだ。もっとラム酒を効かせると男も好むと思うのだが」

そう言って、ちらりとアルヘルムがトビアスに目をやると、トビアスはラム酒の入った小さな銀のピッチャーをアルヘルムのお皿の近くに置いた。

さすが王宮の菓子職人。アルヘルムの好みはわかっているようだ。

「陛下のお好みはそうでしょうね。でも元々は子ども達の為に、アデライーデ様が考案されたのでしょう?」

くすくすと笑いながらも、テレサは優雅にかぼちゃプリンを一匙すくった。

陽子さんは、かぼちゃプリンをフィリップ達の冬のおやつに食べてもらいたかったのだ。夏に収穫されて寝かせておいたかぼちゃが甘みが増し、ホクホクの食べ頃になるのはこの時期だ。

‐‐かぼちゃは離乳食にもよく使ったし、野菜の中ではさつまいもと並んでお菓子にしやすく食べやすいのよね。でも、どうもこの大陸にはさつまいもっぽいのはなかったのよね。

マリアに聞いてもアルトに聞いても、甘い芋は見たことも聞いたこともないらしい。手に入れば、スイートポテトや大学芋もどきが作れたのだが…まぁ、ないならないで仕方ない。

気軽にかぼちゃが手に入るなら、それをどうにかすればいいんだからと作ったのがかぼちゃプリンだ。

フィリップはともかく、まだ幼いカールやブランシュに食べさせるには母親であるテレサの了解があった方が良いと、アルヘルムにテレサと一緒に試食するようにと頼んでいた。

テレサとの2人だけの茶会で、カールは野菜嫌いと聞いていたが、その時にかぼちゃの話は出なかったので、アルヘルムにさりげなく聞いたことがある。

「大丈夫だよ。子ども達に好き嫌いはない」という返事だったが、それは…せっかくのアルヘルムとの食事の場に、調理人達が子ども達の嫌いなものを出さなかっただけだろうと、陽子さんは察した。

‐どの時代も…たとえ世界が変わっても、父親の「大丈夫」ほど当てにならないものはないわね。

と、陽子さんは雅人さんの事を思い出しつつ再確認した。

「本当にアデライーデ様は、どのようにしてこのようなものを思いつかれるのでしょうね」

「うむ、どうもご母堂の家のレシピをもとにバルクの素材で色々試しているようだ」

「お料理からお酒、お菓子まで…。これほどのレシピをお持ちだったのであれば、ご領地もさぞ豊かだったのでしょうね」

「いや、さほど豊かな領地ではなかったらしい。だからかもしれぬな。かぼちゃも芋も痩せた土地でよく育つ作物だからな」

それは違う。

たまたま手に入りやすい旬のものが、かぼちゃだっただけだ。

「そうですか。痩せた土地で 栽培(とれる) ものがたくさん買われるようになれば、農民達も生活が潤いましょう」

「うむ。かぼちゃはこれから作付けの時期らしいからな。近く夜会で皆に振る舞う予定だ」

たっぷりとラム酒をかけ、満足げにグラスのかぼちゃプリンをたいらげたアルヘルムは無言でおかわりを所望した。

「新しい街の事でアデライーデ様がぜひ取り入れたいと言われていた排水蓋も、ネズミ避けに効果かあるだろうとティシュラー・ジマーマンも感心しておりましたわ」

「ほう、ジマーマンもか」

ジマーマンは、秘密の通路を含めた王宮の管理をしている貴族だ。

「ええ、新しい街やガラスの街のみならず、王宮のそれもアデライーデ様考案の排水蓋に変えると意気込んでいましたわ。ネズミは疫病を運びますからね」

「それで疫病が少なくなるのなら、願ってもない事だ」

「本当に…」

それからしばらくテレサと色々な話をして、会話が落ち着いた頃、アルヘルムはトビアスにそっと目配せをした。トビアスはなにかを察したのか、ティーポットを持ってそっと下がってゆく。

「……。テレサ」

「はい?」

「感謝している」

「? 急になんですの?」

ティーカップをソーサーに音もなく戻して、テレサはアルヘルムに聞き返した。

「以前、君に約束をした。君以外の妃は持たぬと。だが、私は約束を 違(たが) え帝国から正妃を迎えた。アデライーデの性格や申し出は、私達にとって思いがけない事だったが、君は彼女と 諍(いさか) うことなく共に私を支えてくれている。その事についてだ」

「全く心がざわめかなかった…訳ではありませんでした」

テレサは視線を落とし、ティーカップの中の紅茶を静かに見つめる。

テレサの実家の侯爵家も本妻と第2夫人がいる。第2夫人は当時テレサの父がいずれ将軍になる為に必要な家から迎えた。他にも庶民の妾が数人。

テレサの父は、軍閥の家長らしく国の為に庶子も含め、家には子供はたくさんいる方が良いとの考えを持っていた。

テレサから見て父なりに母や第2夫人、妾たちを大切に扱っていた…と思う。表面上はともかく、母と第2夫人の間の実情は違っていたが。

父は、平等に嫡子庶子や男女を問わず剣や教育を施していた。見どころがあれば、女子でも剣や軍事の基本を叩き込まれる。テレサは剣こそ苦手だが、軍事に明るいのはそのおかげだ。

貴族として王妃教育を受けた者として、王家の血筋を絶やさぬと言うことがどれだけ大事かもわかっていた。

だからこそ、名も与えられなかった子が天に召された後、周りにどんなに勧められてもアルヘルムが側室を持たなかったのは妻として嬉しかった。

そのアルヘルムから、帝国から正妃を迎えると告げられた時、この国の王族としては 頷(うなづ) けるものがあったが、妻として女としては首を横に振り続けていた。

あのフィリップの出来事も、バルク王妃としてはともかく、母としてフィリップの事を誇らしく思う思いが心の片隅になかった訳では無い。

しかし、アデライーデはその言葉通り離宮に身を引き自分を立ててくれている。フィリップにも姉のように接しカールやブランシュも可愛がってくれている。

時が経ち、もしかしたらこの関係が壊れることがあるかもしれない。いや、アデライーデならそれを望むような事はないだろう。数度のお茶と1度のお酒でテレサは確信に似た何かを感じていた。

アルヘルムがアデライーデを愛おしく思い始めているのも感じ取っているが、自分の中にもそれに似たような気持ちが芽生え始めていた。

‐不思議なものね。お母様と同じ立場になったけど、お母様と第2夫人と間柄は全く違うわ。きっとこの気持ちはお母様にお話しても…いえ、誰に話しても理解はされないでしょうね。

「でも、今はそんな事もありました…と思っていますわ」

「……」

「だって、貴方は以前と変わりませんもの」

穏やかな笑顔を、テレサはアルヘルムに向けた。

「そうか?」

「ええ。私の事を大事にされているのはわかっておりますわ。以前と変わらず」

「うむ」

そう言うと、アルヘルムはティーカップを手に取った。

‐以前と変わりませんわ。王太后様も仰っていましたわ『アルヘルムは何が大切なものか、ちゃんとわかっている子なの。でも…少し細やかさには欠ける子なの。だから信じてあげてね』って…。

常に出ていた側室の話に、テレサには心配するなと一言だけあり、まだはっきりとアルヘルムが周りに拒絶の態度を示さなかった頃の話だ。

‐えぇ、王太后様。そのとおりですわ。アルヘルム様にとって大切なものが増えただけですわね。

でも、細やかさは増えてはいませんわ。このようなお話をアデライーデ様がお作りになったかぼちゃプリンを食べながら話すところは、まったくですわ。

しょうがないわねといった穏やか笑顔を、テレサが向けた事にアルヘルムは気が付かなかった。