軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

301 午餐と白と黒と赤

「では、春先には少し楽になるのでしょうか?」

「そうだな。その頃にはかなり楽になっていると思ってる」

アデライーデの問いに、アルヘルムがカトラリーを置いて少し微笑みながら答えると、カールがもぐもぐしていたハンバーグを急いで飲み込んで「なにが楽になるの?」とアルヘルムに尋ねた。

新年祭が終わり、関連する行事も全て済んだ翌日の家族だけの午餐の時間。くつろいだ雰囲気の中でアルヘルムは文官の書式が正式に変更になり、これから少し家族の時間が持てるだろうと口にしたのだった。

「お前達と過ごす時間が今までよりたくさん持てるようになるんだよ」

「ほんとう?やったー」

「カール。お行儀が悪いですよ」

カールは持っていたフォークを振り回して喜ぶと、すかさずテレサが女官に目配せをした。カールは女官にフォークを取り上げられ、口の周りをゴシゴシされつつもニコニコとして果実水のグラスに手を伸ばした。

「各課の 定型文(テンプレート) もできたし、昨年末に再増員した祐筆課の評判もかなり良くてな。今月末に王都で祐筆課の募集試験も行う予定だ。テレサも各派閥の夫人への説得をしてくれて助かった」

「いえ、どの派閥も家門の寡婦や独り身の令嬢の処遇についての悩みは抱えておりますからね」

「うむ、最初は貴族やその縁戚からだが…。次第に民の子女への門戸を広げようと思ってる」

アルヘルムとタクシスが各派閥の男達を相手に戦っている間、テレサは各派閥の夫人達を懐柔していた。家門の家の主人が流行り病にかかったり任務中の事故で怪我をして働きに出れなくなれば、家の蓄えのみが命綱である。

陽子さんの生きた現代とは違い、この世界は血の繋がりと派閥がセーフティネットなのだ。

庶民なら既婚女性にも多種多様な働き口があるが、既婚貴族女性は女官、家庭教師、上位貴族家の乳母くらいしか働き口はない。正直どれもかなり狭い道である。

そんな彼女らの窓口となり世話を焼くのは、家門の女主人である夫人達だ。

派閥の困窮した家が路頭に迷わないために積極的に彼女らを雇ったり職を斡旋するが、それも限界がある。

当然彼女らの収入は夫の収入に代わるほどではない。しかも殆どが住み込みとなるため、幼い子供が何人もいる家は自家で刺繍やレース編みをして買い上げてもらい細々と食いつないでいるのが現状である。

貴族女性は教養として刺繍やレース編みを嗜むが、みなが皆刺繍やレース編みが得意という訳ではない。そこに1つ、文字を書いて食べていけるという選択肢が増えたのだ。

「アデライーデ様のおかげですわね」

「いえ!私は自分の為にしたことで…。それに目を留め活かして頂いたタクシス様のお力です」

突然話の功労を振られたアデライーデは、目を白黒させながら自分の功績ではないと口にした。

「ほほほ。まぁそういう事にしておきましょうね」

テレサはそう言って笑うと、ちらりとアルヘルムの顔を見た。アルヘルムも無言でうんうんと頷いている。

2人は、アデライーデがこのように人前で褒められる事を苦手に思っている事は知っている。

「母上。今回の発表は貴族学院でも凄く話題になっていましたよ」

「あら、そうなの?」

それまで大人しく大人の会話を聞いていたフィリップが、会話に参加してきた。

「はい。書き取りの先生が大変張り切って『美しい文字はバルクの国力の 礎(いしずえ) だ』と、仰られてました。それに年長組の子爵や男爵家の令嬢達があちこちで書き取りの同好会をつくっていると聞きました」

「まぁ、さすがね。すぐに即戦力になりそうだわ」

「それに数学の先生も、秋からの授業にそろばんを導入するからと言われてました。私がすでにそろばんの練習をしていると話したら、褒めていただきました!そして、そろばんはとても画期的で便利なものなのだと、皆に説明してました!アデライーデ様のお考えになったそろばんは、それだけすごいものですよね!」

フィリップはアデライーデが褒められたのが嬉しいのか、目をキラキラさせながら学院であった事を興奮気味に話す。が、横でアデライーデはゆでダコのように真っ赤になって黙って紅茶に口をつけていた。

そんなアデライーデを尻目に、アルヘルムとテレサの会話は続く。

「確かに貴族学院からも、大量の発注がアリシア商会に来ていたな」

「王宮の文官長が率先して使っているのですからね。王宮文官を目指す貴族学院の文官科の教授達であれば、当然授業に組み込むでしょうね」

「そろばんと言えば、シリングス男爵。ふふっ。お仕事でもそうだけど、新年会での求婚劇は令嬢の間でもとても話題になっているようね。新年会の後の行事で話題に出なかった日はなかったわ。メラニアは早速瑠璃とクリスタルで、あの求婚劇を取り入れるそうよ。帝国の方の瑠璃とクリスタルでもやらせたいからって、はりきっていたわ」

テレサはそう言うと、クスクスとおかしそうに笑いながら食後の紅茶を口にした。