軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

292 兄と先兵

応接室のソファの近くには、書記用なのか大ぶりのかなり年代もののライティングデスクが置かれていた。オイルで磨きあげたのだろう艶々と品良い光沢を放っている。

「この机は書記机兼応接室で仕事をする時用の僕の机だよ。滅多にここでは仕事をしないだろうから、メモは置かないでね」

「はい…」

「んー。お手洗いは案内するほどでもないし、これで案内は終わりかな。2階は倉庫と予備室が2部屋あるんだ。予備室は一応いつでも使えるように机はおいてあるけど、埃除けに布がかけてあるだけだから、何かのついでに見といて。2階も結構楽しいよ。じゃ、お茶を用意するね」

そう言ってグスタフが給湯室に向かうのを見て、新人課員達が自分達が用意しますからと慌てて追いかけていった。新人達は年代物のティーセットを慎重に扱いながら、気兼ねなく使えるマイカップを絶対明日持ってこようと固く心に誓っていた。

ティーカップをキッチンテーブルに並べるとお湯が沸くまでの間、実家の応接室にもないような立派な 水屋箪笥(みずやだんす) ー台所にある扉付きの棚ーを漁り、お茶っぱの缶を見つけた。

「なぁ、もしかしてこのお茶って…」

「大丈夫だ。このお茶は普通のだ。うちの実家も、この銘柄を飲んでる」

「良かった…。だけど、このティーカップ様に安いお茶を注ぐのはなんだか気がひけるよな」

「うん。俺らなんかが口をつけたら、割れるんじゃないか?」

「やめてくれ。冗談でも怖いから」

ブルブルっと身を震わせて、その課員はお茶の缶を開けた。

折角だから応接室でお茶を飲もうと誘うグスタフをみんなで押しとどめ、休憩室で皆がソファに腰をおろした時に、グスタフは「色が悪くて出せないものなんだけど、味は問題ないから厨房からもらってきたんだ。お茶受けに食べよう」と 琥珀糖(こはくとう) が入った袋を自分の机から持ち出してきた。慌てて新課員が皿を取りに走る。

子爵ですら滅多に口にできない琥珀糖。一見色が悪いとは思えないが、 菓子職人(パティシエ) に言わせると、透明度がイマイチらしい。

「今後、琥珀糖も扱うから目と舌を養う為にも食べて欲しい。もちろん、臨時の課員達には別にとってあるから遠慮しないで」と、グスタフは皆に見せるように一粒口に放り込んだ。

琥珀糖の甘みが皆の緊張をほぐしたのか、2杯目のお茶を淹れるときには随分と打ち解けて話が弾みだす。

それを見計らってグスタフが話し始めた。

「実は今日、臨時の課員達には現場の見学という名目で、席を外させたのには訳があるんだ」と言ってティーカップを置いたグスタフに皆の目が集まった。

「タクシス様が、文官の仕事について憂いていらっしゃる。皆も身を以て知っていると思うけど、現状はかなり酷いよね?」

こくり…。

誰も言葉を発さなかったが、ホケミ課からきた課員はこくこくと2度頷いた。

「絶対的に人が足りない上に、業務の効率も悪い。それを補おうとタクシス様は庶民から祐筆文官と計算文官を入れ、解決されようとしていたが、会議で殆どの人に反対されてね」

ふぅと、一息入れてグスタフは言葉を続けた。

「で、僕が声をかけられたんだ。『庶民文官、特に女性の庶民文官を平等公平に扱えるか?』ってね。僕は性別や出身がどうであれ、仕事がちゃんとできればいいと思ってる。確かに、反対派の危惧してる事もわからなくはないけどね」

皆、思い当たるフシがあるので黙って頷く。

「タクシス様は宰相権限で試験的に庶民文官を採用し、ここでの実績を積ませているんだ。採用の成果は皆も知ってるし聞いていると思う。遅かれ早かれ庶民文官は本採用になるだろうね。 以前からいる者は知ってるけど、僕達はそれまで庶民文官を反対派から守らないといけない」

タクシスからも上の貴族達には睨みを効かせているが、どこにでもそれを理解できず嫌がらせをする者がいる。通勤を邪魔されないようタクシス個人で馬車を用意し、王宮内の移動や食事には食材課の文官が付き添っているのはその為だ。

「あの…。付き添いはわかるんですが、これからここの調理室で食事をとれば食堂に行かなくても良いのでは?」

おずおずと、新課員がグスタフに質問をした。

「それは、ダメなんだ。食堂で食事するようにとタクシス様から言われてる。見せびらかせって」

「見せびらかす?」

新課員達がキョトンとしていると、それは自分が説明しますと先輩文官がくすくす笑いながら手を上げた。

「明日会うからわかると思うけど、めちゃくちゃ可愛いんだよ今度入る文官達も。計算文官は男だけどね。男ばかりのこの文官棟の食堂でかわいい女性文官を連れていたら?」

「 羨(うらや) ましかったです!」

「いいなって思って見てました」

「それに定時で帰れるなら、自分の課にも祐筆文官がいたらなって思ってました」

「だよね。それだよ。食材課がほぼ定時で帰れるのは庶民文官がいるからだ。それをわかりやすく知らしめる必要があるんだ」

彼女らは、庶民の女性文官普及の 先兵(デモンストレーター) としてタクシスが厳選した才色兼備の兵士達だ。

彼女達は自分達の働きいかんによって今後の庶民文官の採用、特に女性文官の採用が大きく変わる事をタクシスより聞かされ十分に熟知している。

仕事に励み、派手にならぬように身なりを整え、食堂で他部署の文官と目が合えば控えめに微笑み、できるだけ接触しないように細心の注意を払っていた。

「だから、タクシス様の考える文官の業務改善や庶民文官登用の為にも彼、彼女達を守ってほしいんだ。 妹(・) を守る兄のようにね」

ひと呼吸おいてから頷く新課員を見て、グスタフは満足げに微笑んだ。