作品タイトル不明
286 帰宅とレナード
「あー、やっと我が家に帰ってきたって実感するわ」
「少し羽を伸ばし過ぎかと…」
年末少し前から年明けの今日まで、約ひと月ほどを王宮で過ごしたアデライーデは離宮の居間のソファで大きく背伸びをしたところを、レナードに咎められてた。
「あら、王宮ではちゃんとしていたのよ。 離宮(いえ) に帰ったときくらい羽を伸ばしたいわ」
そう、本来王宮こそ正妃の住まいではあるが、あそこは親戚の家のようなものである。歓待してくれるが『正妃』らしくない事はできない。いつもより気張って過ごしているのだ。表向きは…。
「さようでございますか」
アデライーデの不満をレナードはサラリと流した。
「ところで、王宮はいかがでしたか?」
酸味の強いレモンジャムを添えた紅茶を差し出しながらレナードは話を変えた。
「楽しかったわよ。フィリップ様やブランシュ様やカール様ともたくさん遊んだわ」
子ども達に昔ながらの手遊びを教え、カールには贅沢にも大判の上質紙で兜と剣を折って、チャンバラごっこをして遊んだのだ。
「ずいぶんと殿下方と楽しまれたようですな。ナッサウ殿からも笑い声が絶えなかったとお聞きしております」
「あら、ナッサウが?」
「ところで、手遊びの歌は帝国の歌なのでしょうか?ナッサウ殿も女官たちも不思議がっているようでして…。ずいずいから始まる歌でございます。ぜひ、歌に意味があるのか知りたいとの事でした」
ドキっ。
--しまった…。つい普通に歌っちゃったわ。
「帝国にもいくつか子どもの手遊び歌はございますが、私も初めて聞く不思議な歌でしたわ」
マリアも首をかしげてアデライーデを見つめていた。
「あー、あれね。あれは…」
「あれは?」
マリア達もレナードも興味津々の目で、アデライーデの言葉を待っていた。
--確か、将軍様とかに献上されるお茶壺道中の時に、粗相があったら大変だから子どもは家の中から出ちゃだめだとか、そんな意味だったはず…。
歌もメロディもしっかり覚えているが、意味なんてしっかりと覚えてはいない。
しかし、ここは異世界。
そもそも、お茶壺道中なんぞ説明してもわかるはずがない。
「えっと…。あれは」
「あれは?………」
みんなの視線が痛い。
「意味なんて無いの。私が子供の頃、適当なメロディに適当な言葉で歌っていただけのものなの!」
苦し紛れに自作と詐称した…。
「茶壺に追われて…と言うのも?」
「た…確か夢で茶壺に追いかけられた…から?」
「コメ食ってちゅうというのは…」
「わ…わからないわ…。何かしら?ゴロが良かったのかも」
この世界にお米はない…はず。
少なくとも、この大陸にお米はないようなのでお米が何なのかの説明すらできないのだ。レナードの質問には答えられない。
「確かに子どもの手遊び歌って、意味無くゴロが良かったりするものが多いですからね」
「そう! きっと、その頃の私が気にいってたゴロなんだと思うわ」
マリアのつぶやきを、これ幸いと激しく肯定して笑うとレナードが「なるほど、アデライーデ様自作の手遊び歌なのでございますな」とにっこりと笑った。
「そう…そうね。そうなるわね。ところで、あれはなにかしら?」
都合の悪い話題は変えるに限るとばかりに、居間の隅に布をかけられて置かれているものをアデライーデは指差した。
「報告が遅くなり申し訳ございません。こちらは先日テレサ様より贈られた、新たなる街の 立体模型(ジオラマ) でございます」
「まぁ、もうできたの?」
「ご覧になりますか?」
「もちろん!」
レナードが 立体模型(ジオラマ) がのった台車ごと、アデライーデが座るソファの近くに押してきた。
アデライーデとマリア達が興味津々で眺める中、サッと白い布をとると精巧な『新しい街』の 立体模型(ジオラマ) が現れた。
大通りを中心に脇道が交差している。
大通り沿いには大きな建物が並び、大きな交差点のロータリーの中心にはこの世界の女神像や英雄像があった。検査場、倉庫街、宿泊施設、歓楽街、商店街には屋根の部分に小さな看板がつけられている。
大きな道には色がつけられ、赤の道にはルビー通り・青の道にはサファイア通りと色にイメージされる宝石の名前がついていた。
「すごいわ。細かいところまで、精巧にできているわね」
「メラニア様のお抱えの職人達が作ったそうですので、これ自体が一級の美術品となりますな」
「すごーーーい」
アデライーデだけでなく、マリア達も感心して 立体模型(ジオラマ) を見ていた。
「建物にはちゃんと窓ガラスがついているわ」
「本当に! ガラスがはめ込まれているわ」
「道は…。細く砕いた色ガラスかしら?キラキラ光ってる」
「公園や散歩道に植えてある木も、本物みたい」
ミア達がひとつひとつの造作に感嘆の声をあげている時にレナードがぽそりと呟いた。
「本当に、平和な世になったのでございますな」
「どうしたの」
「いえ、乱世の時にこのような詳しい地図は禁製品でございましたので」
アデライーデの問いに、レナードは何かを噛みしめるような顔をして言葉を続けた。