軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

273 帝国の赤い花と旋風

ふぅ…。

周りに聞こえないくらいの微かな溜息を、コーエンは漏らした。

周りの貴族達の話題の中心だが、置いてけぼりを食らったかのように自分以外が騒がしい。

すっと目線を横に泳がすと、懐かしい恋い焦がれた色を少し離れたところに見つけた。茶髪の野辺に咲く1輪のストロベリーキャンドルに意識が引き寄せられる。

「皆様。少し…失礼致します」

「え?あぁ、、 卿、どちらに」

ラドリン男爵の問いかけの声を後ろにして、コーエンはすでに歩みだしていた。

彼女がここにいるはずはない。いやしかし、茶髪しかいないこの国で、同じストロベリーキャンドルの髪の女性が偶然いるとは思えなかった。その女性は目の前の紳士と親しそうに談笑している。近づくにつれ耳に入る聞き覚えのある声に、コーエンの胸は高鳴った。

「アメリー様」

そう声をかけたコーエンに、その女性はゆっくりと振り返る。

髪を緩めにふわりと結い上げ、金の細工のついた 琥珀(アンバー) の髪飾りをつけた女性は、やはりアメリーであった。新年祭だからか、いつもと違いうっすらと化粧をし貴族令嬢として華やかではあるが落ち着いた 臙脂(えんじ) のドレスを身に纏っていた。コーエンと目が合うとアメリーはぱっと嬉しそうな顔をした。

「どうしてこちらに…」

「申し訳ありません。手紙の配達人が、道中急な病いになったようで、アデライーデ様へもコーエン様へもバルクへご訪問するというご連絡が遅くなってしまいましたの」

そう詫びるアメリーの横には、正装をした20代半ばと思われる男性がいた。明るい茶の髪とヘーゼルの目で整った顔立ちのすらりとした青年貴族だ。

今までアメリーと親しげに談笑していたがコーエンが来たのを見ると、すっとアメリーの斜め後ろにつく。その位置はアメリーのパートナーとしての立ち位置だった。ぢくぢくとした何かがコーエンの胸の中でざわめいていた。

「こちらは、本日エスコートをしてくださったシュトローマー男爵令息のレオン様ですわ」

「はじめまして、シリングス男爵。レオン・シュトローマーと申します。 此度(こたび) は叙爵おめでとうございます」

「ありがとうございます」

コーエンは表情を抑えて挨拶をしたが、内心は疑問に満ちていた。アメリーはバルクではその殆どを村で過ごしている。このように親しげに話すバルクの貴族はいないはずだ。

このように親しげに話す相手なら、帝国から一緒に来たのかもしれない。今まで一人でバルクに来ていたのに、今回わざわざ連れ立ってきたのなら、彼女の婚約者候補としてのお目付け役なのだろうか…。

そんな思いを巡らせて言葉が出てこないコーエンを、レオンはちらりと見やると、アメリーに声をかけた。

「アメリー嬢、お飲み物でもお持ちしましょう。シリングス男爵、その間可憐な花をお預けしますよ。魅力的な帝国の花に興味を持たれている方は、私以外にもたくさんいるようなので…」

貴族言葉でしばしエスコートを頼むと告げると、レオンはアメリーの手を取り、軽く口づけをする。

「!」

「あ…ありがとうございます。でも私より美しい方は、バルクにたくさんいらっしゃいますわ」

「なんと謙虚な。しかし、シリングス卿をはじめとしてここの男性諸氏はそうは思ってはいませんよ。機会があれば、貴女とお近づきになりたい方ばかりですからね」

レオンの言葉に、アメリーは戸惑いつつも頬を赤らめ礼を言うと、レオンは思わせぶりな笑顔をコーエンに向けて、人の波の中に消えていった。レオンに言われてコーエンが周りを見回すと、確かにアメリーをちらちらと見る若い貴族男性が何人もいる。どの男性もアメリーに興味を持っているのがありありとわかる。

「もう…レオン様ったら、お世辞がお上手なのですわ。そんな事ないのに」

一瞬。二人の間に静寂があったが、すぐにアメリーは先程の叙爵の場にアデライーデの厚意で同席していた事をコーエンに告げた。

「とても…とても、ご立派でしたわ。拝見できるとは思ってもいなかったのですが、叙爵の瞬間はとても感動しました。あ!いけないわ。大変ご挨拶が遅くなりました。コーエン・シリングス男爵。この度は叙爵おめでとうございます。男爵の未来がバルク国の発展と共にありますように」

アメリーは、カーテシィをしながら叙爵の祝いの言葉をコーエンに贈った。だが、すぐにあるはずのコーエンからの返しの言葉はなかった。

「いえ…共にあるのは…。ありたいのは…」

「え?」

思いつめた目をしたコーエンは、アメリーの前に跪いた。

それまで賑やか談笑に包まれていた場であったが、二人の周りから声が消えてゆく。

「アメリー様。どうか私の妻になっていただけないでしょうか。私は先程1代男爵の爵位を得たばかりで、豊かな財もございません。今、ここで貴女に求婚の為に捧げる花すら持ってはいません。私が今貴女に捧げられるのは私の愛のみです。しかし、生涯ただ一人。私の生涯の愛を捧げる事を貴女に誓います。どうか、私の妻に…。妻になって共に人生を歩んではいただけませんか」

突然の求婚。

先程まで聞こえていた周りの音が耳に入らず、アメリーにはコーエンの声だけが聞こえていた。

縋るような、それでいて熱い想いを秘めた真剣なコーエンの眼差しにアメリーは戸惑いつつも、こくりと頷いた。

「わ…私も、コーエン様に生涯の愛を捧げます」

アメリーがストロベリーキャンドルの髪以上にその頬を染め言葉を返し手を差し出すと、コーエンは感無量という顔をしてその手をとって口づけをした。

あちらこちらから、小さな歓声があがる。

主にまだ若いご令嬢方が、目を輝かせながら友人と小声でささやきあっているのだ。目の前で起こった出来事に、あのご令嬢はどなたなの?と。

コーエンがすっと立ち上がり、手をとったまま一歩アメリーに近づく。

周りの歓声は2人の耳には入っていなかった。今はただお互いの目を見つめ合っていた。

「大変失礼致します。コーエン・シリングス様」

その声に振り返ると、満面の笑みを浮かべたマリアがそこに立っていた。

「アデライーデ様がお呼びでございます。ぜひ、アメリー嬢もご一緒に」

マリアに連れられふたりが去ったその場所では、今起きた出来事が春を告げる 旋風(つむじかぜ) のように、若いご令嬢の間を駆け抜けていった。

少し離れた場所で、隣のレオンを睨むエマがいた。

「けしかけたでしょう?」

「なんの事かな? 自分はただ、美しい花に皆は興味津々だと言っただけだが?」

「それをけしかけるって言うのよ!」

「お前だって、あの2人が早く結婚できればいいって言っていたじゃないか。実際ついさっきまで、アメリー嬢を紹介しろってひっきりなしに言われていたんだぞ」

「だからって!コーエン様は時と場所を選んで求婚されるつもりだったかもしれないのに。もう…。お義姉様に言いつけてやるんだから!」

「ははっ。マリーならきっと褒めてくれるさ」

隣で怒っている妹の頭を撫でて、レオンは今度こそ本当に飲み物を取りに行った。

自分の為に。