作品タイトル不明
257 準備と手紙
「コーエン。男爵叙爵、おめでとう」
「おめでとうございます」
翌日、お忍びでマリアとアデライーデはガラスの小箱に詰めた琥珀糖を手土産にコーエンの自宅を訪れていた。
昨日遅くまであった大宴会でみんな深夜まで騒いでいたらしく、今日は工房はお休みとなり、コーエンは下働きのおばあさんと2人でアデライーデ達を出迎えた。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。これもアデライーデ様にお声をかけていただいたからでございます」
「いいえ。きっかけはそうかも知れないけど、この叙爵はコーエンの努力の結果よ。ねぇ、アメリーにはもう知らせたの?」
「ありがとうございます。これからも仕事に邁進いたします。はい、今朝手紙を書いて明日にでも王都の運び人に届けてもらおうかと…」
現代と違い、この世界では郵便と言う制度はない。
貴族ならば使用人の誰かに言い付ければ済むのだが、庶民が手紙を届けてもらうには、相手の住まいを知る身内や知り合いの誰かに頼むか運び人に依頼するしかないのだが、この依頼料がまたバカ高く滅多な事では頼むことができないのだ。
しかし、コーエンは他に使う事もないからと2週間に1度はアメリーに手紙を出していた。
「だったら、アリシア商会に頼むといいわ。多分毎日のように帝国に荷が出ているはずだから。ねぇマリア」
「そうですわ。それに帝国のアリシア商会では、アメリー様のご友人のソフィー様が出入りされているはずですから、確実にお手渡しされると思いますわ」
「ですが…」
コーエンはアデライーデの言葉に躊躇して、どう言葉を返そうかと悩んでいると……
「だったら私が陛下達にお手紙を届けてもらうから、ついでにうちの使者に届けてもらうのも…」
「いえ!……アリシア商会にお願いします」
「そう?使者のほうが早いわよ?」
「はい…。急ぎませんので」
皇帝陛下への使者に、ついでとは言っても自分ごときの手紙を託すなんて恐れ多くて頼めたものではないとコーエンは、アリシア商会に頼みますと全力で断った。
−−遠慮しなくていいのに…。現代ならすぐにスマホで電話するかメールで一瞬なのに、こちらではお手紙に日数がかかるのは気にしないのかしら…。でも、郵便制度が無いのは本当に不便よね。
「コーエン様。新年の叙爵のご準備はどうされますの?」
マリアが下働きのおばあさんが出してくれたお茶を飲みつつ尋ねると、コーエンは苦笑いをしながらティカップを置いた。
「何分初めてのことですので、何をどう用意すれば良いのかわからずにいます。ビューロー殿も騎士爵を賜ったのはかなり以前の事で、亡くなったご両親が準備された物を着ただけで覚えておらぬと言われて…」
「あら。それなら誰より知ってる人がいるわよ」
「あぁ、そうですわね!確かに」
「え?」
驚くコーエンを前にして、アデライーデとマリアは見合わせて頷いた。
「レナードに聞けば間違いないわ」
「えぇ、そうですわね。コーエン様、レナード様に教えを乞うとよろしいですわ。服装から王宮での振る舞い方、全ての王宮の儀式に精通されていますもの」
「いや!しかし…」
「そうよね。レナードに聞くのが一番間違いないわね。帰ったら早速聞いてみないと…」
「今からですと、仕立てなども急がせれば間に合うはずですわ」
「そうよね…。ちょっと急いで貰うようにすれば…」
コーエンの否定の声は、はしゃぐ2人の声にかき消されてしまったがコーエンは気を取り直して2人に声をかけた。
「あの…。レナード様はアデライーデ様付きの方で、私なぞがお願いをするのは筋違いとおもうのですが…」
「あら、そんなことないわよ?なんて言っても正妃の村からの叙爵なのよ?しかも4人もよ?むしろ、その村出身の男爵の誕生に粗相があってはいけないわ」
「そうですわ。コーエン様だけでなく他の方たちもご準備にお困りなのでしょう?」
「そうだわ。マデル達の準備もいるわよね?」
「しかし…」
それでもなんとか断ろうと声を出したが、にっこりと笑うマリアがコーエンを制した。
「レナード様もアデライーデ様のお名前がつく村からの男爵誕生なのですから、ご協力を惜しむはずはございませんもの。その方々の名誉の叙爵に抜かりがあってはアデライーデ様のお名前に傷がつきますわ。それにアメリー様もコーエン様には最高の叙爵をされる事をお喜びになると思いますわ」
「……はい。よ、よろしくお願い致します」
マリアにまでそう言われては、コーエンに断る理由が無くなってしまった。
コーエンは今朝書いた手紙に仕事での功績が認められ名誉男爵となる事と、お父上が許してくれれば叙爵後帝国に会いに行きたいと 認(したた) めていた。
叙爵し晴れて男爵となった後に、コーエンはアメリーに伝えたい事がある。その為にはまず、 恙無(つつがな) く叙爵の儀を済まさねばならないのだ。