軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

251 蜂蜜添えの紅茶と白と黒

「それは…どうしてですの?」

「詳しい事情は、私にもわかりません。ただ…皇女様のご結婚の肖像画を描き最上の栄誉に 浴(よく) し老齢にもなった事で後進に席を譲りたいと…」

「そう…」

確かにノイラート卿は、高齢ではあるが画家に定年はない。絵筆さえ握れれば床で仕事をしたという者もいる職業だ。アデライーデは、前回ノイラートに会った時を思い出していたが、少し歩きが遅いがしっかりとした口調のノイラート卿が引退する理由が思いつかなかった。

「アデライーデ様」

「え?はい…」

「両陛下より、アデライーデ様へ贈り物を持参しております。こちらにお運びしてもよろしいでしょうか?」

「贈り物?!ええ、もちろんよ」

ヨハンが側付きの使用人に目をやると、初老の男性は控えの間に下がり、直ぐに若い従僕と共に戻ってきた。若い従僕は宝飾品がのせられたワゴンを押しながらである。

ワゴンの上には、色とりどりの宝石が使われた宝飾品が並べられキラキラと眩い光を放ちマリアから感嘆の声が漏れた。

「皇后様より、お輿入れの際には儀礼用のものを多く持たせたので、今回は普段使いの宝飾品を…とのことでございます」

「まぁ…とてもありがたい事ですわ」

--普段使い?!普段使いにこんな立派な宝飾品をつけて壊しでもしたらどうするのー。

引きつりながらお礼を言うと、ヨハンはくすりと笑いながら言葉を続けた。

「皇后様は、きっとアデライーデ様は離宮暮らしだから普段使いの宝飾品は必要ないと言うだろうからと宝飾品は少なめにしてございます。その代わりに皇后様がお選びくださった布がございます。後ほど届けさせますが、帝国で流行りの布でございますよ」

--これで少なめ?!

--流石は皇后様…。よくわかっていらっしゃる。

アデライーデも含めその場にいた全員の心の声が一致した。

アデライーデは夏の間は暑いからと簡素なワンピースを愛用し、寒くなってやっと帝国から持ち込んだドレスに手を通すようになったのだ。アルヘルムから贈られたドレスはハレの日用と大事にしまわれている。もちろん普段使いの宝飾品は髪をまとめる時に使うバレッタが1つだけだった。

「他にも帝国で出版された本をお持ちいたしました。王宮大書庫のカレンベルク公をはじめ文官たちが選定いたしております」

「グリフォン様達から?」

続いて入ってきた従僕が押すカートには、各分野の本が並べられていた。文官たちは自分の担当分野から厳選に厳選を重ねた渾身の一冊を選び抜いたのだ。グリフォンからは意外にも恋愛小説である。マリアが言うには最近注目され始めた新人作家のものだと言う。かなりの老齢であるグリフォンが流行りの恋愛小説を勧めてくるとは…彼の守備範囲の広さを垣間見たようである。

「それに…両陛下からのお手紙でございます」

「まぁ…」

受け取った手紙は、それなりに分厚かった。

時々アデライーデから近況報告の様な手紙を二人に出していたが、返事が来たのは久しぶりだ。忙しいのに贈り物を選び時間をかけて書かれたであろう手紙をアデライーデはありがたく受け取った。

マリアが銀のトレイに華奢なペーパーナイフを乗せてアデライーデに差し出すと、アデライーデは懐かしい帝国の紋章が押された封蝋を見つつ手紙の封を切った。

手紙には嫁いだ娘を思いやる二人の言葉が綴られている。穏やかに暮らしているとアルヘルムからも知らせは受けていること、バルク国民からも受け入れられていることに安心しているが、結婚生活で不安に思うことがあれば知らせなさいと…皇帝皇后としてではなく親として頼って欲しいと綴られていた。最後に初めてバルクでの冬を越すのだから体調にはくれぐれも気をつけるようにと締めくくられていた。

--親はどんなときも親なのね。陛下はともかく、皇后様にはなさぬ仲であるはずのアデライーデにも細やかな心配りをされて…。本当にありがたい事だわ。

アデライーデが手紙を読み終わるまでヨハンは、バルク風に蜂蜜を添えられた紅茶をじっくりと味わい天井のシャンデリアを眺めていた。

「お手紙を持ってきてくれてありがとうございます。贈り物も嬉しかったですが、何より陛下達のお手紙が嬉しかったですわ」

「そのお言葉、両陛下が何よりお喜びになられるでしょう。最後に陛下からアデライーデ様への贈り物がございます」

そう言ってヨハンが目配せをするとヨハンの側付きは次の間から陛下の贈り物をカートに乗せてきた。

箱のリボンを解くと中には毛皮で仕立てられた2種類のショールとマフが入っていた。

海のあるバルクの冬は内陸地の帝国よりも寒い。

王都より海沿いにあるアデライーデの離宮は、夏の離宮として使われていただけあって冬は王都より少しだけ寒いのだ。現代と違い防寒具は毛織物か毛皮で出てきたものしかないこの世界で、貴族女性にとって毛皮のショールは最上の防寒着である。

ショールの上にあった小さな封書に入ったカードには「冬の間の外出には必ず身につけるように」と几帳面なかっちりした字で書かれていた。

「素晴らしいものでございますな」

「本当に…。これはセーブルでございますか?漆黒の毛先に薄っすらと青みがかって美しいですわね」

「ええ、最後まで白と黒どちらにするか迷ってらっしゃったそうですが、皇后様が迷われるなら両方作らせれば良いとのお言葉でお2つ作らせたそうです」

「あの…セーブルってあの…テンですか?」

「ええ、テンとも申しますね」

陽子さんは毛皮のコートなど一着も持った事は無いが、知識だけはある。一着ウン百万円もして毛皮の宝石と言われるアレである。しかも特に黒は貴重で、ものによっては一千万程するとテレビで見たことがあった。

震える手で…「こちらの白いのは?」と指差すとヨハンはにっこりと笑い「白セーブルでございます」とさらりと言ってのけた。

濃い茶色の毛色のセーブルでも貴重であるが、その中でも黒はより貴重。滅多に捕れない白テンは黒よりもっと貴重なのである。一体この2セットはいくらなのか想像するだけで恐ろしかった。

「アデライーデ様、早速羽織ってみますか?」

「ええ…そうね」

ワクワク顔のマリアに勧められるまま、白セーブルのショールを肩に当てられると、思いの外ふわりと軽くそして暖かかった。

しかし、その軽さも値段の事を考えてしまう庶民な陽子であったが、マリアの「風邪は命取りになりますからね。陛下もご心配なのでしょう」との呟きに、この贈り物へ込めたエルンストの思いに気づき父親の暖かさを重ねていた。