軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

231 1人の散歩とクッション

--あぁ。やっちゃったかも知れないわ…。

陽子さんは昨晩の夜会の事を考えながら、1人庭園の 四阿(あずまや) の椅子に腰を下ろした。

今日はポカポカと暖かい日ではあるが、いつ寒くなるかわからないからと、四阿の隅の籠には、暖かなひざ掛けや軽い毛布がきれいに畳まれて重ねられていた。

たまには1人で散歩したいと食後にマリアに強請ったら、困ったような顔をしながらも仕方ないですねと言って、王宮の奥の庭園ならばと1人の散歩を許してくれた。

午前中はアルヘルムから贈られたドレスの最終チェックをマダム・シュナイダーと済ませ、二人でゆっくりととったランチで少々食べすぎてしまったから早足で黙々と歩きたいと言うのを理由にした。

本当の理由は、落ち込んだ顔をして落ち込みたかったからである。

アデライーデの側には常に誰かがいる。

アデライーデが1人になれるのは寝室だけで、トイレも本当の意味で1人になれない。離宮以外ではちゃんとしたドレスを着ているので下準備が必要だ。下準備が整ってメイド達は出てゆくが、呼び鈴が聞こえる距離に耳を澄ませて待機しているのだ。ぼんやり考え事でもしようものなら、体調が悪くなったのかと扉を叩かれる。

1人散歩とは言え、見えない所に護衛騎士達がいるのはわかっているが、たまには表情がわからない距離に離れてもらって1人でいる贅沢を味わいたかった。

四阿に腰を下ろすと、普段はしない大きなため息をついてみた。

多分アルヘルムが最初にアデライーデに望んでいた、テレサとの仲は疎遠でなく良好だというのを周りに見せつける事は大成功したと思う。

テレサの子供達とも仲良くなれたとも思う。

しかし、社交には慣れない。

そもそも自分は社交に向いてないと、昨日の出来事ではっきりと自覚した。

アデライーデは正妃であり、この国の最高位の女性なのだ。そのアデライーデが口にする言葉は重く、冗談やノリといったものは公の場では口にできないと実感したのだ。

無論やっちゃったかもと思っているのは、あの『ガラスの街』の話だ。ついつい前世の女友達との軽くふざけあったノリの「こんなのできたらいいね」「ほんとよねー」という軽い気持ちで口にした事なのに、あんなにメラニアやテレサが食いついてくるとは思わなかったのだ。

--メラニア様のあの勢いだと、絶対どうにかして着手しようと画策しそうよね。旦那様のタクシスは、奥様に激甘そうだったし…宰相として反対はしていたけど、それも長くは持ちそうにないわね。あの雰囲気じゃ…。

タクシスは、あの場では現状出来かねるとの立場であったが、その現状がガラスの街を造ることができると変われば、すぐにでも推し進めようとしそうな雰囲気であった。

--なにより、アルヘルム様もやぶさかでないって感じだったのよね。

アデライーデが口に出した事に異を唱える事ができるのは、アルヘルムだけである。しかし、そのアルヘルムは否定の言葉を口にしなかった。

つまりそれは、待ちの姿勢の賛成なのだ。

多分、状況が許せばアルヘルムはガラスの街を造ることを命令するだろう。だが、今はペルレ島の開発もしていると聞いている。そのような時に莫大な資金が必要になるであろうガラスの街の話をした自分の迂闊さに陽子さんは落ち込んでいたのだ。

--アデライーデの立場を考えれば、曖昧に微笑んでいるだけでいいのに考えなしに喋っちゃうなんて、なんてバカなんだろう…。

今の自分は責任ある立場なのだ。

前世のように気軽にテレビを見て、何かの事をあーだこーだと言えない…言っちゃダメなのだと思って、側にあった大きめのクッションを抱きかかえ、もう一度大きなため息をついた。

「どうしたんだい?ため息なんかついて」

「アルヘルム様?!」

気がつけば、四阿の入り口にアルヘルムが立ってこちらを心配そうに覗き込んでいた。

「何か嫌な事でも?」

そう言って、アルヘルムはアデライーデの隣に座った。

アルヘルムは、明日から始まる豊穣祭の事を初めて参加するアデライーデに話して聞かせようとアデライーデの居室を訪ねたが、マリアからアデライーデは1人で庭園を散歩に出掛けたと聞いて探しに来たのだ。

「いいえ、嫌な事なんてありませんわ」

「本当に?」

「ええ」

「貴女が、ため息をつくところなんて初めて見たよ」

「ええ、自分に対して落ち込んでいたのですわ」

「なぜ?」

「……昨日、考えもなしにガラスの街の話をしたからですわ。今の私の立場で、気軽にあのような話を皆の前でしてはいけなかったのに」

「それで落ち込んでいたのかい?」

「ええ…」

アデライーデの言葉を聞いて、アルヘルムはクッションに回したアデライーデの手に右手を重ねた。

「落ち込むことはないと思うよ」

「………」

優しくそう言うアルヘルムを見上げると、アルヘルムは左手でアデライーデを抱き寄せ額にキスをした。

「アデライーデは、皆に夢を与えているんだ。いや、夢じゃないな。明るい未来を指し示したんだよ。この国のね。だから落ち込まないでほしい」

そう言って、右手をアデライーデの頬に添えると優しく長いキスを唇に落とした。