作品タイトル不明
228 御前会議と夫人達
「『瑠璃とクリスタル』をバルクに造りましょうってお話からですわ」
メラニアがグラスから目線をブルーノに戻してそう答えると、ブルーノはメラニアだけに向けた笑顔で「そうなのか…」と言った。
--失念していたな。
アデライーデ様が関わると何故か話が大きくなるのだった。
浮浪児達を拾えば孤児院が、炭酸水やガラスに関われば国の主要輸出が、アルヘルムに至ってはアデライーデに贈り物をしたいという話からペルレ島の開発となった。
帝国に出した『瑠璃とクリスタル』をバルクにもという話になった時に当然予想すべき事で自分の読みが甘かったとブルーノは心の中で反省していた。
ブルーノはバルクでも『瑠璃とクリスタル』を開店させようとの話になった時に、帝国の時より多めの予算を組んでいた。メラニアが関わるのであれば当然細部へのこだわりも強く、譲れないものが多くなるだろうと、追加予算の枠も確認している。
もしかしたら、カフェの規模が大きくなるかすぐに姉妹店をと言う話になるかと思っていたら、カフェだけでなく街を作ろうなどという話になるとはブルーノの想像をはるかに超えていたのだ。
「ふむ…ガラスの街か」
「帝国との 国境(くにざかい) の街道の草原が良いのではないかと思いますの」
テレサが言うかの場所は、帝国の為にアルヘルムが挙兵の陣を張り、アデライーデが輿入れの国境の儀を行った場所である。帝国だけでなくバルクにとって近隣諸国との重要な街道が交差する場所だ。重要な場所ではあるがそこはただの原っぱであるが…。
通常は国境には警備の兵が置かれるが、土地が痩せていて畑にもなにもならない場所で、普段は牛や羊が放牧されている。
かなり離れた場所の高い 櫓(やぐら) から視力の良い兵士が国境を監視し、何かあれば狼煙や花火で王宮に異変を知らせる手はずとなっているが、この10年使われたことがない。
使われなかった理由はバルク国の位置にある。
バルクの南と東には海があり西はフローリア帝国と接し、北は高い山脈に守られている。
東の海とは50メートルほどの断崖絶壁が延々と続き、南のメーアブルグの港は遠浅で、大型の船を直接港に接岸することはできない攻めるのに非常に効率の悪い地形なのだ。
フローリア帝国が打ち破られるか、高い山脈を超えての進軍しかバルクを攻め入る進路はないが、攻め入ったことろでその苦労に見合う益が当時のバルクには無かったのだ。
帝国にとってバルクは戦力的に頼りになる国では無かったが、背後から敵の侵入を防いでくれる地形を活かした『壁』のような役割を果たすだけで良いと思われていた。
地形に恵まれたバルクにとっても、それは良い話であったがそれでも目ぼしい産業の無かったバルクにとって、この10年近くの戦乱の間、直接戦わずとも兵士達を増員し装備を備えるのに先王が奨励した板ガラスの利益の大半を使っていたのだ。
「普通ならば国境近くにこのような街を造るのは考えられない事ですが、何より帝国から輿入れされたアデライーデ様がいらっしゃるのです。戦乱も終わり平和な世になり始めれば次に求められるのは、芸術と文化ですわ」
メラニアがにっこりと笑いながらそう言うと、テレサは大きく頷きながらメラニアに同意した。
「えぇ、そして守りも大事ですわ。これからバルクがクリスタルガラスで発展するのであれば、製造法や職人を狙う輩が増えるはずです。でも、王都に入れる者を制限すると感じさせるのは得策ではありませんので代わりになる場所が必要となりますわ。ガラスの街は警戒心を抱かせず、 不埒(ふらち) な輩を 篩(ふるい) にかける盾となりましょう」
テレサは長年戦禍の時代を王妃として過ごした経験と、軍閥の家で育った娘らしく、バルク国の護りの役目をガラスの街に求めていた。
「お前はどう思う?」
「ガラスの街は良いと思うが、問題は予算だな。数年投資の方が上回るだろう。直ぐには投資した分を回収できないだろうし、ペルレ島の事もある。大型の投資を同時に行うのは今のバルクには少し難しい」
「あら、反対なのですか?」
「そうではない。ただ少し先の話になるかもしれないという事だ」
残念そうにするメラニアにブルーノは、手をとってなだめた。いくら愛するメラニアがやりたい事とは言え国の運営に大きく関わる事であれば、宰相として直ぐには賛成できなかったのだ。
「それでは、先に『瑠璃とクリスタル』を始める方がよろしいわね」
「そうですわね。忙しくなりますわ!シャンデリアのお披露目の夜会で『瑠璃とクリスタル』とガラスの街の事は良い話題になりますし」
テレサがそう言うと、メラニアは素直にそれに頷いた。
「そうだな。まずはシャンデリアを見た事がない貴族達がどんな顔を見せるか楽しみだ」
「あぁ、それはメラニアに任せてもらおうか」
「ええ、お任せください。そうですわ、アデライーデ様もぜひ、夜会においでくださいませ」
「え?」
「それは良いな。披露目にアデライーデが参加をするとなれば貴族達はこぞって参加したがるだろう」
「ええ。よろこんで」
アデライーデがそう応えると、その言葉を待っていたかのようにワインが運ばれてきてこれからのバルクの未来に皆で乾杯をした。
そのアルヘルム達の様子を階下の広間から眺める貴族達は、それぞれの思惑を絡めながら夜会の夜は更けていった。