作品タイトル不明
220 夕闇とマント
「ペルレ島の娼館はメーアブルグの代官管理として建て、それを貸し出す事としようと思っている。貸出し代は無料だ」
「それはまた、破格の条件ですな」
「しかし、その分口を出させてもらう事がある」
「………口を出す事とは?」
代官所が娼館に口を出すことはほとんどない。決められた届けを出して女達の人数に合わせた年間の開業税を収めれば、あとは何もないのだ。
「女達の仕事をする日をこちらが決める事だ」
「働く日を決める?何故でしょうか」
「正妃様のご希望なのだ。詳しい理由は今は伏せておくがそれが島で唯一の娼館を出すための条件だ」
「……女達が働けるのは月にどのくらいですか」
「月の半分だな」
「半分!それでは納得しないでしょう」
「娼館で働く日は半分だが、あとは酒場や浴場などで働いてもらうつもりだ。もちろんその分の給金は別に出すから全く給金が無いわけではない」
娼館では女達の月のものは、マダム・キティによって管理されている。月のものが始まった女は客を遠ざけると昔から言われていて、娼館の中にいるのも憚られるので女達は隣にある別館で過ごしていた。
娼館の中には月のものの間でも働かせる劣悪なところもあるが、約5日ほど客をとることができないこの慣習をサロン・キティは守っていた。
「納得しますでしょうか。働く日が少なくなれば女達の年季が明けるのが遅くなります」
「納得してもらうしかない。それともう1つある」
「なんでしょうか」
「女達にも定期的に島の医師の診断を受けてもらうつもりだ。船員達と床を共にするのは女達だ。前回もそうだったが最初に 流行病(はやりやまい) にかかったのは娼館の女達だったからな」
「それは、船員達と同じように無料なのでしょうか」
「……そうだな。それが良いだろう」
タクシスは女達の働く日を決める事にマダムから大きな反発があろう事を見越して破格の条件をつけたのだ。
いつ女達を働かせるかの権利を持っているのはマダムだ。その権利を取り上げるような事をするのだから、当然大きな反発があるだろう。
しかし、娼館の本館と別館を島に建てるとなると莫大な費用がかかる。しかも船で材料を持ち込み大工を雇うとなればメーアブルグで建てる費用より余計な経費がかかる。
それを建てて無料で貸し出すのだ。そして女達を定期的に医者に診療させるとの申し出は十分にそれを補うだけの交換条件である。
タクシスの話を驚きつつ聞いていたヴェルフであったが、この条件さえ飲めばマダムはペルレ島でサロンを経営できる。確かに女達が娼館で働く日は少なくなるが、今の経営状態よりマシである。
これで娼館との繋がりが切れなくなったと、ホッとしていた。
「承知いたしました。マダムには私の方から話しておきます」
「ああ、頼む」
ヴェルフはアデライーデが何故に娼館の女達の働く日を決めるのかの意味がわからなかったが、それに疑問や抗議ができる立場にない。宰相であるタクシスがそれが条件だと言うのであれば従うしかないのだ。
王宮を出たその足でメーアブルグに向かうと、すでに日は傾きかけサロン・キティには明かりが灯っている。馬車を玄関につけ周りに自分とわからぬように目深にマントを着て娼館を訪れると、見知った用心棒兼案内係が何も言わずに奥の応接室に通しマダムを呼びに消えていった。
ホールには着飾った女達が10数人いて、これから来るであろう客を所在なさげに待っている。数ヶ月前までこの時間であれば船員達を出迎えて賑やかにしている時間であるが、今日は時間が早いようで男達の訪問はまだないようだ。
応接室に入ってマントを案内係に渡し、ソファで腰掛けるとしばらくしてマダムが部屋に入ってきた。
キティは、娼館のマダムとは思えないような地味なドレスを着ているが、逆にその妖艶さを際立たせ危なげな色香を醸し出していた。緩くあげた艶のある栗色の髪が揺れる。
「ヴェルフ様、ようこそサロン・キティへ。今日はサロンへのご訪問でしょうか」
マダムはいたずらげに微笑んで部屋の隅にいる 厳(いか) つい使用人に目配せすると使用人は、ワインを運んできた。この娼館で最高級のワインである。
厳つい外見と違って、繊細な所作でワインをあけると使用人は先程いた場所に戻り気配を消した。
「いや、今日はマダムから陳情されていた件でここに来た」
「まぁ…それであればお呼びくだされば代官所まで参りましたものを」
「いや、あそこではゆっくり話せないのでな」
最近は随分と落ち着いたが昼間の代官所は人の出入りが多くて、ゆっくりと話す暇がない。先触れもなく直接ここに来たのはマダムと腹を割って話すためである。
「………」
マダムは趣味の良い扇子で口元を隠し、ヴェルフの次の言葉を待っていた。
「娼館をペルレ島に置くことが決まった」
ヴェルフの言葉にもマダムの瞳は揺らがなかったが、扇で隠した口元にはほんのり安堵を滲ませていた。