軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208 湖の小道と告白

「はぁ…はぁ…」

後ろも見ずに早足で駆け出したアメリーは、自分が今どこを走っているかもわからず気がつくと湖のそばの小道に出ていた。

大きな月が明るく湖面を照らしている。

転んだ拍子に捻ったのか少し左足首が痛むので、しゃがんで確かめると大した事は無いようですぐに足の痛みは収まったが、心が掻きむしられるように痛かった。

コーエンに少し優しくされたくらいで、もしかしたらと馬鹿な期待を持ってのこのこと家に行かなければ良かった。コーエンが他の娘と抱き合うところなんて見たくなかった。

若く可愛らしいあの娘はコーエンの腕に抱かれていたのに、自分は惨めに地面に尻もちをついて泥まみれになっていた所を2人見られたのだ。

「うっ…うう…」

涙が止めどなく溢れてくる。こんなに惨めな思いをしたのはほのかに恋心を持っていた男の子に、皆の前で髪をからかわれた時以来だ。あの時も校舎の裏庭に逃げ込み級友が誰もいなくなるまで今と同じように1人で蹲って泣いていた。

--私は誰からも選ばれない。今までと同じじゃない。コーエン様は私を 貶(けな) したわけじゃなく、勝手に私が期待しただけなのよ。

それでも悲しかった。せめてあんな惨めな姿を2人に見られたくなかった。解けてしまった髪を強く引っ張りながら溢れる涙を止めることはできなかった。

「帰らなくっちゃ…」

アメリーがひとしきり泣いて、立ち上がろうとした時に後ろから「アメリー様」と声をかけられた。

振り返ると、息を弾ませたコーエンが少し離れたところに立っていた。

「コーエン様…どうして…」

急いで立ち上がり頬の涙を拭き取ると、息を整えてそう答えるのがやっとだった。コーエンはゆっくりとアメリーに近づいてゆく。

「走り出されてしまったので…村の中とはいえ夜は危ないですから」

「心配されずとも…わ…私は平気ですわ。それより…あの方がお待ちになっているはずですわ。お戻りになって」

「もうすぐ家族が迎えが来てレーアは家に帰ります。大丈夫です」

「それならなおのこと、一緒に出迎えないと…」

「アメリー様の方が心配です」

「………恋人が……仕事絡みとは言え、他の女性を優先させるのを良くは思わないわ。戻られてください。私は平気です」

--これ以上惨めな思いをさせないで…

アメリーは自分を奮い立たせるように背筋を伸ばして笑顔を作った。

コーエンは、真剣な顔でアメリーをしばらく見つめ一歩アメリーに近づく。

「……アメリー様。レーアは私の妹なのです」

「え…」

「年の離れた私の妹なのですよ。恋人ではありません」

「え…でも…。愛していると…」

では先程の愛の告白は何だったのか…彼女からの愛の告白を受けて抱きしめていたではないか。混乱しながら絞り出した声で尋ねるとコーエンはぽつぽつと話し始めた。

「兄と私の後に12離れてレーアは生まれました。両親は待ち望んだ女の子で…特に父は目の中に入れても痛くないような可愛がり方で、レーアの結婚に反対しているのですよ」

裕福な商会の次男坊とレーアは幼馴染で、自然と付き合うようになっていった。いずれ商会の中で兄を支える地位につくはずだったが、その長男が他国での商談に行っていた先で野盗に襲われ亡くなり、恋人である次男が跡取りとして商会を背負う事となったのだ。

コーエンの父は、商会長夫人の気苦労の多さとレーアの恋人も兄と同じ目にあい未亡人になるかもしれないと結婚を大反対していると言う。

「妹…さん」

アメリーは妹と聞いてほっとする反面、その気持ちが浅ましいようで言葉が出なかった。

「アメリー様、どうして駆け出されたのですか」

「……」

コーエンがまた一歩近づく。

「私は、今とても思い上がった事を考えています」

「……」

「レーアを私の恋人だと思って…駆け出されたのですか」

「私は…」

「そして、涙を流された」

「……はい…」

「触れても良いでしょうか」

こくりと頷くアメリーの涙に濡れた頬をコーエンは、軽く握った右手の爪と指の背で、そっとぬぐった。

「私の為に…」

頬に触れるコーエンの指が熱く、触れられる度に涙が溢れてくる。

自分の為に涙を流しているアメリーをコーエンはたまらなく愛おしく感じていた。

あの日から顔を見る事も出来なくなり、すべてを諦めようとして書いた手紙。それでも未練たらしくもコルチカムとワイヤープランツに自分の思いを込めて諦めきれない気持ちを気付いてほしいと託して贈った。

奇跡が起き愛する人は自分の為に涙し、そして触れさせてくれている。

「身の程知らずと思っておりました。貴女が帝国に帰られる日が永遠に来なければいいと…。この思いは胸のうちに留め、過ごした日々を思い出にしていければいいと…」

「コーエン様…」

コーエンは、アメリーの髪を一房取ると、目を閉じ思いを込めて髪に口づける。その長い口づけが終わるとコーエンはアメリーの目を見つめて告白をした。

「お慕いしております。貴女が私に微笑みかけてくださったその時から」

「…私も、コーエン様をお慕いしております」

アメリーが震える声を抑えて告白に応えると、コーエンは感極まったようにくしゃりと顔を歪めてからアメリーを抱きしめた。

最初はおずおずと…。しかし、アメリーが身を固くしつつも自分に体を預けてくれているとわかると万感の想いを込めて力強くアメリーをかき抱いた。

アメリーは夢を見ているようだった。自分が思いを寄せるコーエンから好きだと告白をされ抱きしめられている。しっかりと抱きしめられているのに足元はふわふわとして心許ない。

「アメリー様…」

そう耳元で囁かれ甘い吐息を感じていると、コーエンの唇が頬に触れた。

「あ…」

思わず声を漏らしたアメリーの唇はすぐにコーエンに塞がれ声を出せなくなった。

強く抱きしめられ優しくそっと触れるだけの口づけを何度も繰り返されて、アメリーは今まで感じたことの無い愛される喜びに包まれていた。