軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 マリアの闘志

暖炉の前でいつものようにワインを用意してもらい、マリアにお休みを告げた。流石に明日の陛下との対面があるのでマリアは「少しだけ早くお休みください。明日は忙しくなりますから」と言い部屋を後にした。

「ありがとう。そうするわ」と陽子さんは応えマリアを見送った。

そして、先程見つけたアデライーデが最後に刺繍していたであろうハンカチを裁縫箱から取り出す。

完成され、あとは枠から外すだけだ。

陽子さんはハンカチを枠から外すとそれを持って丁寧にたたむ。

1/4に畳み刺繍を指でそっとなぞる。

丁寧に刺繍されたフローリア帝国の紋章と蔦。

蔦の花言葉は「永遠の愛」だ。

雅人さんと新婚旅行で行ったヨーロッパでたまたま通りかかった教会の前の花屋で教えてもらった。

「新婚さんなの?ここは地元では有名な教会なのよ。ブーケを持って写真でも撮らない?」

今思えば本当に有名な教会か疑わしい。

ブーケを売るための営業トークかもしれないと思うが、蔦の絡まった可愛らしい石造りの古い教会を見て記念にと作ってもらったブーケが多弁の丸っこいバラに蔦のブーケだった。

バラの花言葉は「愛」と知っていたがその時初めて知ったのだが、蔦の花言葉は「永遠の愛」と言うらしい。

絡みつく姿が貴方と離れないと言うメッセージがあると、その花屋が教えてくれた。

「花屋としては人生で何度か結婚する人が増えると良いんだけどね」

新婚カップルの前でブラックジョークを言いながらサービスだと写真をたくさん撮ってくれたのだ。

明日の午後からのご挨拶では王宮大書庫で花言葉を調べる事はできない。

この異世界でも蔦がもとの世界と同じ花言葉を持つとは限らない。

この刺繍の図案もたまたまかもしれない。

それでも陽子さんはこの刺繍を眺め、少なくともアデライーデは父親を憎んだり恨んだりはしていないのではないかと思う。

紋章のライオンは優しげだ。

絵や刺繍の図案に意味をもたせるのは、この世界でも一緒だろう。

ハンカチを裁縫箱に戻し、ワインを呷ると陽子さんは明日に備えて早めにベッドに入った。

翌朝、いつもの様に起き軽めの朝食をとると、マリアにバスルームに連れ込まれた…

「ね…ねぇ、マリア?ご挨拶は午後からよね?ちょっと早くないかしら?」

「間に合うかギリギリでございます、今から身体を温めて香油で全身マッサージをしてから再度お風呂に入っていただきそれからお化粧をしてヘアメイクをして軽いお食事をしていただき、仕上げのヘアメイクとメイクをいたします」

(えええええ…どれだけ時間がかかるのよ)

「じゃ、マッサージは良くないかしら どこも痛くないし」

「痛み取りのマッサージではありません。美容マッサージです。他の皇女様たちは、毎日してらっしゃいますよ。アデライーデ様はずっとご遠慮なさっていたんですから本日くらいはいたしますわ」

(……いたしましょうかではなく、決定なのね)

マリアの目は燃えていた。

マリアのやる気スイッチは昨日ドレスを見たときから入っていた。

アデライーデの所に異動になった時、ローズからアデライーデ様の容姿や待遇の良さの事は言わないようにと釘をさされていた。

「良い職場を荒らされたくないでしょう?」そうやって笑って言われたので出会いもない職場だと同情されたり、アデライーデ様は噂と同じか聞き出そうとする同僚たちの質問には、噂通りだと苦笑いでごまかしていた。

本当のアデライーデは美しく優しくて、あんな噂はデタラメよーと叫びたいくらいであったが、噂が実は違うと知れればアデライーデに出たくもない茶会やパーティなどの招待が来る。そんなことにはさせられない。

耐え忍んだこの数カ月。

だかしかし!

あと少しでバルク国に出立だ。

しかも今日は陛下に10年ぶりアデライーデの姿をお見せするのだ。

ここは侍女として、私の持てる技術のすべてを使って完璧に仕上げるのだ。あのドレスに負けないくらいに!

指をワシワシとぐーぱーして気合を込める。

(こ…怖いわ…マリア… 腰が抜けそうよ…)

陽子さんは温かいはずのバスタブでぷるぷる震えながら、マリアの闘志になすがままに翻弄されていく…

マッサージ、お風呂、ヘアメイクと途中で食べたであろう軽食の味も何もわからずドレスを着せられお化粧されていく。

どのくらいの時間が過ぎたのか、マリアの「ご覧ください」と持ち出した姿見を見て驚く。

「これは…」

鏡の中には妖精と見紛うばかりのアデライーデがいた。

艷やかな髪は緩やかで複雑な編み込みのあるハーフアップに結われ、ほんのり色をつけたお化粧はアデライーデの元の美しさを失わず引き立てていた。

可愛らしい唇はいつもより少しだけ濃い紅をさしている。

「きれいだわ…マリア。ありがとう」

振り向いてマリアに礼を言うと「アデライーデ様が元々美しいのです。私はほんの少しお手伝いしただけですよ」とマリアは満足げに頷く。

そして、お化粧台の上に置いてあった黒いビロード仕立てのボックスからプリンセスレングスの真珠のネックレスを取り出す。

「先程、マルガレーテ様がお持ちになりました。グランドール様からこれをおつけになってくださいとの事です」

まきのしっかりした粒ぞろいのピンクパール。

「帝国でもめったに手に入らない他の大陸からの舶来物の真珠ですわ」

そう言って、マリアはネックレスとお揃いの揺れるピアスでアデライーデを飾った。

前世で真珠は馴染みの深い物だが、内陸国の帝国での価値はどれくらいだろうと陽子が思っていると、王宮とのドアの呼び鈴が揺れる。

マリアが応対し、グランドールがエスコートに来たと告げられた。

グランドールはこの国の正装なのだろうか、深い黒の衣裳に左胸に勲章を幾つもつけ帯刀していた。いつもながらなかなかの美男子だ。

アデライーデを目にすると、一瞬見開いた眼を伏せ胸に手を当て挨拶をする。

「アデライーデ様、本日の佳き日、大変おめでたく真にお祝い申し上げます」

恭しく挨拶をされ陽子さんはアデライーデとして応える。

「祝辞をありがとうございます。本日を迎えられたのもグランドール様のご助力にございます」

グランドールの挨拶を淑女の挨拶で返す。

「……では、参りましょうか」

グランドールは

アデライーデの半歩前まで来て、軽く左腕を曲げる。

陽子さんは、以前見た映画を思い出しグランドールの腕にそっと手を添える。「気恥ずかしいわ」

グランドールはアデライーデの手が添えられたのを確認してからゆっくりと歩き始めた。