軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

191 名付けと誘い

「本当ですの?」

「あぁ、もちろんだとも」

にっこりと笑うアルヘルムに、ちょっと納得はいかなかったがアデライーデは機嫌をなおした。

採算の事まで考える貴婦人はなかなかいない。

領地運営をする女相続人は稀で、その稀な女相続人も優秀な代官を据えて代行させるのが常だからだ。

皇女であるアデライーデから「材料費が安いって大事な事」というタクシスが普段言っているのと同じ言葉が出るとは思わず笑ってしまったのだ。

しかし、陽子さんは主婦である。そこは譲れないところなのだ。

「ところで、この海藻の名前はなんだ」

アルヘルムがアルトに訪ねるとアルトは首を振って答えた。

「この海藻に名前はございませんでした。私もメーアブルグの商店や漁師に聞きに行ったのですが、皆口を揃えて『ただの海藻だ』と…」

「ふむ…。名無しか。この菓子を世に出すとしても名前を決めないとな。アデライーデ、なんと付ける?」

「その…天の草で天草では?」

名前が無いなら、できるだけ元の世界の名前と同じが良い。別の名前だとややこしいし、何かのはずみでボロが出るのは避けたい。

「天草か…。天からの恵みの草…良いね。ではこの菓子達の名前は?」

「この白い雪のような物が『淡雪』でこちらは『琥珀糖』では?」

「淡雪に琥珀糖か…きれいな名前だ」

アルヘルムが名付けに満足そうに頷いているのを見て、ホッとしていたらアルトがミルク寒天を手に取りアデライーデに尋ねてきた。

「アデライーデ様、こちらのミルクを入れたお菓子は何という名前にされますか」

「それはミルク寒天ね」

「ミルク…寒天?ミルクはわかりますが、寒天とは?」

−−しまった!寒天ってどう説明しよう……。

寒天は、ところてんを真冬に屋外に放置してしまったうっかりさんによって偶然に発見されたものだ。

−−確か、京都の偉いお坊さんが「寒空」や「冬の空」って意味の「寒天」と名付けていた…はず。

「固まったところが、その…冬の空の色に似ているので…寒い天で…寒天…と…」

「そうか…良いのではないか。確かに冬空の色に似ているな。アデライーデは名付けがとても上手だ」

「いえ…そんな」

−−良かったわ。すんなり決まって。でも私が名付けたわけではないのよ。

それぞれ陽子さんが名付けた訳ではないので、褒められると心がチクチクと痛むが説明できない事なので黙っていた。

「今回は菓子を研究していたのだね」

「あ、他にもございますわ」

そう言って海老のオイル漬けと貝のオイル漬けを取り出した。作り方はオイルサーディンと同じで水分を飛ばしにんにくと唐辛子で味付けをしてある。

「これで1ヶ月ほど保存ができますので、帝国に持っていって海老の料理が作れますわ。これ自体も十分に美味しいんですけどね」

瓶から取り出した海老と貝をバゲットに載せて、アルヘルムに差し出すと、アルヘルムはバゲットを頬張りうんうんと頷く。

「これでオイルサーディンやアンチョビに続き、また輸出するものが増えたな。帝国での評判だけでなく、近隣諸国からも取引の話が来ているんだ」

「近隣の国からも?」

「あぁ、オイルサーディンの食用油やホケミ粉の小麦の1部は近隣諸国から買っているからね。オイルサーディンやホケミ粉の急な人気で国内の小麦や油の価格が上がりすぎると庶民の生活に響くからだよ」

−−すごいわね。流石王様だわ。庶民の生活とかちゃんと考えているのね。確かに食卓に響く値上がりは主婦としては困るもの。

「一応バルクの王だからね」

感心しているのがわかったのか、アルヘルムは微笑んでいた。

キッチンの片付けをアルトに頼み、アルヘルムに誘われるままいつものように湖畔の散歩に出かけた。

少し前までの晩夏の暑さはすっかりなくなり、湖面からの涼しい風が髪を撫でる。少しだけ色づき始めた木々の合間の小道を二人で歩いているとアルヘルムはアデライーデの肩を抱き寄せた。

「来月には王都で豊穣祭が行われるんだが、今年から貴女にも出てもらうようになる…それと新年祭もなのだが」

「えぇ、承知しましたわ。普段何もしないのですからそのくらいは出席しますわ」

「ありがとう。豊穣祭と新年祭はバルクでは特別な行事でね。王家の者が揃って国民と祝う大事な行事なのだよ」

普段何も正妃としての社交の仕事はしないのだ。

年に数回の顔出しくらいはしないといけないだろうと、アデライーデは思って、快く了承した。

「豊穣祭の前に、王宮で皆と食事をしようとおもうのだが良いだろうか」

「皆って?」

「テレサや子供達とだ」

「えぇ、もちろん喜んで。お久しぶりですわ。輿入れの時以来ですわね。皆様お変わりなく?フィリップ様はお元気ですか?」

「あぁ、皆元気だ。フィリップも学院に通いだして忙しくして中々離宮に来れずにいたから喜ぶだろう」

「お会いするのが楽しみですわ」

アデライーデが、思いの外喜んでいるのを見てアルヘルムは安堵していた。