軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 ビスケットと子爵

いつもの寝酒セット(ワインとおつまみ)を暖炉の前に用意してもらい、グリフォンから借りた紀行本を片手にマリアにおやすみと告げた。

(こんな時でも、新刊本ってページ開くのワクワクするわね)

陽子さんは深くウィングチェアに腰掛けると丁寧に本を開いた。

紀行本は最新のものだけあって、それまで大書庫で少ししか見つけられなかった情報が驚くほど載っていた。

バルク国は帝国の東に位置し深い森に北部と東部が囲まれ西部が帝国と接しているらしい。小国ながら豊かな実りがあり、北部は畜産業も盛んなようだ。領土の南は海に面していて海産物も捕れるようだし、他の大陸との交易にも力を入れているらしい。

挿し絵には、港町の風景をスケッチしたものがあった。

内陸の帝国育ちのこの子爵様は、この港町がいたくお気に召したらしく船や魚介料理のスケッチもあった。

ふーん、南仏って感じかしら。大書庫の郷土料理本でみたのは魚を煮たり焼いたりする文化があるって書かれていたわね。

やっぱり挿し絵があると違うわね。

ブイヤベース??これってアジかしら。こっちのは見たことない魚ね。

でも港町があるなんて!上手くいけばお刺身も食べられそうね。

旅行に行けば、そこの街の市場に行くのが大好きな陽子さんは、港町の記述ページの挿し絵をワインを呑みながらじっくり見る。

そして、どんな魚がとれるのかどんな料理があるのかと想像しながらページを行ったり戻ったりしながら見ていた。

ふーん。服装は、帝国とあまり変わらない感じね。長いスカートに髪は結ぶかまとめるかなのね。

ぱらぱらとページを進める…。

そう…。陽子さんはファッションにはあまり興味がない。

清潔・お手入れ簡単・お手頃価格 そんな三拍子揃った服が好きだ。色も合わせやすいという理由でモノトーンとアースカラーで揃えている。

バルク国の貴族の服についてのページを、見て陽子さんはつぶやいた。

(本当にマリアには感謝しかないわ)

着れない・脱げない・選べない……ドレスは不自由の三拍子である。

部屋着は自分で着れる。

問題は紐とボタンで着付けるアデライーデの外出用のドレスだ。絶対一人では着脱が無理な構造だ。

そして王宮大書庫に行くようになって気がついたが、王宮という場所柄細かいルールがあるらしく、日によってマリアが出してくるドレスの色が違う。嬉々として「今日はこの色のドレスの中から〜」と毎日楽しそうに選んでいる。

おしゃれが楽しい年頃よね。

いろんな物を合わせてみたいわよね。私もおしゃれの為に色々やったわよ?

でも、楽なのが一番よぉ

そのうちわかるわ。

ぐびぐびワインを、呑みながらアラカン的な事を思っていて

ふと、薫のことを思い出す。

薫はおしゃれが好きで「お母さんは黒ばかり着て…喪服か!」とよく言われたっけ。首元に華やかな色持ってくると顔色が良くなるからと最近の誕生日プレゼントはよくスカーフをもらっていたっけ。

……。

…………。

まぁそんなに楽しいのなら、着せ替え人形くらいにはなってあげようと陽子さんは、ワインを注いだ。

続けて紀行本を見ていると、バルク国はガラスの産地でもあるらしい。板ガラスや石炭を輸出していると載っていた。この世界でもどこでも採れるポピュラーなものとしてガラスは使われているようだ。

紀行本でバルク国は特筆すべき産業は無いが、風光明媚で食事は美味しく人々は穏やかで優しいと締めくくられていた。

絶対この子爵様は食べる事が好きな人だろうな。バルク国の記述の2/3が食事に関することだし。スケッチも風景画は割と簡単に書いているが食べ物の絵は丁寧に書き込んであるし、隅には素材も書いてある。

話したら楽しい話が聞けそうだ。

陽子さんは本を閉じると、表紙にデカデカと書いてある子爵の名前を読んだ。

オットー・ビスマルク子爵。

陽子さんはビスケット好きな太った子爵を、想像した。

翌日、いつものように王宮大書庫に行こうと支度をしていると居室と王宮を繋ぐドアの側に下げられている呼び鈴が鳴った。

対応したマリアが戻ってくるとアデライーデに告げる。

グランドールが輿入れのことについてご説明をしたいから午後のお茶時間にお伺いしたいと先触れを出してきたと言う。

そういえば、出立の日まであと10日を切っている。

しかし、用意はこちらでする心安く過ごせって言っていたのに何事か、この国の宰相は暇なのかと思いつつも、はいはいと返事をして午前中は王宮大書庫で過ごし午後は本日3回目の着替えをして待っていた。

何かあるたびに着替えをするのに、いささかウンザリするが仕方ない。

居間でグランドールを淑女の挨拶で出迎え、席を勧めてソファに座ると陽子さんの中でゴングがなった。

女優タイムの始まりだ。

グランドールの侍従が部屋の端に控え、マリアがお茶を出したころにグランドールが口を開く。

「アデライーデ様、輿入れの支度も恙無く整い門出の日を待つばかりでございます。成人前のアデライーデ様はお披露目前でございましたのでご成婚の祝賀も兼ねて、ご出立前に祝い席を…との陛下の思し召しがございました」

「……それはどうしてもしなければならないのでしょうか?」

「は?」

グランドールは思わず声を出して驚いた。

皇女にとって、成人のお披露目と輿入れは一大行事。どの皇女もできる限り盛大に華やかにと強く望む。それをしなくても良いと言われるとは思ってもみなかったのだ。

しかし、見た目は皇女のアデライーデだか中身は庶民の陽子さんである。

ボロを出したくない。なれない場所でなにかやらかすぐらいなら出ないほうがマシ!そんな思いで出なければならないのかと確かめた。

「祝賀の席を遠慮なさると?」

「ええ…できれば…」

戸惑いつつ尋ねるグランドールに、陽子さんは(できればじゃなくって絶対そっちがいいのよ!)と苦笑いしながら答える。

「最後にお父…いえ、陛下にだけお目にかかれればそれだけで良いのです」

少人数、出来れば一人だけなら誤魔化しもきくと追い打ちをかける陽子さん。

「嫁ぐ皇女のお披露目の席もせぬのは帝国の名折れでございます」

グランドールは抵抗する。

(ちっ!!そんな見栄はいらないのよー)

陽子さんは年甲斐もなく心の中で舌打ちをして叫ぶ。

「それにすでに、公布済みでございます…」

(事後報告なのー!)

「そう…」

ボロを出さない極意は相手と目を合わせないと言う経験値を活かし、つま先を見つめながら陽子さんは言う。

「そのお披露目の席はいつですの?」

「出立の前日の夜、7日後でございます」

陽子さんは、呆れかえって「承知しました」と微笑んだ。