作品タイトル不明
141 夜半の月と蜂蜜酒の炭酸割
「やっと終わった…」
「あぁ」
深夜の執務室で、タクシスと2人積み上がった書類をやっと終わらせ
た頃には月が天上にきている時分だった。
このひと月近く昼は会議、夜は書類仕事と夜会が続いた。
離宮から帰り、数日後の夜会で大々的に炭酸水を振る舞った直後、国内からアリシア商会に注文が殺到した。
予め作らせておいた炭酸水が順調に出荷され始めた頃、帝国の公爵の使者がひょっこりやってきた。
バルクの炭酸水が欲しいので、アリシア商会を紹介して欲しいと言う。タクシスが自分がアリシア商会の代行をしていると言うとそれなりの数を注文したあと皇后陛下に贈られた小瓶の炭酸水が欲しいと言われた。
小瓶はアデライーデからローザリンデへの贈り物だ。小瓶は売り物ではないと丁重に断るが、金ならいくら積んでも良いと引き下がらない。
商会なら帝国の公爵との繋がりを大切にされた方がよろしいのでは?と公爵の権威を傘に暗に脅してくるから始末に悪い。
アリシア商会はアデライーデ様が会頭で、皇后陛下に炭酸水を納めるための商会ですのでと言うと、ひどく驚いた顔をして小瓶の話はしなくなった。
ゴリ押しがアデライーデから皇后の耳に入り、主の公爵が皇后から不興を買うのを恐れたのだろう。その後はすんなり商談を済ませ、使者は帝国に帰っていった。
その使者が帰ると、同じように続々と帝国から使者が来て同じ会話をタクシスは繰り返した。
「しかし、どれだけ小瓶を欲しがるんだ。どの使者も口を開けば小瓶小瓶と…」
「皇后陛下が、お気に入りと言えばそれは欲しがるだろうさ」
「帝国にも炭酸水はあるようだが、それでもバルクから取り寄せるようになると皇后陛下は読んでいたのだろうな」
「ああ、それを狙っての依頼だったのだろう」
「バルクの為にか?」
「アデライーデがいるバルクの為にだ。もちろん帝国の経済の為でもあるがな」
あまりの使者の多さに、いちいち対応していては仕事にならんと急遽帝国に商会の支店を出すために調査に出した文官の報告書では、帝国でも貴族を中心に裕福な庶民の間でも爆発的に炭酸水は流行りだしたらしい。
炭酸水を産出する皇后の化粧領と伯爵領は、出荷で賑わい莫大な利益をあげているようだ。
噂ではバルクの炭酸水は高級品として、貴族の中でも手に入りにくいと言われているという。
「注文だけでどれだけある?」
「この3週間余りで去年のバルク輸出額の3割だ。この夏だけで去年の輸出額の5割は軽く超えそうだな」
「……、」
「国内の市場も活気づいている。あちこちで職人を雇っているし運送業者も荷馬車を増やしているよ。夏の間が勝負だからな」
「アデライーデのおかげだな…」
「あぁ、そうだ。ところでアデライーデ様はこの事を知っているのか?」
「いや、まだ何も。忙しくて手紙もかけていない」
「ご自分がバルクをこの短期間で豊かにしていると知ったら驚くだろうな」
「あぁ、多分彼女はそんな事思ってもいないだろうが」
「そうだな…」
アデライーデに明日手紙を書き、近々離宮に行こうとアルヘルムは思いながら、蜂蜜酒の炭酸割を飲んでいた。
すっかり馴染んだ味にアデライーデを思いつつ、タクシスと夜半の月を眺めていた。