作品タイトル不明
127 昔なじみとパイプ
「レナード様…お力をお貸しください」
「早急に…ですか」
執事室で泉の管理人のハンス・ビューローがレナードに話していた。
もちろん、炭酸水の出荷の件だ。
いつもの様に炭酸水を厨房に届けに来たビューローは、レナードに呼ばれ炭酸水を帝国に出荷すると聞いて涙を流して喜んだ。
先代様の願いがやっと叶い、炭酸水が日の目を見ると思ったがその出荷数を聞いて、とても自分1人では無理だと訴えた。
今、定期的に離宮と兵舎、村の食堂に納めている分を1人でこなすだけで精一杯なのである。
--確かにビューロー1人で550本の出荷は難しいだろう。
既に茶色の髪にだいぶ白髪が混じっているビューローを見て、レナードは納得していた。
この村にも若い村人はいたが、その殆どは仕事を求め王都かメーアブルグに出て行ってしまっている。
急に呼び戻す事も難しいだろう。
少し考えさせてほしいとビューローを送り出し、レナードはアルヘルムに相談せねばなるまいと考えながらアデライーデの晩餐に伴っていた。
「レナード、今日ビューローが来ていなかった?」
「はい、炭酸水を納めに来ておりました」
晩餐が終わり食後のお茶を差し出しながら、レナードは答えた。
「ビューローから、1人では帝国からのご要望にお応えするのは難しいと相談されました。手伝いの人員が必要かと思います」
「そうねぇ。1人では難しいわよね…。まだ定期的に注文がどのくらいあるかわからないし…」
「メーアブルグの孤児院に頼めないかしら」
「孤児院にですか?」
「孤児院から独り立ちする子を何人か雇うのはどうかしら。仕事を探すのも大変だと思うし、独り立ちできる資金を作れるようにしてあげたいわ」
「そうでございますね…。タクシス様にご相談致しましょう」
その晩、レナードはタクシスに手紙を書いた。
ビューローの訴えとアデライーデの希望、そして自分の懸念…。王妃の村に身元のしっかりとした者以外が足を入れる事への危惧を綴った。
翌日に返ってきたタクシスからの手紙にワイン工房から瓶詰め作業のベテランを一人派遣する事と、商会の為の家を1軒用意する事、アデライーデ様の希望通り孤児院からの派遣を認めるが、院長の推薦とヴェルフ…メーアブルクの代官…の調査が済んだ者のみとするとあった。
既に孤児院とヴェルフには依頼を済ませたと書かれていたのを読んで「タクシス様は相変わらず仕事が早い」とレナードは手紙を引き出しにしまった。
アデライーデがここしばらく取り組んでいた「そろばんの使い方」の教本作りを終えてマリアとお茶をしているところにタクシスからの手紙の報告をしてからレナードは外出の支度を始めた。
村長のガリオンに、商会の事務所と指物師のコーエンの家を見繕ってもらう為だ。
一月ぶりに会う昔なじみは庭の椅子を勧めてくれ、いつものようにお互いパイプを吸い始めた。
細君がライムモヒートの入ったグラスを置いて、家の中に入るとガリオンはレナードにライムモヒートを勧め自身も口をつける。
「大変か?」
「日々、新しい驚きがありますね」
ガリオンはにやりと笑ってライムモヒートを一口飲む。
「アデライーデ様のおかげで、村にも活気が出てくるな。食堂の女将さんが嬉しい悲鳴をあげていたぞ。泊まりの常客もできたしなにより昼は食堂、夜は酒場が兵士達で盛況だ」
「食堂にも人が必要でしょうな。女将さん達に倒れられたら兵士達の楽しみが無くなりますし」
「商会もその指物師の家にも、下働きが必要だろうな」
「ええ、その手配もありますね」
「マデルんとこも、気をつけてやってくれ。なんだか離宮経由で王宮から注文があったとマデルが目を回していたぞ」
「……あとで顔を出しましょう」
先日の注文のせいだろうとレナードは苦笑いをした。
「あとはビューローんとこの人員か」
「メーアブルグの孤児院から…と当面は考えております」
「まぁ…孤児院からなら余計な『枝』はついてないと思うがな」
「その辺りは、ヴェルフ殿にお任せしようかと…」
「まぁ…村に来てからは、こちらで監視しよう」
ガリオンも元騎士だ。何かあってからでは遅いと新しい人間がこの村に入る事には慎重な考えだ。この村の治安が良いのはそのほとんどが離宮や王宮務めをしていた者でしめられるからである。
「帝国からの庭師はその後どうです?」
「今のところ、不審な動きはないな。休みの日は村の花の手入れをしたり、たまに雑貨屋を通して王都に腰痛の薬を頼んでいるくらいか」
「村には薬屋は無いですからね」
「賑やかになったな」
「これからもっとでしょう。なんと言ってもアデライーデ様ですから」
そう言って、レナードは笑って離宮では吸わないパイプの煙を 燻(くゆ) らせた。