軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107 贅沢とそろばん

「一階は、キッチンと食堂とお風呂とトイレとリビングと管理人室よね。二階は寝室とトイレ…」

アデライーデは居間のテーブルに紙を広げ、必要な部屋を書き出し、孤児院の見取り図を書き始めた。

--どんな風にしたらいいかしら…

前世小さな家を建てたが、それは家族用のものだったし間取りも何種類か予め決められているパターンから選択するものだった。自分達が自由に決められたのは壁紙やドアの種類くらいだ。

--一階は幼稚園や保育園の造りを参考にした方が、良いのかもね。

そう言って四半世紀程前の、薫達の幼稚園見学の記憶をゆっくりと思い出していた。

--初めて幼稚園を見学した時は、ちっちゃな囲いのあった子ども用のトイレやシャワールームに感動したっけ。でも、15才くらいまで使えるようにするなら大人用のサイズのものもいるわよね。

前世の陽子さんの好きなテレビ番組には、お宅探訪やビフォーアフターがあった。見ている分には「あれはちょっとない」とか「すごいアイディア!」とか簡単に言えたが、イチから考えるのは本当に大変だ。

「アデライーデ様、何をされていますの?」

マリアが、うんうん言いながら紙に向かっているアデライーデにお茶を差し出しながら聞いてきた。

「孤児院をどんな風に建てて貰うか考えていたの。ねぇマリア孤児院に行ったことある?」

「孤児院ですか? ええ、うちの領地の孤児院には慰問で行っていましたわ」

マリアが言うには、大きな広間にベッドがずらりと並び反対側に長いテーブルがあるだけらしい。そこに男の子も女の子も一緒に寝起きするようだ。病院の大部屋を想像したが、ベッドを区切るカーテンもないと言う。大抵の孤児院は同じ様な造りになっているらしい。

プライベートは全く無いようだ。

「それは…お年頃になったら嫌じゃないの?」

「そうですわね。でも大抵の子は12、3才くらいで住み込みの仕事に就いていきますから…。奉公先では結婚するまで男女別の部屋に住めますので孤児院ではそれほど嫌ではないかもしれません」

「そうなのね…」

それであれば小さいうちは皆で寝て、ある程度大きくなれば二人部屋四人部屋とかにすればいいのかもとメモをとっていた。

「ブレンダさん達のお部屋も作られるのですか?」

「家は隣にあるけど、病気とかで泊まり込みになる事もあると思うから一応ね」

「確かに一人かかると順番に皆かかりますわね」

「隔離部屋も必要よね…」

そう、子どもは体調を崩しやすい。特に男の子はすぐに熱を出す。

--裕人も小さい頃は月に1度は熱を出していたっけ。薫は滅多に熱を出さなかったけど、一度寝込むと長かったわね。

二人とも中学に入るまではよく病院に通ったわ…

そんな懐かしい思い出にふけりながら、見取り図を書いていく。

--大体書いておいて、後は大工さんに相談すればいいわね。

アデライーデが見取り図を書き終えペンを置いたときに、レナードが王宮から使いが来たと知らせに来た。

アルヘルムが孤児院建設の大工の棟梁を下見に寄越したのだ。

挨拶を済ませるとレナードとマリアと棟梁を連れて、ハンス達の孤児院を建てる予定の空き地に連れていき、先程書いた見取り図を渡してこんな風に建てたいと相談した。

棟梁は見取り図を見て、ふむふむと頷きながら足で空き地の広さを図り見取り図を確認していく。

「この広さであればこちらの孤児院を建てるには問題ございませんな」

「細かいところはお任せしたいと思うのですが」

「お任せください。早速この見取り図を元に図面を書きましょう」

棟梁はそう言うと、アデライーデの書いた見取り図を懐にしまい別れの挨拶をしようとしたときにアデライーデに声をかけられた。

「あの…大工さんは家具なども作られるのですか?」

「? はい、作り付けのものは私どもが作りますがテーブルや椅子ベッド等は家具職人に任せます。何かご希望がございますのでしょうか?」

「家具ではないのですが、このような物を作ってほしいのですが…」

アデライーデが取り出した紙には、そろばんの絵が書かれていた。

試算書を作った時に欲しいと思っていたそろばんだ。誰に頼んでいいかわからなかったが、誰も知らないそろばんを作ってもらうなら絵が1番だと書いていたのだ。

「………」

「難しいでしょうか?」

そろばんの大きさや玉がこんな風に動くと説明すると棟梁は「これは、 指物師(さしものし) の仕事でしょうな」と絵を見ながら呟いた。

「私は初めて見るものですが、これは何に使われるものでしょうか?」

「計算に使うもので、そろばんって言うのよ」

「ほう…計算に」

棟梁は興味津々にそろばんの絵を見ていた。

商人もそうだが棟梁も計算をよくする。使う資材の見積もりに計算は欠かせない。大工から棟梁になるには計算ができないとなれないのだ。

「付き合いのある指物師に依頼をかけてみます。お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「もちろんよ」

棟梁はアデライーデに別れの挨拶をして、そろばんの絵を見ながら帰っていった。

「アデライーデ様、そろばんとはどのように使われているものでしょうか?」

部屋に戻り、レナードがお茶を差し出しながらアデライーデに聞いてきた。

「計算をする為の道具なの。子どもの頃に習わされていたのよ」

陽子さんが子どもの頃、習い事と言えばそろばんとお習字が定番だった。

--それに女の子はピアノやオルガン、男の子は野球と剣道が人気の習い事だったわ。オルガンはすぐに辞めちゃったけど…。そろばんもパソコンが出てくるまでは習っている子が多かったわね。

薫達が小さい頃、ママ友と習い事の話になって男女共に人気の習い事はスイミングと英会話とサッカーと聞いて、時代が変われば定番の習い事も変わるのだと驚いたことを思い出していた。

「バルクでは…人気の習い事ってあるの?」

「人気の習い事…でございますか?庶民は習った事はそのまま仕事になりますでしょう。貴族では学園に入る前に家庭教師について、計算や書き取り、詩や社交ダンスを必ず教わります。女性は刺繍…男性は乗馬を…習い事というより必修でございますな。お好きであれば楽器や絵を描くことをしますので、それが習い事と言えばそうかもしれません」

「そう…」

庶民が学べると言う事は、この世界では贅沢なのだと思うと陽子さんの胸がチクリと傷んだ。