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婚約者の病弱な幼馴染がスクワットを始めました

作者: 忍者の佐藤

本文

それはアイリスがそれまでの人生で見た中で、最も異様な光景だったかもしれない。

王城のグレート・ホール(大広間)では、ユーグ国王陛下の主催するパーティーが開かれていた。

いや、開かれていたというべきなのだろうか。

楽団の洗練された演奏は中断され、煌びやかな衣装をまとった貴族たちは、皆ある一点を見つめている。

貴族たちの中心で、二人の男女が脇を兵士に囲まれ、膝をつかされていた。まるで、これから死刑宣告を受ける大罪人のようだ。

そして彼らを一真正面から見下ろしている人物。

頬杖をついて座る彼の後ろには王家の紋章が描かれたタペストリーが垂れ下がり、両脇を屈強な兵士に守られいている。

この国の若き王である、ユーグ・コルヴィヌスだった。

国王に冷淡な眼差しを向けられ、二人は未だに状況を飲み込めずにいた。

時を少し遡る。

アイリス・ハノーファー伯爵令嬢は、スフォルツァ子爵家の王都別邸を訪れていた。ある人物に呼ばれたからだ。

アイリスがこの場所に来るのは初めてだった。そもそも、スフォルツァ子爵家とは、これまでの人生で直接的な接点が殆ど無い。

執事に案内され、通されたのは狭い私室だった。

一人の少女がベッドの上に横たわっている。イスルデ・スフォルツァ子爵令嬢だ。顔は一度だけ見たことがある。ただ、ここにアイリスを呼んだのはイスルデではない。

アイリスがベッドの横に視線を移すと、一人の男が立っていた。アイリスは顔をしかめる。

その男こそ彼女の婚約者であり、この場所にアイリスを呼んだ張本人でもある、ガレス・グラモン伯爵子息だった。

「アイリス、申し訳ないがお前との婚約を破棄させてもらう」

目が合った途端、ガレスが唐突に宣言した。覚悟していたとはいえ、何の前置きも無しに告げてくる彼の無神経さには驚きを隠せなかった。

そもそも今日、アイリスとガレスはそろって王城で開催されているパーティーに参加する予定……いや、参加しなければならなかった。

主催者がユーグ・コルヴィヌス国王陛下だったからだ。

ここに二人で招待され、参加するということは、王家や国が婚約を正式に認めたという、強力な裏付けとなる。

であるのに、ガレスが「どうしても今日でなければならないんだ。最後のお願いだから」と言うものだから、仕方なくこちらに来た。

勿論、様々な手続きを終えた後だ。その中には、彼女がユーグ国王陛下と交わしたある約束も含まれていたのだが。

ガレスが欠席するのは初めてではない。

彼はこれまで、国王陛下主催のパーティーを含め、アイリスとのイベントを簡単に欠席してきた。お陰で婚約者の彼女は一人で参加することとなり、好奇の目に晒されることも珍しくなかった。

「婚約を破棄したい理由をお聞かせ頂いても?」

アイリスは一応聞いてみた。

「実は……」

「ガレス、アイリス様を責めないであげてね」

ガレスが返答するより前に、イスルデの声がした。彼女は目に涙を溜め、「けほけほ」と咳き込んでいる。

「イスルデ。君は病弱なんだから、ちゃんと寝ていなければ駄目じゃないか」

言いながらガレスはイスルデの背中をさする。

「うん、ありがとう、ガレス」

二人は見つめ合った。その視線には熱いものが混じっている。彼女こそが、ガレスが行事を欠席するようになった原因因子だとアイリスは知っていた。

イスルデは元々病弱な体質だったが、10代に入る頃には元気になったと聞いている。ところがアイリスたちが婚約したのと時を同じくして、再び病魔に侵された……らしい。

ガレスはイスルデが調子を崩す度、彼女の看病を優先した。それがアイリスと約束した日であっても、それがどんなに以前から決まっていた事でもお構いなしだ。

「この埋め合わせは必ずする」

とガレスは言ったが、埋め合わせられたことは一度とて無い。むしろ穴は広がる一方で、それがそのままアイリスとガレスの間に横たわる溝となっていた。

「スフォルツァ子爵家にもメイドが居るでしょう。彼女の世話は使用人に任せるべきなのではありませんか?」

アイリスは何度も進言した。しかしこれを言うと、ガレスは決まって顔をしかめた。

「イスルデは昔からの付き合いのある俺に来てほしいと言うのだ。俺の手に撫でられると安心するのだと。そうしないと不安で堪らないのだと」

何故婚約者であるはずの自分が、他の女とののろけ話を聞かされているのか、全く理解が出来なかった。

それどころか「君には理解が無い」と言われたことさえあった。

「アイリス、分かってくれ。俺たちは本当に愛し合ってしまったんだ。本当は婚約破棄なんて……心苦しいし、したくない。でもどうしようもないんだ」

ガレスは胸の前で拳を作って言った。

「アイリス様の気持ち、分かります。私がガレスを独り占めにしてしまって、寂しかったのですよね。私が病弱なばかりに、本当にごめんなさい」

イスルデは顔を手で覆って泣く。

「イスルデ、自分を責めないで。君のせいじゃない」

「ガレス……あなたって本当に子どもの頃から優しいわね」

二人は手を取り、再び見つめ合った。どこまでも自分たちの世界に没入しているようだ。普通なら、現実に引き戻すのは骨かも知れない。

「そうですか。でしたら婚約破棄は受け入れます」

アイリスは二人を交互に見ながら言った。たった今婚約破棄を告げられたというのに、あまりに静かな目つきだった。

そんなことなど気付きもしないのか、二人の顔は明るい。

「ですが」

アイリスが不意に右手を挙げ、この屋敷に来てから初めて笑顔になった。

「二人にはデスゲームに参加してもらいます」

アイリスが指を鳴らすと兵士たちが現れた。あっという間に二人を拘束する。

「な、何をするんだ! おい、イスルデを乱暴に扱うな。病人だぞ!」

しかしガレスが怒鳴っても、イスルデが悲鳴を上げても、兵士たちは構わず彼女をベッドから引き出した。

「アイリス、これはどういうことだ!」

「あなたたちはユーグ国王陛下に目を付けられたのです。理由は……ま、陛下から聞いて下さい」

ユーグ・コルヴィヌス国王はまだ二十代半ばと若い。若さだけでなく、変わり者として有名だった。特に、身辺で何かの揉め事が起こると嬉々として首を突っ込み、自分の裁量で裁きたがるのだ。

家臣が横領を働いた際には、その私物や家財道具をオークション形式で出品し、大々的に買主を募った。そして自ら 競売人(オークショニア) となって、全て売り払ってしまった。

また、近衛兵と親衛兵の間で喧嘩が起こった際には、コロシアムを貸し切り、大々的に煽って煽って煽りまくって、チケットを売り捌いた後、二人に殴り合いの決闘をさせた。

ちなみにこの兵士同士の殴り合いというのは行事化され、今も続いている。

何をしでかすか分からない所があり、貴族や家臣たちからは恐れられているが、平民からは割と人気がある。傍から見ていれば面白いし、彼の代になってから平和が続いているからだ。

そのユーグ国王が目を付けたのがガレス並びにイスルデだった。

ガレスは国王が主催する茶会やパーティーを度々欠席した。一度や二度ならば許されたかもしれない。

しかしそれが三回、四回、それ以上と積み重なれば国王としても面白くない。「面白くない」とは彼が最も嫌がることの一つだった。

ユーグ国王は「どうしてお前の婚約者はいつも欠席ばかりするのだ」とアイリスに聞いた。

仕方なしに事情を話していると、徐々に陛下の顔が緩み始めた。顎をさすりながら視線を宙にさまよわせる。

今思い出せば、あの時ガレスたちをどう処分するか検討していたのだろう。

「よし」

座っていたユーグ陛下は、手のひらで膝を打った。

「次に欠席したらガレスも、奴が会いに行っている女にも罰ゲームが必要だな。アイリス、お前も協力しろ」

こうしてアイリスはユーグ陛下の企みに「乗る」こととなった。

そして今日、当然のようにガレスはパーティーを欠席すると言った。そのため 予(あらかじ) め予定されていた通り、兵士たちが二人を連れ出したのだ。

行き先は、今日、ガレスが欠席したはずのパーティーの会場。

こうして彼らはユーグ陛下の前に引きずり出されることとなったのだった。

ここで場所を王城のパーティー会場に戻す。

「ガレス、並びにイスルデよ。何故私がお前たちをここへ引きずり出したか分かるか?」

ユーグ国王陛下は二人を交互に見下ろしながら言った。

陛下はまだ20代と若いのだが、声は威圧的で、よく通る。

「お、恐れながら、全く分かりません」

ガレスは小刻みに首を振った。額にびっしりと汗をかいている。

「そ、それから無礼を承知で申し上げます。陛下、私がこのような扱いを受けるのは構いません。ですが、イスルデを解放していただけませんか。彼女は病弱なのです」

ガレスの横で、イスルデは辛そうに息をしている。

「ならぬ」

陛下は一刀両断した。

「ガレスよ。貴様、よく私に『無礼を承知で』などと言えたものだな。これまで私に散々無礼を働いておいて」

「……!」

ユーグ陛下の言葉は静かだったが、明らかな怒りを感じさせた。ガレスは陛下の迫力に縮み上がってしまう。

彼は自分が欠席しても、婚約者のアイリスさえ出席していれば問題ないと思っていたようだ。しかしガッツリヘイトを買っていたのだ。

「貴様、私が主催したパーティーを何度欠席した」

「そ、それは……」

ガレスの目線が右へ左へ泳いでいる。そんな彼の様子を見て、ユーグ陛下は鼻を鳴らした。

「そうかそうか、貴様にとって私の主催するイベントなど、あっても無くてもどっちでも良いことなのだな」

「そ、そんなことはありません!」

「では欠席して何をしていた」

度重なる陛下の詰問に、ガレスは弱りはてた表情になっていく。ようやく彼は、自分のしでかしたことの愚かさを自覚したのだ。

「はっ。イ、イスルデ・スフォルツァ子爵令嬢の看病を……」

「それは貴様がする必要のあることなのか」

「……」

アイリスに同じことを問われた時は即答していたのに、陛下には出来ないようだ。

「そもそ貴様にはアイリス・ハノーファーという婚約者が居るだろう。彼女のことを放っておいて他の女と会っていたと、よくそんなことが恥ずかしげもなく言えたものだな」

貴族たちから失笑が起こり、ガレスは顔を伏せた。耳が赤く染まっている。今更、自分が欠席して、どのように噂されているか気付いたのだろう。

「それからそっちの女。病弱ということだが……」

ユーグ陛下の視線を受け、イスルデ嬢はびくっと動いた。陛下は大きくため息をつく。

「まあ良い。説教の趣味はない」

これで解放されると思ったのか、イスルデたちの表情に安堵の色が浮かぶのを、アイリスは見た。

しかしユーグ国王は思いがけないことを言い出した。

「貴様らには私に謝罪してもらう。と言っても、誠意というのは言葉ではない。勿論金でもない。行動で示してもらおう」

「と、仰いますと?」

ガレスが恐る恐る顔を上げた。

「デスゲームだ」

陛下が手を一度叩くと、それを待っていたかのように兵士たちが剣を抜き、二人に突き付けた。ガレスたちの表情が恐怖に落ちる。

「へ、陛下! デスゲームとは何ですか!」

「何、簡単なことだ。これからお前たちには私の言う通りに動いてもらう。それが出来たら、これまでの無礼は不問にしてやろう」

首元で、銀色にギラリと光る剣。

国王陛下が余興を好むことはよく知られている。従わなければ、本当にこの場で二人を処刑しかねない。

「では先ず最初のお題だ」

二人は陛下がどんな命令を下そうとしているのか、固唾をのんで見守っている。

「スクワットを100回しろ」

「えっ?」

ガレスは目をぱちくりさせた。

周りの貴族たちも意表を突かれたのか、顔を見合わせている。それはユーグ国王以外、誰も予想だにしない要求だった。

「聞こえなかったのか? 足を鍛える運動だ。早くしろ」

「お、お待ちください陛下! 先ほども申し上げた通り、イスルデは病弱なのです。そんな『立った状態から、膝と股関節を曲げて腰を下ろし、また立ち上がる運動』なんてしたら死んでしまいます!」

言いながらガレスは横を見て、またもや目を高速でぱちぱちさせていた。

その「病弱な」はずのイスルデは、腰を落としては上げ、落としては上げを繰り返している。

キレのある、お手本のような素晴らしいフォームだ。

しかも一回ごとに「うっし、うっし、うっし」と妙な掛け声まで掛けながら。

ガレスは夢でも見ているのかと思った。

「イ、イスルデ??? お前、動けるのか?」

言った途端、イスルデはガレスの頭を引っぱたいた。

「何ぼさっとしてるの! あなたも早くしないと殺されるわよ!」

「えっ、あ、はい……」

ガレスも言われるがままスクワットを開始した。そしてちょうど100回に達したタイミングで、イスルデはごろりと倒れ伏せた。

「ああ、苦しい! きっと持病が悪化したわ!」

白けた視線を一身に浴びながらも、イスルデは病弱設定を崩そうとしない。

「だ、大丈夫かイスルデー」

彼女を愛し、心配するガレスの言葉にも、若干だが心が籠っていないようだ。

「次。反復横跳び1000回」

再び会場がざわついた。

「へ、陛下! それは幾ら何でも流石にやり過ぎですよ!」

「どうした。さっきスクワットは出来ていたではないか」

「スクワット100回は本当に奇跡的に、イスルデの体調が何故か局所的に良くなったから出来ただけなのです。反復横跳び1000回を病人にやらせるのは無理です! だよな、イスルデ!」

ガレスがイスルデの方を振り返ると、彼女は三人に増えていた。

「イ、イスルデが三人に増殖している――!? ……いや、違う! 反復横跳びの速度が、あまりに常軌を逸していて、残像が見えているんだ!」

それは突風が巻き起こるほどのスピードだった。国王陛下、並びにアイリスや近くの貴族の髪型が崩れるほどだ。夏には重宝しそうだ。

「ほら、ガレスも早くしなさい!」

「二人でこの危機を乗り越えるのよ!」

「ステーキ食べたい」

三つの残像がそれぞれ言った。質量と自我を持った残像なのかもしれない。

「お、終わりましたぁ」

1000回終わったのか誰も数えられないが、イスルデは倒れ込み、いつの間にか一人になっていた。

「もうやめて下さい! 私は病弱なのです! けほけほ」

イスルデは庇護欲をそそりそうな、子猫のような声で言う。猫を被るにはフィジカルの強さを見せつけ過ぎたのではと、誰もが思っていた。

「……そ、そうです陛下。彼女はそきょ、今日たまたま風水的に早く動ける日だっただけで、いつもはもっと病弱なのです! たまたまだったんです!」

ガレスの言い訳は最高に苦しかった。

そんな苦しい言い訳をするガレスたちの前に、兵士たちが十数人がかりで大きな物体を運んで来た。

鈍い光を放つそれは、鉄の塊のようだ。何百キロあるのか、いや、何トンあるのか見当もつかない。

「次、あれを持ち上げろ」

二人はギョッとした。それまでの課題と違って、今回は物理的に不可能な無茶ぶりだった。やはり、ユーグ陛下は自分たちを許す気など無いのか。

「早くしろ。今回は二人で協力して持ち上げても良いぞ」

「へ、陛下。これは流石に無理です。イスルデが分身は出来ましたけど、パワー系は無理です! いや、彼女が病弱でなくても、こんな鉄の塊を持ち上げられる人類なんていません! そうだよな、イスルデ!」

ガレスがイスルデの方を見ると、目を閉じ、手を合わせているところだった。

流石に彼女でもこれは無理で、拝むしかないということなのだろう。久しぶりに彼女の人間らしい姿を見てガレスはホッとしていた。その直後、イスルデの口から次のような言葉が流れた。

「ビーストモード・発動」

その言葉と同時に、彼女が身に着けていた衣服が文字通りパコーンとはじけ飛んだ。中から飛び出したのは華奢な少女の肉体……などではない。

オーガという、巨大でゴリゴリに筋肉の発達したモンスターがいるのだが、彼女の身体はそれにそっくりだった。まるで大岩のように筋肉が盛り上がり、脈打っている。

しかし安心して欲しい。彼女はちゃんと伸縮性抜群のインナーを付けていたので全裸ということにはなっていない。

「い、イスルデ……?」

ガレスは口をあんぐりと開けていた。目の前の光景は何よりも信じがたかった。彼が一年以上看病し続けていた病弱な幼馴染が、オーガ顔負けの筋肉を保有していたのだから。

「これは、どういうことなんだ」

「黙っていてごめんなさい、ガレス」

「な、何だ。言ってくれ。俺に何を黙っていたんだ!」

イスルデはしおらしく目線を逸らし、口元を手で覆い、呟いた。

「私、着痩せするタイプなの」

「多分そんな次元じゃないよ」

何なら身長も伸びていて、180㎝代後半のガレスが見下ろされている状況だった。

「でもっ! 私たちが助かるにはこれしか無いの!」

イスルデは鉄塊を片手で掴んで持ち上げてみせた。まるで石ころでも持ち上げるかのように軽々と。

最早(というかスクワットした時から)イスルデを病弱だと信じる者は居ない。

ただ、あまりに彼女の所業が人間離れしていて、貴族たちからは拍手が起きていた。

その後、二人が陛下に自白したのは次のような事だ。

イスルデは見ての通り元気一杯だったのだが、幼馴染であるガレスへの思いが我慢できなくなり、気を引くために病人のふりをしていたらしい。

ガレスの方は元々アイリスとイスルデの間で気持ちが揺れていたが、看病するうちにイスルデに気持ちが傾いて行ったという。

アイリスからすれば、そもそもそんな気持ちで婚約したこと自体が受け入れがたかった。

それから陛下は何故、イスルデがフィジカルメガ盛りMAXであることに気付いたのか、結局アイリスには教えてくれなかった。ただ、彼はこの余興を面白くするため、彼女の家に密偵を放っていたというのは噂で聞いた。

そこでイスルデの秘密を知ったのかも知れない。

結果的に、二人はユーグ陛下「には」許された。陛下は「面白かったら許す」という行動原理を持っているからだ。

しかし王族並びに沢山の貴族の見守る中であんな醜態を晒した後では、二人とも貴族としては生きていけなくなった。イスルデには陛下を楽しませる「余興役」としての道もあったようだが、本人は拒絶した。

ガレスはそもそも長男ではないので爵位の継承権が無い。

こうして二人は実家を追放され、平民落ちすることとなった。

アイリスは今、二人が何をしているか、はっきりとは知らない。

しかし一度だけガレスを街中で見かけた。以前会った時より心なしかやつれたようだ。

もしかすると夫婦仲が上手くいっていないのかもしれない。それか、上手くいっているけれど、夜もビーストモードのイスルデに色々と吸い取られ過ぎているのかもしれない。

いずれにせよアイリスにはもう関係の無いことだった。

ちなみにアイリスの方は、とある侯爵家の子息と婚約することとなった。

ユーグ陛下が「アイリスよ。こいつは、とびっきりのつまらない奴だからお前にピッタリだ」と紹介してくれたのだ。

陛下の言う「つまらない」は「真面目で誠実」という意味だった。それは何度も侯爵子息と交流を重ねているうちによく分かった。

一度婚約者に裏切られた彼女に、陛下は気を使ってくれたのだろう。

変り者だが、ちゃんと人の心が通った、良い王だとアイリスは思った。

また陛下に会った時に、改めて礼を言おうと決めている。

今度こそ、婚約者と一緒に。

おわり