軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92話

「ねえハロルド、あれって……」

「二人が探しているという人達の特徴に合致しているね」

「早速解決したな」

「……」

ハロルドはなおも無言だった。どんなタイミングだ、と運命というものを呪いたくなる。

こんな場所でライナー達の前に姿を現すなど考えうる限り最悪の展開だ。今すぐ姿を消す方法はないだろうか。

思わずそんなことを考えてしまうが、そんな暇があるならなりふり構わず逃走でもすればよかったのかもしれない。しかし結局、それを実行に移す前に向こうがこちらの存在に気付いてしまう。

「あ、お兄様。ちょうどいいところに……」

そう言いかけ、ハロルドの姿を目にして言葉を止めたのは他ならぬエリカであった。どうやら門前でライナー達の対応をしていたようだ。もう神様やら何か超常的な存在やらが自分を殺しにきているんじゃないかとハロルドは錯覚する。だがそれも、死亡フラグに愛されているハロルド・ストークスに憑依したことを考えてみれば今さらな話だった。

エリカの言葉に釣られ、ライナー達も背後を振り返る。しばしの沈黙の後、喜色満面でハロルドの名前を口にした。

「ハロルドー!」

声の主であるライナーは手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

その姿を尻目に、ハロルドはリーファにだけ聞こえるように指示を出した。

「リーファ」

「何よ?」

「俺の余命に関することはアイツらには一切何も伝えるな」

「……分かったわ」

不服そうではあったがリーファは要求を了承してくれた。これさえ守ってもらえればリーファから余計な情報が漏れることは防げるだろう。

問題はエリカとコレット、そして自分が揃っているというこの状況である。ライナーもコレットとハロルドの過去の繋がりを知らされているという前提で動いた方がいいだろう。この二人からエリカにハロルドがアメレール親子を救ったという行為を告げられるのは非常にまずい。一応口止めはしてあるがそれも八年前の話になるし、そもそもライナーはぽろっとこぼしてしまう恐れがある。

加えてヒューゴには顔こそ見せていないが声はバッチリ聞かれている。何よりこの煽ることに長けた口の悪さはそうそう忘れられるものではないだろう。ハイバール遺跡で出会ったローブの男とハロルドがヒューゴの中で同一人物だと見抜かれる危険もあり、ましてやローブ姿の窃盗犯の真似事をしていたなどということがライナーに伝わればこれもまた話がややこしくなってくる。

良い方へ勘違いをしてくれるくらいならまだいいが、逆にあの三文芝居に勘付かれる可能性も出てくるのだ。そうなれば敵対関係まっしぐらだろう。

スメラギの屋敷は瞬く間にハロルドにとって地獄のような相関図が構築された魔境へと様変わりしてしまった。この状況をどう切り抜けようかと考えるだけで心が折れそうだった。

「貴様、こんなところで何をしている?」

「アイツらを追いかけてるんだけど規制がかけられてて山を越えられないんだ。だから直接許可をもらいにきたんだけど……」

弱った心情をおくびにも出さず、まずはライナー達の動向を確認する。その内容は原作通り、ローブの三人組の後を追うも、瘴気による規制区域が邪魔で進めず立ち往生している、というところだった。

システム上進めないゲームとは異なるので規制されている山を迂回することも可能だが、一月単位での遠回りになると考えればなんとか突っ切れないものかというライナーの気持ちは分からないでもない。

「何やら穏やかな話じゃなさそうだね。僕にも聞かせてもらえるかい」

「えっと、あなたは……」

「僕の名はイツキ。そこにいるエリカの兄で、一応この家の中では二番目に偉い人間だよ」

「じゃ、じゃあ通してもらえるんですか!?」

「それを判断するために話をしよう。さあ上がって」

そう促されて、ライナー達もスメラギの屋敷に招待されることになった。合計八人、内ハロルド含めて七人が原作キャラクターというファンにはたまらない状況である。ハロルドからすればたまったものではないが、それでも自分への注目は若干逸れたし、何より今後のためにもこれは必要となる話し合いなので文句を挟むつもりはない。

心なしかエリカの方から物言いたげな視線が突き刺さってきているが、とりあえず無視しておく。

通されたのは八年前に初めてハロルドがエリカと顔を合わせることになった二十畳あまりの広々とした和室だった。

室内にある木製机の上座にイツキが腰を据える。そのイツキから見て右手側にエリカ、ハロルド、リーファ、フランシスが並び、対面にはライナー、コレット、ヒューゴの三人が座った。ユノの淹れたお茶が全員に行き渡り、それを一口飲み込んで喉を潤してからイツキが切り出した。

「さて、まずは自己紹介から始めよう。僕はイツキ・スメラギ。スメラギ家の次期当主であり、ハロルドとは十年来の友人さ」

ライナーとコレットからはおー、という感嘆。そして右隣にいるリーファからは「うそ……」という驚愕したような呟き。どちらもハロルドの友人だというフレーズに対する反応だった。

俺をどんな目で見てんだお前ら、と言いたかったが、客観的に考えてみればむしろ当然かもしれない。

「……イツキの妹でエリカと申します」

「そしてハロルドの婚約者でもある」

エリカが意図して隠した情報を容赦なくぶちまけるイツキ。心なしかエリカの方から冷気が漂っているようにハロルドは感じた。ハロルドとしても反論したかったが、左隣に鎮座するエリカが放つプレッシャーらしきものがあまりにも重々しくて口を挟む気が起きない。

何より空気がピリピリしてきたので、この話題から一刻も早く離れるために、気乗りはしないが今さらコイツラにたいして必要あるのかと思いつつハロルドは自己紹介にチャレンジする。

「ハロルド・ストークスだ」

終了である。他のことを喋ってもろくなことにはならないし、そもそもこの場の人間とはほとんど面識があるのだから、この行動は無意味なのだ。こんな名乗りだけの自己紹介に不満の声が上がらない程度には彼らもハロルドのことを知っている。

唯一面識がないことになっているヒューゴは訝しむような表情をしていたが。恐らくは声と口調に覚えがあるからだろう。あまり喋らない方がいいのかもしれない。

ハロルドはこれ以上口を開かないと察してかすぐさまリーファが後に続く。

「リーファ・グッドリッジよ。ここにきたのはハロルドの付き添い」

「付き添いって?」

「私も詳しいことは聞いてないからさっぱり。ただアンタ達を探す手伝いをさせられるところだったわね」

ライナーの質問にリーファは肩をすくめてそう返す。あまり余計なことは言わないでくれるとハロルドとしては助かるが、時間がなくて打ち合わせができていないのでリーファの匙加減を信じるしかなかった。

自己紹介はそのまま続き、次はフランシスの番である。

「俺はフランシス・J・アークライト!王位継承権を持つ正真正銘の王子さ!」

「継承権といっても三十七位じゃないか」

「そこは言わなくてもいいだろう!?」

イツキから容赦ないつっこみが入る。エリカの時といい、言わなくてもいいことをしっかり挟んでくる辺り、間違いなく確信犯だ。空気が読めないのでなく、読んだ上でわざとやっているのだ。その狙いは本人にしか分からないところである。

「三十七位なんて天変地異でも起きない限り王位継承することにはならないさ」

(このままだと起きるんだよなぁ……)

ハロルドは内心で嘆息する。なにせ大陸そのものが沈む危険があるのだ。

そうなっては王位継承権がどうのこうのというレベルではなくなるので結局フランシスが王位に就くことはないのだが、まあ本人も王子であることに誇りはあれど執着はしていないので言うほど気にしてはいないはずである。

「じゃあ次は君だ」

フランシスの抗議の声を遮ってライナーへと水を向ける。

「ライナー・グリフィスって言います!ハロルドとは友達だけど、目標でもあるっていうか……」

「それはまた高い目標を掲げたね」

「この男に追いつくのは並大抵の努力じゃ無理だろうな」

本人そっちのけでハロルドの理不尽な戦闘能力を知るイツキとフランシスがうんうんと深く頷く。

ハロルドとしてはライナーが自分と同じくらい強くなってくれるなそれに越したことはないのだが、さすがにそれを望むのは酷だろう。キャラクターとしての性能は元より、今のハロルドの強さはプレイヤー時代に研鑽した技術と蓄積した情報も含めて成り立っているものだ。

一朝一夕でどうにかできる差ではない。

その後なぜか三人でハロルドの強さで盛り上がりそうになったところにエリカからの制止が入り、改めてコレットに注目が集まる。

「こ、コレット・アメレールです。ライナーの幼馴染で、えっと……」

コレットの視線が泳ぐ。それはハロルドの方に向けられたかと思うと、次いでエリカの方に流れた。

自分に向けられた視線の意味は分かる。過去の出来事を話すつもりはない、という意志をハロルドに目配せして伝えたかったのだろう。隠し事をするのはド下手だし何かあるというのが丸わかりだが、それでもハロルドの意図を汲んでいるというところは安心できる。

問題はエリカの方に向けられた意味深な視線だ。この時が二人の初対面で含むものはないはずである。そう思っていたハロルドは、次の瞬間聞き捨てならない言葉を耳にする。

「え、エリカ様のお友達……です」

恐る恐る、コレットがそう口にした。ハロルドの目が点になったのは言うまでもない。

どういうことだと問い詰めたくなる衝動を抑えて、ハロルドは左隣に座るエリカの方に顔を向ける。エリカは気まずさと諦めが入り混じったような表情をしていた。

彼女がそんな顔を見せることは意外だったが、そんなことよりも今のコレットの言葉がエリカにとっては歓迎できないものだったのはなんとなく伝わってくる。

しかし重要なのはそこではない。すでにエリカとコレットが既知の仲であるということの方がハロルドにとっては大問題だった。

いつ、どこで、どうして。それが一切分からず、最悪の予想がハロルドの脳裏をよぎる。まさか自分とコレットの過去を知られているのでは。そう疑ったハロルドだったが、いや待てと安易な思考にストップをかけた。

(それはない……と思う。たぶん)

断言はできないが、もしエリカがハロルドの過去の行いを知っているとすれば今の状況は成り立っていないだろう。逆説的な論理になるが、エリカの性格を鑑みても彼女に嫌われている内はバレていないと考えていいはずだ。

それに先ほどのコレットからの目配せも踏まえれば彼女が易々とあの秘密を露呈させることはしていないだろう。ここで焦ってリアクションを取ると逆効果になるかもしれない。ハロルドは小さく深呼吸しながら落ち着きを取り戻す。

「……お久しぶりですね。コレット様」

「様付なんてそんな!コレットで結構ですから!」

「ではコレットさんでどうでしょう?」

「は、はい!それでお願いします!」

ついさっきまでの表情はどこへやら、エリカは見る者を魅了する柔らかな笑顔でそう返した。この辺の切り替えの速さは流石と言える。

それにしても友達だという割にはコレットがガチガチに緊張しているように見える。初対面ではないのだろうが敬称で軽く揉めるくらいなのだから親交自体はほとんどないのだろう。

それでなぜ友達になっているのかは分からないが。関係性が謎である。

「最後は俺だな。俺はヒューゴ・グラフトン。冒険者をやってる。ライナー達と一緒にいるのは……まあ成り行きってやつだ」

「冒険者なら規制されている区域に入る危険性は承知しているのでは?」

「当然分かっちゃいるんだが……正直、その問いかけには強く頷けねぇんだよな」

ハイバール遺跡でのミスを思い出してか、ヒューゴはばつが悪そうに頭を搔く。その一瞬、こちらを盗み見たのをハロルドは見逃さなかった。

もしやもうあの時のローブの男だと気付かれたのかもしれない。懸案事項ばかりが加速度的に増えていく。それに伴ってハロルドの精神は疲労し、心なしか胃痛までしてきたような気がする。

この場において、ユノが淹れてくれたお茶だけがハロルドの癒しだった。

「ふむ、どうやらわけありのようだね。ところでハロルド」

「……なんだ?」

「ライナー達を探していた理由は何なんだい?既知の仲のようだしもしかして君は彼らの事情を知っていたりするんじゃないか?」

イツキの慧眼に驚かされることは多いが、今回に関してはほとんどの人間がそこを結びつけて考えるだろう。あまりにも邂逅するタイミングが良すぎたせいでそう思うのが順当だ。

「ああ、知っている」

そしてハロルドとしてもここまできたら可能な限りの情報を開示するつもりでいた。ここを境に瘴気問題の解決と原作パーティーの結成、そして諸悪の根源であるユストゥス・フロイントの存在を知らしめる。

あと数ヵ月の内に訪れる、死力を尽くした総力戦に備えさせるために。

原作の流れを大きく変えかねないこの選択が、世界の行く末を左右するかもしれないという事実に恐怖を感じながら。

それでもハロルドは、これが生き残るために必要な一歩だと信じて踏み出した。

「そしてその上で最も効率的な解決策を示してやろう。イツキ」

「なんだい?」

「スメラギ領で発生している瘴気。それを完全に止められると言ったら、貴様はどうする?」