軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90話

ヒューゴ・グラフトンは『Breve Hearts』における主人公パーティーの一人である。高火力と防御力の高さで前衛を務める、いわゆる盾役のキャラクターだ。

またストーリーにおいてもパーティー内で最年長となる二十三歳ということもあり、主人公達の良き兄貴分という位置づけで描かれている。普段はいじられ役だが、いざと言う時には頼りになる存在だ。

そんな彼とハイバール遺跡で出会ったのは、ハロルドにとってまったくの予想外な出来事だった。

まず図らずも『トリニティ』の出で立ちだったことが誤算である。これから先、恐らくこの格好でライナー達の前に立ちはだからなければならない。そしてのみならず、ハロルドとして接触することもあるだろう。

その際に同一人物だと勘付かれる可能性がある。それを嫌ってライナーやコレットに対してはあそこまで手の込んだ芝居を打ったのだが、ヒューゴに関してはそんなことをする準備など整えられていなかった。

ではそのまま別れて行動すればよかったのでは、といえばそうとは言えなかった。

その最たる理由として、原作だとヒューゴはカディス遺跡でライナー達の仲間になる予定だからだ。このカディス遺跡はかなり序盤に登場し、つまりヒューゴはライナーとコレットという初期メンバーを除けば誰よりも早く仲間になるのだ。

現時点でライナー達はすでに宝剣を取り戻す旅に出てしまっている。ハイバール遺跡からカディス遺跡までは徒歩で移動するとなると三週間前後はかかるだろう。ライナー達の状況にもよるが、一刻も早くヒューゴをハイバール遺跡から追い出す必要がハロルドにはあったのだ。

なので止む無く顔は隠したままさっさと遺跡を攻略してしまうことに決めた。ハロルドとしてつなぎを作ることも考えたが、そうしなかったのは下準備や明確なプランもないままに正体をばらすと後々面倒なことになるかもしれない、と判断してのことだった。

以上の理由により無理やり遺跡を踏破したハロルドだったが、その甲斐あって後日エルから入った定時報告によれば青い短髪の大柄な男がライナー達と同行するようになったという情報が届いた。聞き及んだ背格好などからしてその男はヒューゴで間違いはないだろう。どうやらギリギリのタイミングだったようだ。

そんなヒューゴとの出会いから二ヵ月余り。その間、ハロルドはハリソンから命じられるままに大陸各地の秘宝を収集し続けた。そして現在、すでに六つを集め終わり残すところはあと一つというところまできていた。

途中、順調すぎるかとも思ったハロルドだったが、エルからの定時報告を聞く限りライナー達も快調なペースで原作のストーリーをクリアしているようだった。

実のところハロルドはこの攻略ペースというものに以前から頭を悩ませていた。原作のゲームをプレイしているとはいえ、作中での時間の流れが一体どれだけの期間なのか不明だったからである。季節感もなければ年月日の情報があるわけでもない。半年なのか、一年なのか、あるいはそれ以上なのか。ここが読み切れないからこそヒューゴに関して焦ったのだ。

しかしよくよく考えてみれば世界を破滅させるような計画を食い止めるなんていう救世の戦いだ。当然ながら大陸を巻き込んだ大規模な戦いになるし、それはもう戦争と言っていいのかもしれない。

果たしてそれほどのものを、最大六人にしかならない主人公パーティーが長期間戦い抜けるかと言えば難しいだろう。短期決戦で決着をつけなければ間違いなく戦力の少ないライナー達の方が不利になる。

だからこの戦い、原作のストーリーはハロルドが想定していたよりも短い時間の中での話なのかもしれない。

そう思い始めていたある日のこと。

ちょうど六つ目の秘宝の回収を終え、次の目的地が伝えられるまで時間が空いていた時だった。久しぶりに研究所に戻ってきていたところにユストゥスから呼び出しがかかった。嫌な予感しかせず、また人使いが荒い奴だと内心で毒づきつつ嫌々ながらユストゥスの研究室へと足を向けた。

ノックもそこそこに部屋に入ると早速話を切り出した。

「用件とはなんだ?」

「ハロルドか。何、少し厄介なことがあってね」

「貴様が厄介などと言うとはな」

「いやまあボクとしてはそれほどではないんだが」

「話が見えん。含んだ言い方を止めろ」

「本当に気が短いな。ならば回りくどい説明は省くが、君はリーファのことを覚えているだろう?」

「……アイツがどうした?」

ユストゥスの口からリーファの名前が出て、ハロルドは顔が歪みそうになったのをなんとか堪える。表情に出さないように返答するだけでもかなり苦心した。

そしてそんなハロルドの心情を見透かしているかのようにユストゥスは容赦なく爆弾を放り投げてくる。

「どうも最近、彼女が君のことを嗅ぎ回っているようだ。排除するかい?」

頭が痛かった。コレットといい、ヒューゴといい、リーファといい、どうしてこうも原作とは異なる行動を取っているのか。おかげで恐れていたのとは違う形でリーファが目をつけられてしまっている。

これはこれで面倒だ。排除する、とは言うまでもなく殺すという意味である。

もしここでハロルドがそれを了承すればもちろんのこと、関係ないと突っぱねてユストゥスに判断を任せれば彼は何かしらの手段でリーファを殺すか、計画にでも利用するだろう。

当然それは許容できない。となればハロルド本人が動くしかなくなる。

「……アイツは今どこにいる?」

「おや、君が直接出向くと?」

「問題はないだろう」

「まあそうだが……」

「何か言いたいことがありそうだな」

「意外に思っただけさ。まさか君の好みがああいう年端も行かぬ少女だったとは」

「くたばれ狂人」

ものすごく真面目な顔でロリコン疑惑をかけてきたユストゥスをど直球な言葉で罵倒しつつ、リーファの居場所を聞き出したハロルドはさっさと研究室から出て行った。

エルから聞いた話ではハロルドが処刑を言い渡されてから研究所の被験体になるまでには不可解な点がいくつかあるとのことだった。そして疑わしいところはあれど、ユストゥスが話したハロルドとの出会いの過去からしてもやはり何者かの意図が見え隠れしている。

それを暴くことができればハロルドを取り巻く状況を知れるだろうし、もしかしたら彼が命まで賭けて成そうとしている目的も見えてくるかもしれない。

そんなことをしても意味なんてないと言われるだろうか。それでもハロルドの命が残り少ないという事実を知っておきながら何も行動を起こさないでいるということができなかった。

もしかしたらハロルドを救う術だって残されているのかもしれないのだから。

まあそんなことを言えばあの偏屈な男は感謝どころか嫌な顔をするだろうけれど。だからこうして本人には伝えずこっそりハロルドが審議所送りになった当時のことを調べているわけなのだが。

そして調査開始からおよそ一ヵ月後。リーファの前には明らかに苛立っているハロルドの姿があった。

場所はどこかの建物の中。窓が一つもないところを見ると地下なのかもしれない。

なぜこんなことになったかと言えば、王都でそれとなく聞き込みをしていたら人気の少ない路地裏でいきなり体の自由を奪われ、さらには視界まで塞がれて声を上げる間もなく拉致。抵抗もできずに連れ去られ、しばらくして目を覆っていた布が取り外されると目の前にはこめかみをひくつかせたハロルドがいた、というわけである。

ここがどこでどういう手段で連れてこられたのかは一切不明だが、拉致からここに至るまで人の気配が一人だけだったのでハロルドが単独で実行したのだろう。

「で、貴様は何をしていた?」

不機嫌という言葉が音になったような声だった。

「……別になんでもいいでしょ。というかこれ解いてよ」

椅子に両腕ごと体を縛り付けられ、拘束された体をギシギシと揺する。しかしハロルドはまったく取り合おうとしない。

「俺の質問に答えろ。貴様は何をしていた?」

声も、瞳の色もどんどん鋭くなる。どうやらシラを切るのは難しいようだ。

そもそもこうしてハロルドが出張ってきた時点でリーファが何をしていたのかはもう把握しているのだろう。でなければ彼がここまで不機嫌になる理由がない。

だからバレたくはなかったのだが、こうなってしまっては抵抗など無意味だ。リーファは観念して口を開いた。

「……ハロルドの過去を調べてたのよ」

「何のためだ?」

「……ハロルドを死なせたくないから。もしかしたらアンタの命を助ける方法が見つかるかもしれないし」

それがリーファの偽りない心情で、今の最たる行動原理だった。

ハロルドに残された命があとどれほどなのかも分からなければ、仮に助けられたとしても余命がわずかに伸びるだけなのかもしれない。そもそも助けられる可能性なんて万に一つくらいのものなのだろう。

しかしこの行動が無意味だとしても、それはハロルドの命を諦める理由には値しない。少なくともリーファにとってハロルドは、性格はあまりよくないし皮肉屋の嫌な奴だが、自分の人生そのものと言える努力と成果を認めてくれた最初の人だ。

その喜びがどれほどのものだったかは、きっとリーファにしか理解できないだろうが。

「今すぐ止めろ」

「イヤよ」

「ふざけるな。死にたいのか?」

「危険は承知の上」

とりあえず探りを入れただけで殺されるような領分の話らしい。ますますもって普通ではないし、如何にハロルドが危険地帯で立ち回っているかを思い知らされる一言だった。

まあ自分の命を引き換えにしているほどの目的があるのだからそれも当然なのかもしれない。リーファとしては余計に引けなくなった。

そんな強い意志を感じ取ったのか、ハロルドが切り口を変えてきた。

「なぜそこまでする?俺に恩を着せたいのか?」

「そんなんじゃないわ。むしろ逆よ」

「何?」

「あたしはアンタに感謝してるの。命の危険を冒せるくらいにはね」

こんな状況になってようやく素直な気持ちを吐露できる自分もハロルドほどではないにしろ捻くれているのかもしれない。

そしてそんなことを言われたハロルドは怪訝そうな顔をする。どうして自分が感謝されているのか分からないのだろう。

「感謝される身に覚えなどない」

「でしょうね。言っても多分理解できないと思うわよ」

だからそれは気にするだけ無駄で、どんな言葉で説得しようとしても覆らない事実だ。

「……俺に感謝しているというなら俺の言うことを聞き入れろ」

「それとこれとは話が別!あたしはアンタを助けたいの」

「そんなことは頼んでいないし必要もない」

「あたしは自分がそうしたいからしてるだけ。ハロルドがそれを望んでいなくてもね」

何がなんでも干渉してほしくないハロルドと、なんとかしてハロルドを助けたいリーファ。

二人の意見はどこまで行っても平行線にしかならない。その後も押し問答が続き、時間だけが経過していく。たっぷり一時間以上はそんなことをしてお互いに疲労の色が見え始める。

もう決着をつけるにはどちらかが折れるか、力づくで言うことを聞かせるしかない。

「分からず屋が……!」

「それはお互い様でしょ、この石頭……!」

「……忠告してやるのはこれが最後だ。俺の過去を嗅ぎ回るのは止めろ」

ハロルドは腰に差した剣の柄を握りながらそう言った。

しかしリーファは一歩も引かずに言い返す。

「……お断りよ」

「……ああ、そうか」

シャン、という音を立てて剣が引き抜かれる。何度も目にしてきた黒い直剣。

その刀身にリーファの姿が映し出される。

「交渉は決裂だ」

「そうね」

躊躇いもなく剣が振り下ろされる。その剣はリーファを――拘束していた縄だけを断ち切った。

ハラハラと力なく縄は地に落ち、リーファは自由の身となった。ハロルドは苦虫を噛み潰したような表情をしている。舌をチッと打ち鳴らしながら剣を鞘に収めた。

これが意味するのは、ハロルドの方が“折れた”ということだ。

しかしリーファはそれを意外には思わない。この皮肉屋は案外優しいということを知っている。その優しさが非常に分かりづらいのが難点だけれど。

「……リーファ。俺を助けたいという気持ちに偽りはないんだな?」

「うん」

目を見て、力強く頷く。

この頑固で、不器用な男に、自分の気持ちが少しでも伝わるように。

「では死にたくないなら俺の指示に従え。勝手に動けば消される」

「誰に?」

「ユストゥスか、もしくはその手の内の人間にだ」

「……そう」

なんとなく予想はしていた。くたびれた白髪の男を思い出し、言ってやりたいことはいくつもあったが、リーファはそれらをぐっと飲み込む。

「それで私はどうしたらいいの?」

「とりあえず王都を離れろ」

「体のいい厄介払いじゃないでしょうね?」

「そうしてやりたいところだが俺も同行してやる」

本来自由に動けないはずのハロルドがそう言い出すくらいには逼迫した事態らしい。もしかしたらリーファの身は相当危険な状態だったのかもしれない。

だからハロルドが慌てて接触してきたとも考えられる。

「分かったわよ。どこに行くわけ?」

その質問に、ハロルドは一層顔をゆがめながら、ため息を吐いて目指すべき場所の名を告げた。

「ここから東に向かった先にあるスメラギという地だ。そこで貴様に仕事をしてもらう」