軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

84話

飛び出してしまいそうになる足をなんとかその場に縫い付けて、ハロルドは激しい剣戟の行く末を見守る。まだか、という焦れる思いを抱えながら、もう少し踏ん張ってくれよ、とハロルドは願いを込めてライナーの無事を祈る。

五年ぶりにライナーの戦いを目にしたが、現状ではまだウェントスやリリウムにはあと一歩及ばない。そんな二人を相手取ってここまで渡り合っているのだからむしろ上出来と言えるだろう。

しかしそれでもライナーは勝てない。地力の差が徐々に表れ始めている。

ライナーが何とか食い下がれているのは、リリウムが元々そうであり、ウェントスも折れた槍を無理やり振るっているせいで、二人のリーチが揃って短いおかげだった。

恐らくライナーは接近戦で勝てないと踏んでリーチの長い攻撃を多用しながら立ち回っている。ゲームでの猪突猛進な言動からは予想できなかった、中々に技巧派な戦い方だ。今自分にできることを最大に振り絞っているのが分かる。

だが、その上でライナーは及ばない。善戦はできても勝利は得られない。たとえ原作の主人公であったとしても、弱ければ、足りなければ、負けるのは必然である。

でも逆に言うなら強ければ、足りないものがなければ、ライナーは勝てるだろう。そして彼に必要となるものは全てハロルドが知っている。

だからこそ、彼女をここに導いたのだ。ライナーに勝利をもたらすピースを。

(間に合った!)

濃霧を切り裂くようにして現れた彼女――コレットが、間一髪のタイミングでリリウムに向かって吶喊する姿を確認し、ハロルドは人知れず右手を強く握りしめた。

やられる。そう思った時だった。

聞こえるはずのない声がライナーの耳に届いた。

「せえええい!」

絶叫と風を切る音、そして金属音。何が起きたのか理解するのに、ライナーはいくらかの時間を要した。

そして状況を把握すると、今度は驚きを顕わにする。

「コレット!?なんでお前がここに……」

「助けにきたよ、ライナー!」

両腕にトンファーを携え、臆することなく二人組の前で構えるコレットの背中から、これまで見たこともない覇気のようなものが溢れ出していた。

どうやらコレットが自分に迫っていた双剣を、あのトンファーで弾き返してくれたらしい。ダメージはほとんどなさそうだが突如現れたコレットを向こうも警戒しているようだった。

その隙にライナーは口を開いた。

「助けにきたって、お前怖がってたくせに」

「うん、怖いよ。今もね」

「なら……」

「でも、ライナーがいなくなるのはもっとイヤ。だから怖くても戦うって決めたの」

少し震えているその言葉に、けれど迷いは感じられなかった。

「ライナーはわたしのこと守ってくれるんだよね?」

「……ああ」

コレットが口にしたのは、二人が出逢ったばかりの頃にした約束の言葉。出逢ったばかりのコレットは人見知りがひどく友達も作れず、いつも何かに怯えていた。ライナーがそんな彼女を見かね、元気づけるために結んだ約束。

逆に今はライナーが守られている。その状況が情けないやら恥ずかしいやらで返答の歯切れも悪くなる。

「わたし、それに甘えてた。ライナーがいれば守ってくれるって、自分でどうにかしようって思ってなかった……ごめんね、ライナー」

未だに震える声は敵を前にした恐怖か、それとも今までのことに対する後悔か。

それでもコレットは宣誓するように、高らかに言い切った。

「だから、わたしもライナーのこと守るよ。頼ってばっかりだったわたしとは、今日でお別れ!」

そんな彼女を見て、これが本当にコレットなのか、ライナーは困惑する。

今でこそライナーの無茶を諫める、強気な部分が多く見えるようになったが、それは裏返せば臆病さからくる無謀に対する忌避感が原因だ。コレットは危険や変化というものを好ましく思わない性格をしている。

その原因か定かではないが、彼女が幼い頃、命の危機に瀕してこの村に移り住んだ過去が関係しているのかもしれない。

平和な現状の維持を望み、そこへ影を差す不穏や危険は徹底的に遠ざける。それがライナーの知るコレットという少女だった。

そんな彼女が今、武器を携える敵を前にして立ちはだかっている。言葉の通り、ライナーを守るようにして。

けれどよく見ればその体は微かに震えていた。

当たり前だ、とライナーは思う。コレットも自衛の一環としてライナーと共に彼の両親から戦闘の手ほどきを受けてきた。筋が良いと褒められ、確かにそれだけの才能と実力はあった。恐らく今でも村の中ではライナーの次くらいには強いだろう。

しかしそれは実戦でその実力を発揮できれば、の話である。練習や手合わせでは相当な力を見せるコレットは、いざモンスターとの戦闘では委縮してまともに攻撃を仕掛けることができなかった。戦うこと、傷付くことへの恐怖、死の可能性がコレットの動きにストッパーをかけているのだとライナーの母親、レオナは言っていた。

それほどまでに臆病な彼女が、自分より強い人間の敵を前にして恐怖を感じていないわけがなかった。それでもコレットはその恐怖を押し殺して、自分を守るためにここまで来てくれた。

ライナーの全身に力が巡る。ここで立たなければ男じゃない、と自分を奮い立たせた。

「……なら、俺の背中は任せるぜ」

「うん」

「その代わり、お前の背中はおれが守ってやるよ!」

戦況は依然として劣勢。

しかし不思議なことに、コレットが隣にいるだけで負ける気などまるでしない。久しぶりに湧き立つ、闘技大会でハロルドと戦った時のような昂揚感。

チラリと横目でお互いの姿を確認し合い、無言で頷く。それを合図にしたように、まず飛び出したのはライナーだった。

「『火龍』!」

再び放たれる炎の龍。先ほどと違うのは、相手に当てるための攻撃ではないということだ。

狙いは二人組の間。ちょうどその真ん中をライナーの火龍が襲う。双剣使いは左に、槍使いは右にそれぞれ回避行動を取る。目的はこうして分断させること。

この機を逃すまいとライナーとコレットが双剣使いの下へと一直線に向かう。

武器は折れ、盗んだ剣を背負っている槍使い。万全で戦える双剣使い。普通なら前者を狙うのかもしれない。けれどライナーはこう考える。『双剣使いを倒せば、おれ達の勝ちだ』と。

数だけ見れば二対二の互角。しかし相手はどちらも自分達よりも強く、まともにぶつかれば負けるだろう。

ならば二対一の状況を作り、先に双剣使いを落とすことができれば。残るはパワーこそあるが武器を折られ、スピードもライナーに劣る槍使いのみ。そうなれば剣を奪い返せる可能性が高くなる。

「はあ!」

真横から薙ぎ払うように一閃。双剣使いはバックステップでそれを躱すが、ライナーを追い越して接近したコレットが、回転しながら遠心力で速力を上げた二本のトンファーを振り抜いた。

キィンという甲高い音が響く。コレットのトンファーは、双剣を交差させることで防がれる。

しかしそうすることで双剣使いの体が浮いた。一撃の威力に加え、正面から受ければ武器が破壊されると判断して双剣使いが後方へ飛んで勢いを殺したのだ。

空中に浮けば自慢のスピードは生かせない。回避手段のなくなった双剣使いに、ライナーは自身が誇る最大威力の攻撃を放つ。

「『 天翔(てんしょう) 咆哮(ほうこう) 』!」

刀身の残像が生れるほどの速度で振り抜かれた剣。それにより双剣使いの獲物は砕け散るが、この攻撃の真価はここからである。

高速で振るわれた剣により発生した衝撃波が、まるで唸るような音を上げて相手を襲う。拮抗することもなくその圧力に押し負け、吹き飛ばされて岩盤に背中を打ち付けた双剣使いはそのままズルズルと崩れ落ちた。

あの様子なら気を失ったか、そうでなくともすぐに戦闘に復帰はできないだろう。

「ライナー、危ない!」

しかし安堵の息をつく暇もなくコレットから鋭い声が飛ぶ。背後から迫るのは折れた槍による猛烈な突き。

その速さにライナーは直感的に避けられないことを悟る。防御も間に合うか微妙なタイミング。そこにコレットが割り込む。

刺突の横っ腹をトンファーで弾き、軌道をわずかに逸らした。ライナーの耳元を轟音と共に掠めていく。しかしライナーはその攻撃に怯むことなく、一足で間合いを詰めて槍使いの背後を取った。

「これは返してもらうぜ!」

速度の乗った突きを回避されバランスを崩した槍使い。ライナーはその背中に掛けられていた宝剣の箱を奪い返す。

手の中に感じるしっかりとした重み。それは剣の道に関してとても厳しかった両親が自分の成長を認めてくれた証でもある。ライナーにとっては剣そのものとしてよりもさらに価値のある、譲れないもの。

だからこそ絶対に取り返したかった。そしてこうして取り返した瞬間、そこに致命的な油断が生れてしまった。

不意に手の中の重みが消え失せる。あまりにも突然のことに、ライナーは何が起きたのかすぐには理解できなかった。落としてしまったのかとも思ったが違う。落とした感触も、音もしなかった。

そして背後に感じる、今までいなかったはずの、何者かのプレッシャー。

ライナーが瞬時に振り返る。そこにいたのは槍使いや双剣使いと同じように黒いローブに身を包んで顔を隠した誰か。どう見ても敵の仲間だろう何者かのその手には、先ほど奪い返したばかりの剣が収まっていた。

「だ、誰だ!?それを返せ!」

「……」

ライナーが剣を構えて威嚇するも相手はそれに反応を示さない。むしろ聞こえていないように槍使いの方へ剣を渡す。すると槍使いは武器を捨て、剣の箱と、未だ動けずにいる双剣使いを背負うと逃げるように深い霧の中へ消えていった。

「待てっ!」

それを追いかけようとするも、ライナー、そしてコレットの前に最後の一人が立ち塞がる。

見せつけるように、ゆっくりと腰に刺した剣を抜く。何の変哲もない、どこの武器屋でも売っていそうな長剣。

しかし相対した二人には、それが邪悪極まりない凶器に見えた。その原因は長剣を握っている人間の所為だと悟る。

戦うまでもなく、格が違うと理解させられた。自分達とはもちろん、先ほどまで戦っていた二人組すら比べ物にならないプレッシャーが長剣使いから放たれている。

(コイツに勝てるのか……?)

ある種の全能感すら覚える昂揚はまだ体に残っている。だがそれを以てしても長剣使いに勝てるイメージが全く湧いてこない。

嫌な汗が全身から流れ出る。ライナーとコレットが圧され、気後れしたその一瞬のことだった。

長剣使いが、二人の背後に立っていた。

「なっ……!」

わけが分からず、咄嗟に距離を取る。

しかし長剣使いは隙だらけの二人に追い打ちをかけず、背後を取ったまま動かない。それがいつでも簡単に自分達を殺せると物語っているようだった。

抗い難い実力差。戦意が失われそうになるのをなんとか堪えるが、初めて感じる本当の命の危機に体が思うように動かせない。

生き残ることを選ぶなら逃げるしかないだろう。しかしそれは剣を諦めることを意味し、また、確実に逃げ切れる保証もない。故にライナーは苦渋の決断を下す。

「コレット、お前は逃げろ」

「そんな!ライナーはどうするの!?」

「おれはコイツの足止めをする」

なんとかコレットだけでも逃がすならそれが最善だとライナーは判断した。問題は自分がこの長剣使い相手にどれだけ食い下がれるか、ということだが。

「ライナーを置いてなんていけない!」

「いいから逃げろ!」

「イヤだよ!」

言い合う二人。その様子を静観していた長剣使いがついに動く。

まるで上から糸で引かれているかのように、その体がふっと中空に浮かぶ。後方へ跳躍し、長剣使いが岩の上に降り立つ。そしてその姿が再び消える。

また後ろか、と二人が揃って振り返るがそこに長剣使いはいない。困惑する間に周囲から石が崩れるような音が連続して聞こえ始めた。それは収まることなく、むしろ音の間隔を 狭(せば) めながらくり返される。

霧が濃く、視界が悪いというのも確かにある。だがそれを差し引いても長剣使いの速さは目で追えないほどだった。

そう、まるでハロルドを相手にした時のように。

一瞬、まさかという考えが浮かぶ。だがライナーはそれをすぐさま否定した。

論理的な根拠があったわけではない。ただ、友達であるハロルドがそんなことをするわけがない、という感情論によってもたらされた判断だ。

内心でそう葛藤している内に長剣使いの姿を完全に見失う。そして間断なく聞こえていた音が途切れた。

代わりに訪れた、自分の心音すら邪魔に感じる静寂。全神経を集中させてライナーとコレットは周囲の気配を探る。

気が遠くなるような、数十秒の無音の時間。

それに終わりを告げるように、カツン、という音が背後から聞こえた。二人はそれに対して条件反射で振り返る。振り返ってしまった。

音の正体は小石。岩にぶつかりでもしたのか、コロコロとライナーの足元に力なく転がってくる。

釣られた、と思考するのとほぼ同時、今度こそ本当に背後から迫る死の気配。悔いを感じながら、自分の死を覚悟した。

そして命を切り捨てる剣がライナーを襲う、と思われた時だった。耳を刺す鋭い音と、くぐもった呻き声、そして――

「程度を知れ、雑魚が」

そんな声が聞こえた。記憶にあるよりも低く、けれど懐かしいような声が。

何が起きたのか分からず、ライナーやコレットを庇うように立った男の背中をただ見つめることしかできない。

自分より大きい、180センチはあるだろう身長。 白霧(はくむ) の中にあってくっきりと浮かび上がる黒髪。両手に握られた二本の剣。

「貴様如きが俺の邪魔をするな」

何よりも、遥か高みから相手を見下す、辛辣なセリフ。

あの日から長く、長く追い続けてきた。友達で、ライバルで、目標だった男の背中がそこにあった。