軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

79話

コレットがライナーと一緒に病室を出ると看護師さんの他にもう一人、見たことのない人物がいた。

親しみやすそうな笑顔を浮かべた中性的な顔立ちのその人は名前をエルと名乗った。年の頃は自分やライナーと同じかやや年下くらいの印象を受ける。

エルは商人見習いらしく今日この村にやってきたのだという。そして隣町の方からやってきたという話をした途端、それにライナーが食いついた。

「この村にくる途中に黒いローブを被った二人組を見なかったか!?」

そんなライナーの言葉で、コレットの中で燻っていた嫌な予感が確信へと変わる。ライナーは彼の両親を襲い、剣を持ち去った強盗を追うつもりなのだ。

常識的に考えてそれは難しい。日頃からライナーを鍛えている、つまりライナーより強い二人が負けた相手に彼一人で挑むのは自殺行為に等しい。もしここでエルがグリフィス家を襲った人影らしき人達を見かけたと証言すれば、ライナーはすぐさま追うだろう。

だからコレットはエルには知らない、見ていないと答えてほしかった。しかしその祈りは通じない。

「そういえばおじさんが夜行中に怪しい人影を見たって言っていた気がする。その二人組かは分からないけど」

「本当か!?」

「うん。おじさんに詳しく聞いてみるよ」

とんとん拍子に話が進む。

おじさん、というのはエルがついて回っている行商人のことらしい。エルについていき、村にある数少ない宿までやってくる。

エルが少しだけ待っててと残して二階へと消えていった。

時間にして数分。エルが一人の男性を連れて再び現れた。

「お待たせ。おじさん、この二人がさっき話したライナーとコレット」

「こんにちは。話を聞いたが大変な目に遭ったようだな」

「はい……あの、それで昨日の夜に不審な人影を見たって聞いたんですがどんな感じだったか覚えていますか?」

「どんな感じか、ね。俺も夜行灯を灯していただけだから暗くてそこまではっきりと見えたわけじゃないんだが……そうだな、二人組で夜中だってのにローブを目深く被ったような影だった」

「他には?」

「後は箱か何か、細長いモンを持っていたように見えたが」

「間違いない、そいつらだ!」

ライナーが突如として大きな声を上げる。

細長い箱のようなものを持ったローブの二人組。そして逃走した方向も合致している。

ここまで条件が揃っているならその二人が強盗犯の可能性は高い。それはつまりライナーの行動指針が明確に決まってしまったことを意味する。

「こうしちゃいられねぇ。早くアイツらのことを追わないと……!」

「お、落ち着きなよライナー」

「そうだよ。追うにしたって準備がいるし、今から追いかけたところでそうそう追いつくことなんてできないんだから」

ライナーを宥めようとするコレット。それを援護したのはエルの、至極真っ当で冷静な意見だった。

それによって頭に昇っていた血が幾分下がったのか、ライナーが声のトーンを落とす。

「で、でもさ……俺はどうしても取られた剣を取り返したい。あれは俺にとってすごく大事な物なんだ」

「だからってレオナさん達が勝てなかった人達と一人で戦うなんて危ないよ」

「分かってるけどだからってアイツらを見逃せっていうのか?」

「そうは言ってないでしょ!相手の格好とか人相も分かってるんだから警備隊や騎士団にお願いすれば捕まえてくれるはずだよ」

「そんな悠長なことしてたら逃げられちまうっての!」

ライナーが再びヒートアップしていく。それに釣られてコレットの語気も荒くなってしまう。

二人の意見はどこまで行っても平行線だった。

そんな二人の口論を遮るようにパンパンという音が響いた。音の主は手を叩いたエルだった。

「二人とも落ち着こうか。追うにしろ警備隊に連絡するにしろ迅速に動くが吉だよ。こういうのは早さが勝負の分かれ目だ」

「う、確かに……」

「というか警備隊への連絡はもっと早くやっておくべきだったと思うけどね。どっちにしろ悪いことにはならないんだし」

返す言葉もなかった。混乱していてそこまで考えが至らなかったこともあるが、それ以上にライナーが相手を追うことへの不安と恐怖で思考が正常な状態とは言い難かった。

そんなコレットを尻目にエルは大きな肩掛け鞄からペンと羊皮紙を取り出すと、ニコリと笑うとこう言った

「ボクは似顔絵が得意なんだ。相手の人相を見たなら教えてよ。犯人探しに多少は役立つかもしれないしね」

自身が書き上げた人相書きを見つめながらエルは小さなため息をついた。

色々考えて動いているように見えて、ハロルドは結構抜けているのではないかと思ってしまう。

ライナーから聞き出した男の人相はやや頬のこけた紫がかった髪の青年。目に生気がなかったという証言もあり、ハロルドの言っていた通り感情が欠落しているが故だろう。

もしこれが触れ回ればハロルド達は動きづらくなること請け合いである。いくらなんでも四六時中顔を隠しているわけにもいかないのだ。そんな人間がいればどうしたって目立つ。人の目に触れれば正体が露見する危険性も高まる。

単純な話だ。

エルはこれを警備隊の人に届けてくるよ、と告げて一時ライナー達と別れた。そして人気がないところまでくると人相書きを鞄の奥へしまい込む。

今回はたまたま、本当に運よく通報されることを阻止できた。エルとしてもハロルド本人ではないとはいえ仲間の顔バレをさせているとは思いもよらず、完全に意表を突かれた出来事である。

人相書きを仕上げつつそれとなく探ってみたが、相手の顔を見たという事実は他の大人や診療所の医師にはまだ告げていないとのことだった。

エルがこれを握り潰せばハロルドが厄介な事態に見舞われる可能性がいくらか減る。そしてエルが選択するのは当然ながら事実の隠蔽である。

とりあえず今ハロルドのところへ早馬を向けているので、もし意図して素顔を露見させたと確認が取れれば改めて然るべき場所に届け出ればいい。

些か以上に面倒だが、それもこれもハロルドが頑として最低限の情報さえ提供してくれないからである。する必要がない、と考えているのかもしれない。言い換えるならば信用されていないということだ。

せめてハロルドが何を目的として動いているのか知れればエルとしてもいくらか動きやすくあるのだが。

まあ今そんなことを嘆いたところでどうしようもない。

エルにはそれよりも気にかかることがあった

先ほどまでのライナーとコレットのやり取りを思い返す。ライナーがいち早く強盗犯を追いたいのに対し、コレットは然るべき手段を用いての第三者による解決を模索している。

どちらが正しいとか正しくないなどはどうでもいい。このままだと二人の意見は割れ、ライナーだけが追跡を開始してしまう恐れがある。

ハロルドの話ではあの二人が揃って追いかけてくるということだった。少なくともそう予想しているのは間違いない。

では万が一ライナーとコレットが別行動を取ったら?

これもまた面倒な話だがなんとかしてコレットに後を追わせる必要がある。一応コレットがライナーと行動を共にしない可能性がある、というのも早馬で伝えるようにはしてある。

あとは二人を観察しつつ、ハロルドからの返答を待つ。

そんなことを考えつつ二人の元へ戻ったエル。しかしそこにライナーの姿はなかった。

「あれ、ライナーはどうしたの?」

「……あの人達を追いかけるからそのための準備をするって」

準備というのは恐らく武器や装備類、いわゆる旅支度だろう。ライナーはもう完璧に、それこそ今すぐにでも追いかけるつもりなのかもしれない。

そんな彼のことを思うコレットはやはり浮かない顔をしている。

「心配かい?ライナーのこと」

「うん。どう考えたって危ないよ……」

「まあね。でもそう思うならコレットがついていってあげたりしないの?」

「無理だよそんなの。私、戦うのとか苦手だし……」

苦手、とコレットは言った。それ自体は本当のことなのかもしれない。

だがその両足、太もものにはある物がついている。黒い革製の、円形の棒を収めるようなホルダー。獲物はないが、恐らくは武器を収めるためのものだろう。

戦うことが苦手なのと戦えないということはイコールで結ばれるものではない。幼い頃からライナーと共に過ごしてきたのなら、ライナーの両親から何かしら武術の手ほどきを受けていることも充分考えられる。

その上でここまで極端に戦うことに苦手意識を持っているのは生来の気質か、それとも彼女の過去に戦うことへの忌避感を植え付ける出来事でもあったのか。

(過去、か。そういえばハロルドはコレットやライナーと面識があるような口ぶりだったけど……)

今のところ過去というか素性がトップクラスに知れない協力者の顔が脳裏に浮かんだ。

その辺も含めて少し探りを入れてみようかな、と考える。

「それにしてもライナーの家に侵入した強盗犯ってどんな人達だったんだろう?」

「どんなって?」

「言葉は悪いけどここって王都からは離れた小さな村だし、金目の物なんてあんまりないでしょ?それなのにわざわざ盗みに入ったってことは明確な意思があったと思うんだよね」

「それが盗まれたっていう剣?たまたまじゃないのかなぁ」

「たまたま盗みに入った強盗が、元冒険者だったライナーの両親より強かった。そんな偶然はなかなかあり得なさそうだけど」

偶然がいくつも続けばそれは必然ということだ。当然今回の一件も仕組まれたものである。

そういう認識を持っているかいないかでいざという時の行動に差が出る。コレットやライナーには疑って物を見る意識を備えてほしいなと、とエルは思う。どうもこの二人は田舎育ちのせいなのか素直すぎるのだ。

「確かに、そう言われると……」

「それだけ盗まれた剣には価値があったのかもね。ちょっと気になるよ」

なにせ空想上の物だと思われていた宝剣である。知的好奇心の塊であるエルにとってはどうしたって興味をくすぐられる。

あのユストゥスが迂遠な手段を用いてまで収集しているのだから何もないわけがない。

「ライナーのお父さんとお母さんが冒険者だった頃にダンジョンから発掘した剣らしいけど」

「ダンジョンかぁ。ロマンがあるよね」

「そうかな?」

「なんて言ったって一獲千金の代名詞だよ?」

コレットの過去に探りを入れるため、まずは他愛のない会話で親しみやすさを演出しようとする。解きほぐすほどの警戒心さえ感じないが、さすがにいきなりそこまで踏み込むことはできない。今日明日で効果が出ることはないけれど、今後も顔を合わせることは確定的なのだ。そう考えればこういう小さな積み重ねが今後に生きてくる。

その後もコレットと毒にも薬にもならない話をしながらライナーを待つ。

そしてふと会話が途切れた瞬間を狙って、エルが意味ありげに呟いた。

「それにしても、黒いローブの強盗かぁ」

「何か知ってるの?」

「いや。ただ、黒いローブとか黒ずくめって聞くと連想される人がいるんだよね」

「連想される人?」

「コレットは聞いたことないかな?ハロルド・ストークスって名前」

その名前を出した途端、コレットの顔色がハッキリと変わった。もうそれだけで何かしらの関係があると雄弁に語っているようなものだった。

本人は動揺を隠そうとしているようだが、嘘をつくのが致命的に下手らしい。

「き、聞いたことないなぁ」

「そうなんだ。王都では有名な人でね。歳はコレットやライナーとそう変わらないんだけど、今じゃ王国一の悪人なんて呼ばれているんだよ」

コレットの表情が悲し気に歪む。

その様子を観察しつつエルは口を止めない。

「騎士でありながら国を裏切って戦争を起こそうとした反逆者。騎士団を辞めて、かつての仲間を数十人以上惨殺した騎士殺し《ナイトキラー》。代表的なのはこんなところだけど、他にも彼の悪逆非道さを語る逸話には事欠かないね」

「……」

ついにコレットは押し黙ってしまった。そんな話など聞きたくない、とでも言いたげに俯いている。

ハロルドという人間の噂を知らなければ「そんな悪党がいるのか」と驚くだろう。知っていれば「アイツはとんでもない大罪人だ」と同調する者が多い。

ではコレットのような反応を示すのはどんな人間だろうか。

恐らくはハロルドが噂に聞くほどの悪人ではないと、言わば彼の本質を理解している者ならば、エルの話など聞くに堪えないものかもしれない。それはつまり、口を開けば皮肉と嘲笑ばかりな男の、非常に分かりづらい優しさに触れたことのある稀有な人間ということだ。

「もしかしたら今回の犯人はそのハロルドって男かもしれな――」

「そんなことない!ハロルド様は、そんなこと絶対に……!」

その後に続くはずだったであろう「しない」という言葉が最後まで吐き出されることはなかった。それはコレットがハロルドを疑って言い淀んだからではなく、咄嗟に口をついてしまった言葉をなんとか押し留めようとした結果である。

そしてそれは完全に手遅れだった。

コレットの顔がさっと青ざめる。まるで“言ってはいけないことを口にしてしまった”ように。

「……ねえ、コレット」

「ち、違う。今のは、違うの……」

頭を左右に振って、必死に「違う」とくり返すコレット。その様子は実年齢よりもさらに幼く見えるほど、弱々しく、何かに怯えているようだった。

コレットがここまで狼狽えるほど隠しておきたい、ハロルドが大きく関わっているだろう過去。そういうものが存在するのだと、エルはこれで確信を得た。そしてコレットにとっては無情ともいえる判断を下す。

「分かったよ。聞かなかったことにしておくさ」

安心させるように、表向きの笑顔を浮かべる。素直な彼女は、それにすんなりと騙されて、小さくありがとう、とだけ呟いた。

感謝を向けられたエルの内心を、コレットが知る術はない。

コレット・アメレール。彼女の経歴を探れば、ハロルドの秘密の一端を垣間見えるだろう。

エルがコレットの過去を洗い出し始めたのは、それからすぐのことだった。