軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77話

翌日、ブローシュ村に向かう夕刻まで時間に猶予のあるハロルドは星詠族を自分の部屋に招き入れた。そして備え付けの丸テーブルに座らせ、その前に紙とペンを置いた。

ハロルドは無表情で座る二人の前に仁王立ちしていた。

「これから貴様らに質問をする。口で答えられずとも文字を書くことはできるだろう?」

ハロルドの鋭い視線にも二人は反応を見せないがそれに構わず質問を始める。

「まずは貴様らの名前を書け」

そう言うと、驚くほどあっさり二人は用紙に文字を綴っていく。単なる思いつきだったがまさかの有効策だったらしい。

二人はほとんど同時に書き終わった。それぞれの用紙を覗き込む。

“リリウム”

“ウェントス”

それが少女と青年の名前のようだ。続いて年齢を書かせるとリリウムが十六歳、ウェントスが二十二歳だということが判明する。

だが上手くいったのはここまでだった。

好きな物は?今考えていることは何だ?人形扱いから解放されて、元に戻りたいか?

そういった質問に関しては二人の手が全く動かなかった。しばし考えた後にハロルドは質問の方向性を変える。

「身長は?」

回答。リリウム“一五一センチ”、“ウェントス一七八センチ”。

「利き腕は?」

回答。リリウム“左”、ウェントス“右利き”。

「ユストゥスに囚われる前の記憶はあるか?」

両者不回答。

「ユストゥスのことをどう思っている?」

両者不回答。

「戦闘の実戦経験はあるか?」

回答。リリウム“ない”、ウェントス“あり”。

「魔法は行使可能か?」

回答。リリウム“可能”、ウェントス“可能”。

「家族構成は?」

回答。リリウム“父、母、姉”、ウェントス“両親、祖母”。

「質問に回答するのは面倒か?」

両者不回答。

その後もあらゆる質問をくりかえしながら回答不回答の傾向を探っていく。

そして見えてきたのは客観的事実には回答、本人の主観や感情が混ざる質問には不回答という一貫性だった。ユストゥスに感情を封じ込められたことが原因かは分からないが、最たる情報源となり得る“記憶”に関する答えは引き出せないようになっているようだ。

ユストゥスが施したセキュリティーなのだろう。逆に言えばあの二人はそれだけの情報を持っている可能性があるということだが、現状それを知る手段はない。

なのでひとまずそれは置いておく。

とりあえず当初の目的であった本人達の名前を知ることはできた。相手のパーソナリティを尊重することが好影響に繋がるかは不明だが、ハロルドとしては接しやすくなるのでそれだけでも意味はあるだろう。

そうこうしていると部屋の扉がノックされる。開くとそこに立っていたのはこの宿屋の従業員だった。

話を聞けばここに宿泊しているロードという名前の黒髪赤眼の男性に渡してほしいという手紙を預かったとのこと。部屋の二人に聞こえないよう依頼主の容姿を聞いてみるが、エルとはまた違う人間であるらしかった。

別人か変装か何かしらの煙幕を張ったのだろうが、しかし手紙の主はやはりエルで間違いなかった。

どうやってハロルドがここに宿泊していることを掴んだのか。相変わらず驚異の情報網である。

とりあえずリリウムとウェントスを退出させて手紙を読む。内容としては問題なく進んでいるので事前に決めた通りに計画を実行できる、というものだった。もうこの町に潜入しているのは確かだろう。

そして迎えた空が夕闇に染まる時刻。ハロルド達はその闇に紛れるように行動を開始した。

町からブローシュ村までは徒歩でおよそ五時間。今からだと深夜の到着予定だ。

当然ながら馬を使えばもっと速いし用意も可能だったのだが、剣を盗んだ後に馬での逃走となるとライナー達がフォグバレーまでに追いつかないかもしれないという懸念があったので原作通り徒歩で行くことにした。

ちなみにフォグバレーとは読んで字の如く濃霧に包まれた谷のことだ。

原作ではそこでライナーは剣を盗んだ犯人達に追いつき、取り返しかけたところでもう一人の仲間に隙を突かれて再び盗まれるという形になる。なんでそんなところに犯人一味が留まっていたのかは全くもって不明ではあるが、その方が 主人公(ライナー) にとって都合がいいから、で納得すれば済む話だ。

普通ならそう都合よくはいかないかもしれないが、この世界には原作知識を持ったある意味最強の裏方がいる。言うまでもなくハロルドのことだ。

今回も剣を盗んだら少し遅めのスペースで帰還し、今度はローブで顔を隠しながら隣町を抜け、黒ローブ三人組という印象を残してフォグバレーの方へ立ち去るという行動を取ればライナー達もタイムラグもほとんどなく追ってくることができるだろう。

あとは適当な理由でもつけてフォグバレーの谷底をうろついていればライナーとコレットが姿を現すはずだ。

今後のことをシミュレートしながら、時たま襲い来るモンスターを鎧袖一触で倒すこと約五時間。ようやくブローシュ村が見えてくる。村を囲うような木で組まれた柵や門はあるが王都のような見張りの姿は見当たらない。

門は閉まっていたがそれくらいなら問題ない。ハロルドは軽く助走をつけてからジャンプすると、右足と左足でそれぞれ一度ずつ柵の側面を蹴って飛び上がる。そうすることで四メートルはあろうかという柵の上部に到達した。

夜の暗闇に慣れた目を凝らして柵の内側を探るが人の気配はない。それを確認してから飛び下りると音もなく着地する。

しかしリリウムとウェントスが後に続いてこなかった。まさか登れないのかと思いつつ静かに閂を外して門を開ける。すると二人が入ってきた。

ユストゥスからは戦闘能力はそれなりに高いと聞いているしゲームでの戦いぶりからすればこのくらいの芸当はできそうなものだが。

まあそんなことを気にしている暇はないので迅速に行動を開始する。

弱い月明かりしか光源がない深夜。その月も時々薄い雲に阻まれて月光も遮られている。

そんな暗闇の中で黒ずくめの人間を視認することは難しいだろう。そもそもこちらを確認するような人目すらない。

村人はほとんど眠りについているようだ。パッと見では明かりがついている家すら見当たらない。

ハロルド達にとっては好都合である。

事前に渡されてある地図に加え、ゲームの記憶を照らし合せてライナーが暮らしている家の場所を割り出す。特に俯瞰した景色が頭の中にあったことが大きくそれほど時間もかけずにライナーの家を発見した。

近くの物陰に身を潜めながら様子を窺う。

周囲の家と同様に明かりは消えている。どうやら寝静まっているようだ。

それでも細心の注意を払いながら、それでいて素早く建物に忍び寄る。目的は家の中ではなく離れの倉庫。

そこに宝剣と呼ばれる“グラムグラン”が眠っているはずである。

扉の南京錠らしきものを一刀両断して中に入る。さすがに中の構造までは不明だ。ここであまり時間をロスしたくない。剣を見つける前に気付かれると逃げるのが面倒になってしまうからだ。

倉庫内は暗いが幸い大して大きくはない。ローブ内に忍ばせていたランプを灯して中を探っていく。

物が乱雑しているがそういったところに大事なものを置いておくことはしないだろう。探さなくていい分捜索範囲を絞れて分かりやすい。

そうして探すこと十五分ほど。棚に並べられた壺や籠手の奥に隠すようにしまわれていた鉄製で長さ一メートル以上ある長方形の箱を見つけた。留め金を外して箱を開けば、そこにあったのは正真正銘のグラムグランであった。

持ち運びしやすいようにか幅の広い革製ベルトの肩紐がついているそれをウェントスに掛けさせる。

外を確認してくると言い残してリリウムとウェントスを倉庫内に留まらせ、辺りを探すフリをしながら小石を投げつけて小窓のガラスを叩き割った。悪いと思いつつも完全に成功してしまっては元も子もない。

闇夜を裂くような甲高い音が響く。これで間違いなくライナーを始めグリフィス一家は異変を察して飛び起きたはずだ。踵を返し倉庫に戻ったハロルドは我ながら白々しく思いながらも、傍目にはそう感じさせないほど苛立たし気に告げる。

「厄介事だ。原因は分からないが俺達の存在が露見した可能性がある」

そう口にしたところで二人の顔色は変わらない。まあそうだよな、と納得しつつ倉庫の扉をわずかに開いて外を見てみればもうライナーの両親であるオルベルとレオナが武器を手にした姿で周囲を警戒していた。

じりじりとハロルド達が隠れている倉庫の方へと近づいてくる。一旦扉から離れて再び二人のところへ戻り次の行動を指示する。

「俺の合図に合わせて一気に外へ飛び出せ。外にはそれなりの手練れが二人いるが貴様らだけで何とかしてみせろ。ただし殺すと事後処理が面倒だ。追ってこられない程度に痛めつけたら引け。増援があっても同様だ。いいな?」

頷くだけの返答だがしっかりと理解はしてくれたようだ。

それを確認してハロルドは外の気配に神経を研ぎ澄ませる。意識すれば周囲の気配をある程度探れるくらいにはハロルドの察知能力は向上している。

それを駆使してオルベルとレオナの距離が一メートルを切った辺りでハロルドは左腕を振って合図を出す。それに反応したリリウムとウェントスが飛び出した。

奇襲成功、かと思いきやさすが元冒険者というだけあってオルベルとレオナはしっかり迎撃の準備を整えていた。初撃を受け止めすぐさま攻勢に反転。結果的に後の先を取られた形になる。

「……お前達は何者だ?倉庫で何をしていた?」

「……」

「だんまりってわけね。いい度胸じゃない。とっ捕まえて白状させてあげるわよ!」

レオナと対峙することになったリリウムは相手の苛烈な攻撃を二本の湾刀を巧みに操って次々に捌く。小柄な体躯を活かした俊敏性と手数の多さで互角に渡り合う。

対してリーチの長い槍を扱うウェントスはオルベルに間合いを潰され押され気味であった。純粋な筋力であればウェントスの方が優れているが、こと戦闘技術においてはオルベルが一枚も二枚も上回っている。

そしてオルベルが隙を突きウェントスのガードを崩す。いざ均衡が崩れるか、という瞬間。

鈍色に光る湾刀が高速でオルベルに迫る。それをすんでのところで回避し、眼前を通過した刀は地面に突き刺さった。

投擲した張本人は自分の刀を追うようにオルベルの方へ駆けてくる。その背後からレオナが攻撃を仕掛けようとしたその時、リリウムが跳躍した。それを見計らったように体勢を立て直していたウェントスが、渾身の力で長槍を全力で振り抜いた。

その威力はまさに暴風。避けるのは間に合わないと判断したオルベルが剣でガードを試みるも、遠心力が備わったウェントスの槍はそんなものはお構いなしに砕く。槍はそのままオルベルの脇腹に食い込み、身長一八〇センチを超える筋肉質な体を数メートル吹き飛ばす。

「ぐはっ」

「オルベル!」

その光景に妻であるレオナが叫ぶ。一瞬ではあるが意識が完全にオルベルだけに向いた。

そんな隙を逃すほどリリウムは甘くない。

投げつけた湾刀を回収した彼女はすぐさま反転し、体を地面すれすれに低くしながらウェントスの槍を掻い潜りつつ、そのままレオナめがけて突進していた。わずかでも体を起こせば自分も槍の餌食になりかねないという状況下でもその行動には一分の躊躇いもなく、そのスピードにも淀みは一切存在しなかった。

暴風を潜り抜けた時、眼前のレオナはすでにリリウムから視線を切っていた。この時点で勝負は決まっていた。

リリウムの接敵に気付きレオナもなんとか反応するが体勢が整う前に武器を弾き落され、さらに左足を切りつけられる。

「くうぅっ!」

痛みに顔をしかめながら膝をつくレオナ。息は荒く、倒れたまま体を起こせないでいるオルベル。

どちらも致命傷には至っていないがリリウム達を追うことはできないほどの傷。まさにハロルドの指示をパーフェクトに遂行してみせた。ユストゥスが優秀だと太鼓判を押すだけはある。

そしてこれ以上ないほどのタイミングで、遂にライナーがその場に乱入した。

「でりゃああああ!」

タイミングとしては中々の奇襲だったがそんな声を上げていてはその利も無駄になる。

傍観していたハロルドはそう思ったのだが、予想以上に鋭い一撃だったらしくウェントスのローブが切り裂かれた。雲間から射した月明かりでウェントスの顔が露わになる。

ライナーもそれをしっかりと目に焼き付けたようだった。

「下がりなさい、ライナー!」

このまま交戦となれば今のライナーでは負ける。待ち受ける最悪は死だ。

実際に戦いそう理解していたレオナがライナーを下がらせようとする。

しかしここで引くほどライナー・グリフィスという存在はか弱いものではない。

「下がったら父さんも母さんもヤバいだろ!」

「この程度の傷なんともないから、アンタは下がりなさい!」

「嫌だね!」

ライナーには張るべき意地と通すべき信念、そして強い覚悟がある。足りないのはただ一つ――強さのみ。

そして強くなるために必要な経験は、今ここから積み上げていく。その末に到達するのは世界を救う英雄としての頂。

そんな英雄譚の始まりにハロルドは立ち会っているのだ。『Brave Hearts』のファンならば誰しも興奮する場面である。ハロルドは物陰に隠れながら感動に打ち震えていた。

だがいつまでもそうしているわけにはいかない。

ライナー達が侵入者に集中している内に倉庫から音もなく脱出し暗闇に溶け込む。そしてリリウム達もライナーを増援と認識して戦うことなく撤退していた。

去り際に見えたライナーの拍子抜けした表情も、この時ばかりは頼もしく見えたハロルドだった。