軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73話

三日間にわたり行われたベルリオーズ家での祝賀会。エリカの露払いという心労の溜まる任務もついにお役御免となる瞬間が訪れた。

本当に長かったと嘆息のひとつも吐きたいくらいには疲労困憊である。多大な精神的疲労を負いながらもやりきった自分を褒めてやりたい気分だった。

イツキとユストゥスの共謀に嵌められてなにも知らされないままにエリカの護衛役に就くことを余儀なくされ、ベルリオーズ家に足を踏み入れれば当主だという脳筋男の強襲を受け、それを打ち破れば八歳の少女を嫁にどうだと勧められ、かと思えば祝賀会に参加していた原作のキャラクターにまで襲われて、止めとばかりに事を丸く収めるために提案した決闘はなぜかエリカとの結婚を賭けたハロルド限定のデスマッチと化した。

改めて羅列してみれば連続して災難に見舞われたようなものである。

ちなみに祝賀会の最終日はフランシスがやたら馴れ馴れしくなったり、反対にエリカはどこか挙動不審だったり、それを見るイツキは遠巻きから終始ニヤニヤしていたりはしたが概ね平穏であった。ハロルドがいれば他の男達がエリカに群がることもなく、与えられた任務は完璧にこなしたと言っていいだろう。

しかしハロルドの胸には充実感や達成感などは皆無だった。あるのは自分を騙したイツキとユストゥスに対する恨みつらみくらいのものである。

ただしイツキに関しては二日目の夜にエリカからきついお灸が据えられたらしく、涙声でエリカに謝る声を耳にしたのでハロルドからなにか言う気は失せた。

残るは忌々しい上司、ユストゥスである。再び二日以上馬車に揺られて王都に帰還したハロルドは脇目も振らずに研究所に足を運び、ユストゥスの研究室の扉を蹴破らんばかりの勢いで荒々しく開いた。

いつもなら敵意を向けてくる職員達が思わず目を逸らすほどにハロルドからは怒気が立ち昇っていた。

「どういうことだユストゥス……!」

地を這うような悍ましい声色。それを前にしてもユストゥスはいつもの冷淡な態度を崩さない。

「戻ったのか。今回の任務の報告はいらないぞ。お遊びみたいなものだったからな」

あまつさえハロルドの姿を一瞥するとそれだけ言って自分の作業に戻る。

わざわざ報告などをしにきたわけではない。ユストゥスはそれを分かった上で言っているのだろうが、それが余計に腹立たしかった。

「ああ、お粗末な茶番だった。こんな下らないことをするために貴様に協力しているわけではないぞ」

「協力だって?君はあくまでボクの手駒だということを忘れるな。立場を弁えたまえ、ハロルド」

淡々と、それでいて確かな事実のみを口にするユストゥス。

彼に対してはどんな嫌味や文句をぶつけても暖簾に腕押しだ。いかなる出来事もユストゥスは全て自分の中で結論を出して完結してしまう。他者に揺さぶられ、感化されることなどあり得ない。

いっそ怪物的なまでの意志の固さ。

それでもこれだけは言っておかなければ気が済まない。

「貴様が俺を扱いきれるならやってみせろ。だがな、次にアイツらと関わらせようとするなら俺にも考えがある」

「そんなに大事かね、あの婚約者の娘が」

「戯けが。アイツとは相容れないんだよ。ともすれば貴様以上にな」

「ははは、面白いことを言う!だがそれは当然だろう?君とボクは似通った存在なのだから」

大仰に腕を広げ、肩を揺らして笑うユストゥス。

深淵のような瞳に光はなく、それでも頬は歪に吊り上がり、狂った笑みでハロルドを覗き込む。こんな狂人と同類扱いをされるなどたまったものではない。

最低限言いたいことは言ったし、これ以上話していても不快さが募るだけだ。さっさと立ち去ろうとしたハロルドにユストゥスは陶酔したような口調でこう続けた。

「いくら取り繕おうとも君の根源はボクと同一だ。己の望みのためには手段を選ばない、狂気の 輩(ともがら) だよ」

浴びせかけられた言葉を断ち切るように、ハロルドは入室時と同様に壊れんばかりの力強さでその扉を叩きつける。

文句を言いにきたのに終わってみれば余計にイライラが増す。本末転倒であった。

傍から見ても苛立ちを隠せていないハロルド。ただでさえ嫌われている彼がそんな状態では誰も近寄ってこない。

ただ一人を除いては。

「あれ、帰ってきてたんだ」

対向してきたエルとばったり出くわす。不機嫌なオーラが溢れ出ているハロルドにも臆することなく声をかけてくる。

ただし隣にリーファの姿はなかった。

「アイツはどうした?」

「リーファなら部屋にいるよ。明日故郷に戻るからその準備」

「そうか。俺が不在の間、面倒事は起こしていないだろうな?」

「面倒事かどうかは分からないけど、あったことと言えばユストゥスからハロルドとの出会いを聞かされたくらいかな」

「なにを吹き込まれた」

そう聞いてみればだいぶ脚色された、ある意味ドラマチックな出会いの場面が語られたようである。事実は100%含まれているが、事実とは異なる部分があまりに多すぎた。剣のくだりは完璧に虚偽であるし、ハロルドという人間の危うさを際立たせているのもひどい。

実際にハロルドが口にした中で合致している文言は「力を寄越せ。俺が貴様に本当の地獄というものを教えてやる」くらいのものだ。それすらも若干脚色されていたようだが。

ハロルドはユストゥスが自分をどうしたいのかいまいち分からない。計画のための駒のひとつとしてこき使われると予測はしていたが、どうもそれだけではなさそうだと感じ始めている。

まあどうあったとしてもユストゥスが計画を止めない限り原作シナリオの流れを見て取れる立ち位置は確保できるだろうが。

「というわけでボクだけじゃなくリーファもこの話を聞いてるよ」

「そうか」

「……それだけ?」

怪訝そうな顔でエルが聞き返してくるが、ハロルドとしてはそれ以外に反応しようがない。

ハロルドが大手を振って歩けるのはユストゥスの管理下にあるからであって、その最大の要因は“ユストゥスの開発した剣の実用化実験の被験体”になっているからである。エルですら掴めていない事の真相をおいそれと口にできるはずもなく、この件に関しては肯定しておいた方が無難だ。

まあ協力者になるエルにはその内折を見て話しておいた方がいいだろう。

「他になにを言えと?」

「まあそうなんだけどさ。リーファが結構ショックを受けちゃってね……」

(ショックねぇ……)

それがどの程度のものかは分からないが、知っている人間が死ぬとなればそれがいがみ合うことの多い相手であれ感じるところはあるのだろう。

だからと言ってハロルドからかける言葉はないのが実情だ。仮に思いやりのある言葉で慰められたとして、リーファから見て死にゆく人間に励まされるというのもかえって傷付くような気がした。ならば特に変わった態度を取らず、普段通り接した方がいいのではないだろうか。

「……アイツは部屋にいるんだな?」

「あ、うん」

面倒だが放っておくのも気分が悪い話だ。一目でも見ておくかとハロルドはリーファがいる部屋へ向かう。

エルは「よろしくね」とだけ残してハロルドとは反対の方向へ消えていく。そんな気遣いをされてもこの口は慰めの言葉など吐き出せないのでフォローも兼ねて同行してほしいところではあった。

そんな情けないことを考えながらハロルドは部屋の扉を叩く。

「誰?」

張りのない、いつも元気なリーファらしからぬ声。思い返せばハロルドがカブランの街に出発する少し前くらいから様子がおかしかった。

あれも結局理由が分かっていない。

「さっさと開けろ」

そう言った途端、部屋の中からドタバタと物音が鳴る。

物がひっくり返るような音がいくらか継続し、それが収まるとようやく扉が開いた。ただし数センチの隙間だけである。

その隙間につま先をねじ込んで容赦なくこじ開けた。

「あ……!」

勢いよく開かれたせいでつんのめるリーファ。目に入ったその顔は驚いたような、困ったような表情だった。

落ち込んでいるという先入観のせいか、ただでさえ細身のリーファがさらに華奢になっているようにも見える。もしやつれるほどに心配し、悲しんでくれているのだとしたら嬉しくもあるが、嘘をついているせいなので心が痛む割合の方が多い。

「貴様が落ち込んでいるという珍しい光景が見れると聞いたが思っていたより普通だな。つまらん」

「何ですって!?」

ハロルドの嫌味を前に一瞬でフルスロットになるリーファ。沸点が低すぎる。

裏を返せば扱いやすい、ということだが。

「相変わらず言ってくれるわね……だいたい誰のせいで落ち込んでると思ってるのよ!」

「貴様が勝手に話を聞いて、勝手に落ち込んだだけだろう。そうしろと言った覚えはない」

「~~っ!」

ハロルドのあまりな言い分に怒りで二の句が継げなくなったらしいリーファ。その顔は真っ赤に染まっている。

激しい関係性だが、先のことを考えればこれくらいの方が後腐れもなくやっていけるだろう。

「もう!アンタの心配なんてするんじゃなかったわ!」

「舐めるな。貴様に心配されるほど落ちぶれてはいない」

「本当にああ言えばこう言う奴ね……なのに自分の意志だけは絶対にブレたりしないみたいだけど」

「どういう意味だ?」

「審議所の判決が下ってから今に至る経緯をユストゥス博士に聞いたわ。力が欲しいから、強くなりたいから博士についたって」

「……」

無言の肯定。それを受けてリーファはこんなことを尋ねてきた。

「ハロルドは充分強いと思う。それなのに命を費やしてまでもっと強い力を得ようとするのは何でなの?」

ハロルドにとってはひどく今さらな問いかけ。

力を欲する理由などは決まっている。いざ直接的な死亡フラグが襲いかかってきた時は己の戦闘力が生死を分けることになるからだ。大体にしてあそこでユストゥスの話に乗らなければ処刑されていたわけで。

とにかく死亡フラグが発動しないように事前に対処できるならそれに越したことはないが、原作イベントを回収していけばハロルドは主人公パーティーと三度も戦い、その都度命だけは拾わなければならない。最悪を想定すれば主人公たちがこなすイベントの一部を肩代わりしなければならない危険もある。

その時のためにハロルドは強くなければならない。それこそ死ぬ気で。己の死亡フラグを全てへし折り、回避し、生き延びるために。

「愚問だな。俺にはやらなければならないことがある。たとえ命を懸けてでもな」

正真正銘命がけ。そうでもなければ八年も一日十時間以上の鍛錬なんて継続できるわけがない。キャラ補正だけでは回避できない現実を塗り替えるにはそれくらいの努力が必要なのである。

「命を懸けてでもって、アンタにはもう……」

命なんてほとんど残されていないじゃない、とでも続くところだったのだろうがリーファは言葉に詰まる。どうもハロルドを直視できないでいるようだ。

「まあこの世に俺の命と釣り合う価値のあるものが存在するとは思えんがな。たかが物に俺が殺されるわけがない」

だから俺は死なない、と支離滅裂な論理とも呼べない謎の自信を傲岸不遜に語る。いっそ聞いている方が呆れ返ってしまうほどに。

「はあ……アンタってそういう奴だったわね。本当にそうなるような気がしてくるからすごいわよ」

ハロルドの目論み通り、微かではあるもののリーファの顔に笑みが戻る。呆れも多分に含まれているが辛気臭い表情をしているよりはずっといいだろう。

時が経てば彼女もハロルドが剣に魔力を吸われて死ぬという話が偽りだと気が付く日がくる。それまで重々しく悩まれるより、命をドブに投げ捨てる無鉄砲なバカがいた、とちょっとした笑い話くらいで捉えてもらっておいた方がハロルドとしても気が楽だ。

まあこの様子なら大丈夫そうである。どうせ明日お別れすれば次に会う時は恐らく敵対関係だ。

そうなれば嫌でも吹っ切れることだろう。

そう思い退室しかけたハロルドだったが、リーファに「ちょっと待って」と呼び止められてその足が止まる。一体何だと振り返ろうとしたところでハロルドの聴力が奪われた。

別に魔法の類ではない。背を向けているので姿は確認できないが、リーファが背伸びをし、その両手でハロルドの耳を塞いでいるのだろう。

時間にすれば数秒の出来事。状況を把握した時にはすでにリーファの手は離れていた。

「なにをした?」

「別に~?ただ聞かれたくないことがあったのよ」

じゃあ俺がいなくなってから言えや、という当然のツッコミは飲み込んだ。心労に長旅の疲れも重なって非常に怠いのだ。さっさと眠ってしまいという欲求に負け、結局ハロルドは彼女の意味深な行動をスルーした。

後にして思えばこの時しっかり追及しておけばあそこまで面倒な事態には発展しなかっただろう。まさに後悔先に立たず。

この選択が後にハロルドをとことん苦しめることになるのだった。

空は快晴。爽やかな南風は穏やかに草花を揺らす。

旅立ちにはうってつけの日和だった。

少年から青年へと成長を遂げたライナーは一度腰に下げた剣の柄を撫でてから、晴天の空を見上げて大きく息を吸う。

「本当に行くの?ライナー」

そんな彼に不安げな声で問いかけたのは、こちらも少女から女性と呼ぶに相応しい変貌を遂げたコレット。しかしその表情は声と同様に不安に満ち、瞳は潤んでいる。僅かなきっかけで涙腺が決壊してしまいそうであった。

コレットを安心させるように、ライナーは太陽のような眩しい笑顔を浮かべる。

「そんなに心配すんなって。アイツらが逃げていった方向は隣町だから遠くまでは行かねぇし」

「でも危ないよ!村の外にはモンスターがいるし、レオナさんやオルベルさんが勝てなかった人と戦わなきゃいけないかもしれないんだよ!?」

コレットはライナーの両親の名前を出して彼を引き留めようとする。彼女にはライナーの行動が突飛で、現実的ではないようにしか思えない。

昨日の夜、ライナーの家に物取りが侵入した。物取りは家そのものではなく離れの倉庫に盗みに入ったのだが、偶然にもレオナがそれに気付いて交戦状態に突入。

数は二対二。実戦から離れて久しいとはいえかつて腕利きの冒険者としてならしたオルベルとレオナだったが、闇に紛れるような漆黒のローブを目深に被った物取りの動きは二人を上回っていた。実際に戦ったオルベルとレオナがそういうのだから間違いないだろう。

交戦の末オルベルは脇腹、レオナは左足に深手を負ってしまった。そしてあわや、という時にその場へ乱入したのがライナーだ。上手く虚を突いた一撃は直撃こそしなかったが、物取りの一人のローブを切り裂いた。

その瞬間、一瞬だけライナーは見た。雲間から射す月明かりの下で露わになった相手の青白い顔を。それを契機に物取りは退散し、グリフィス一家は難を逃れた。

しかしすべてが無事だったわけではない。奪われたのは二人が現役冒険者だった時に手に入れた、遺跡の奥に眠っていた宝剣。

本当ならライナーが騎士団長になるという夢を叶えるため、村を出る時に渡されるはずだった。ライナーにとっては奪われたままにしてなどおけない。

「アイツらの顔を知ってるのは俺だけだ。そして戦えるのも俺しかいねぇ」

両親が負傷した今、この村で物取りと戦えるのは自分しかいないという自負がライナーにはあった。

だからライナーは自らの手で宝剣を取り返すと決意したのである。

「だからちょっとの間だけ待っててくれよ。父さんと母さんのことは頼んだぜ?」

「うぅ……」

ライナーが一度決めたことは易々と曲げないことをコレットはよく知っている。だからもう説得できないことも分かってしまう。

行ってほしくない。自分の傍にいてほしい。

そんな思いがコレットの胸の内を支配するが、それを吐き出すことはできなかった。言ってしまえば守られることに慣れてしまった自分の弱さを露呈してしまうような気がして。

もしもこの時自分も一緒についていくと言えたなら、言えるだけの自信があったならきっとライナーを待ち受ける旅路の結末も変わったかもしれない。

「じゃあ行ってくるぜ、コレット」

一歩一歩遠ざかっていくライナーの姿。コレットはそれを見送ることしかできなかった。

彼らは知る由もない。この一歩が途方もなく、長く壮大な、世界の命運さえ巻き込んだ旅路の始まりになるということを。