軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64話

完璧に近い不意打ち。剣の振りも鋭く、このタイミングでは回避はおろか防御も困難だろう。その一撃を前にハロルドはこう結論を下す。

なんだ、この程度か――と。

回避云々はあくまで一般的な見解であり、ハロルドからすれば手ぬるすぎてあくびが出そうだ。

ハロルドが取った行動はダンスステップを踏むような動きで右半身を下げただけ。しかしそれだけで相手の剣は空を切った。

よくよく見てみれば襲撃者の獲物は木刀だった。威力はあるが殺傷能力は低く、斬撃から感じ取れる力量からしてハロルドの脅威には足り得ない。

大上段からの攻撃を空振った襲撃者は致命的な隙を晒している。このまま無力化して拘束することは容易だ。前のめりになった今の体勢ではハロルドの足元くらいしか見えていないだろう。

ハロルドはその左足で木刀を握りしめている両の拳をまとめて蹴り上げた。襲撃者は木刀を弾き飛ばされて激痛に呻き声を上げる。苦悶に歪む顔が反射的に上を向いた。

年齢は五十代ほどに見えるが厳つい顔つきとリンカニックな鬚のせいで実年齢より老けて見えているかもしれない。まあ襲撃者の年齢などどうでもいい情報であり、ハロルドはその男への追撃を放つ。

蹴り上げた足を振り子のように引き戻し、相手の肩に踵落としを見舞う。加減したとはいえそれなりの感触はあったが、屈強な筋肉を身にまとう男は何とか踏みとどまった。その代償は一瞬の硬直。

思いの外の頑丈さに感心しつつ、ハロルドは動けない男の肩に乗った左足を支点にして後方へ宙返りしながら先ほど蹴り上げた木刀を握る。そのまま空中で姿勢を整えると加減するレベルを若干下げつつ木刀を振り下ろした。

ここでようやく硬直が解けた男は頭を守ろうと両腕を交差させて防御を図る。それでも攻撃を受け止めれば腕は潰れるだろう。そう思ったが木刀による斬撃は硬い手応えと金属音によって阻まれた。

破れた衣服の隙間から光沢のある物質が覗き見える。忍者よろしく袖口に籠手のようなものを潜ませていたらしい。もしかすると体格に似合わずそういった戦闘スタイルを得意としているのかもしれない。

だが防いだところで衝撃までは殺しきれない。ガードを崩された襲撃者は堪らず後退しようとするがハロルドは間合いから逃さず追撃に出る。襟首を掴み引き寄せながら男の腹部に膝を叩き込んだ。

「ごはっ!」

男が唾と共にくぐもった声を吐き出す。それを汚いと思いつつも、左手で男の右手首を、右手で頭部を掴むと持ち前のスピードで生んだ推進力のまま壁に叩きつけた。

バコン!という凄まじい音が鳴る。

それが決定打になった。全身を壁に打ち据えられた男はそれっきり抵抗を示さず、試しに手を離してみれば白目をむいたままズルズルと崩れ落ちる。背後にあった壁は凹み、いくつかの亀裂も入っている。相当タフなようだったがこの一撃には耐えられなかった。

しかし襲撃者を撃退したのはいいものの純然たる疑問がハロルドの口をつく。

「こいつは何者だ」

何故か沈黙が支配している大広間でイツキがその答えをくれた。

「……そのお人はオーレリアン・ベルリオーズ。ベルリオーズ家の当主様、だよ」

「……」

ハロルドは混乱した。襲撃者が実はこの家の当主で、その当主を容赦なく叩きのめしてしまったという事実に。

だがイツキの言葉が事実だとするとまた新たな疑問が湧いて出る。

「ほう、つまりは今の極めて野蛮な行為がベルリオーズの客人を歓迎する流儀なわけだな?」

正直正体がバレているなら問答無用で襲われることもなくはないと思っているハロルドだが、滞在中の身の安全のためにもそこは一応聞いておかなければならない。それに気を取られていつも通りの嫌味が炸裂してしまったが。

「返す言葉もありませんわ。危険な目に遭わせてしまってごめんなさいね。愚夫に代わって謝罪致します」

ハロルドの嫌味にも動じずそう言って頭を下げたのはマダムという単語がぴったりと当てはまる、知的な印象の熟女だった。オーレリアンを指して愚夫呼ばわりをしたということはこの女性が妻らしい。

彼女の隣には二十歳ほどと思われる色素の薄い青色の髪をした女性と、その腰に抱き着き警戒した眼差しでハロルドを警戒している少女の姿もあった。恐らくあのどちらかが……というかほぼ間違いなく前者がイツキの結婚相手であるシルヴィだろう。後者の可能性は考えないようにした。

そしてどうでもいいが彼女達三人がオーレリアンを心配している気配はなかった。哀れ一家の大黒柱。

その後ゲームでは回復役を務めるエリカがさすがの治癒魔法でオーレリアンを癒した。見た目以外もしっかり成長していたようで、エリカが魔法を使っているところを眺めながら「ほう……」と感嘆が漏れてしまうほどハロルドとしてもご満悦であった。

ちなみに復活したオーレリアンの最初の一言は「ワシをああも容易く手玉に取るとは気に入った!」だった。あれで好印象を持たれたことで、ハロルドの中のオーレリアンの評価は脳筋で確定済みである。

聞けば彼は有望そうな若者に同じようなことを行ってはその実力を確かめているのだとか。当然イツキも襲撃され、見事に対処しきったそうだ。だからこそシルヴィとの結婚まで話が進んだのかもしれない。

ハロルドからすれば傍迷惑なだけだが。

今は「せっかくなのでみんなでお昼にしましょう?」というシルヴィ――ハロルドの予想は当たっていた――の提案によって全員が丸テーブルについて昼食の最中である。夕方から開始される祝賀会では食事も用意されているため控えめな内容だ。

初っ端の自己紹介を乗り越え、後はなんとか空気に徹しようとするハロルドであったが左隣がオーレリアン、右隣がイツキという面子に挟まれたせいで蚊帳の外にはなれないでいた。

「しかしイツキにロードのような友人がいたとはなぁ」

オーレリアンがご自慢らしいリンカニックの髭を撫でながらそんなことを呟いた。この世界にリンカーンはいないのでリンカニックとは言わないのだろうが、他にどう呼称すればよいのかハロルドには分からない。

「意外でしたか?」

「意外というか近頃の若い男は軟弱だからな。君やロードのように強く、気骨ある青年をワシは好ましく思うぞ」

「ありがとうございます」

「……」

うんうんと頷くオーレリアンと、微笑みながら礼を言うイツキ。そして無関係とばかりに無言を貫くハロルド。あの対応で気骨あるなどと評されるとは、脳筋の思考回路はつくづく難解である。

「スメラギは武家の家系だからイツキさんの強さも納得ですが、ロードさんのお家もそうなのかしら?」

しかし無言の抵抗もむなしくオーレリアンの妻、ブリジットから口を閉じたままでは返答できない質問がなされた。

いざとなればイツキからのフォローもあるだろうと、ハロルドは覚悟を決めた。

「家は関係ない。俺自身の才能だ」

鍛錬というワードが努力ではなく才能に変換される辺りさすがは傲慢なハロルドである。まあ高性能な体なので同じだけ鍛錬してもより早く強く成長するのだから才能で正しいと言えば正しい。

そして面倒なことにオーレリアンが才能という言葉に食いついてきた。

「才能とはよく言いよるわ!ロードよ、お前はいつから剣を握っていた?」

「八年前だ」

「となると十歳からか。ワシが知る実力者達と比べるとスタートは遅いな。それであの強さなら才能というのも嘘ではない」

「当然だろう」

「ちなみにどのような鍛錬を積んできたのだ?」

「ああ、それは僕も聞いてみたいな」

イツキが会話に便乗してくる。見ればシルヴィやブリジットも興味があるようだった。ベルリオーズ家の三女であるノエリアは無関心らしく、隣席のエリカにじゃれついている。三日間そのままでいてほしいものだ。それならばハロルドの仕事と心労が格段に減るだろう。

「特別なことはしていない。暇があれば剣を振り、モンスターを狩っていただけだ」

「以前は無茶をして何度かボロボロになっていたっけね。骨折しながら顔を見せにきた時は驚いたよ」

「まあ、それは大変でしたわね」

「痛そうです……」

「ワシも昔は似たような無茶や無謀を冒したものだ。ロードとは気が合うかもな!」

合わねぇよ、と内心で毒づく。熱血漢は嫌いではないが熱量が半端ではないので適度な距離を置きたい。

「しかし本当に特殊な鍛錬を積んだわけではないのだな。暇があればと言っていたがそれはどれくらいの時間だ?」

そう聞かれてハロルドはこの世界を自覚したばかりの頃を思い出す。色々と考えることや手を回さなければならないことも多かったが、子どもだけあって時間の拘束はほとんどなかった。

将来のために強くなっておかなければならないという強迫観念に駆られていたし、あれこれ問題を抱えていたことで生じる不安やストレスの発散も兼ねていた。また、ゲームの技が実際に使えるという楽しさも大きかっただろう。

とにかく今ほどではないにしろあの時から無尽蔵だった体力に物を言わせて、本当に文字通り空いた時間は全て鍛錬に費やしていた記憶がある。

「明確に定めていたわけではないが、平均すれば一日十時間程度か」

「「「「「……え?」」」」」

ノエリアを除く全員の反応が一致した。エリカもノエリアに構いながら耳を傾けていたらしい。

というかエリカはストークスの邸に滞在していたから知っているはずでは?とも思ったが、あの時は基本的に引き籠っていたし、ハロルドも人目を気にして鍛錬は隠れて行っていた。考えてみればたとえ見かけたとしても十時間もぶっ通しで観察する変人はいないだろう。

「十……え、十時間?二十四時間の内の?」

「それ以外の何がある」

そっけなく返すハロルドだが、イツキが困惑するのも理解できる。ハロルドだって一日十時間も鍛錬している人間がいれば頭がおかしい奴だと思うのだし。

ただハロルドには絶対に強くならなければならない理由があった。そしてやればやるだけ強くなる才能も、いつまでも剣を振っていられる体も、何より死を撥ね退けようという強い意志があった。だからこそできる芸当といえよう。

もしここで今は一日平均十二時間にランクアップしていると知ったらどんな反応をされるのだろうか。ユストゥスからの仕事がない時は本当にどうしようもないほど暇なのである。

「どうやらワシ達とロードの間では“特別”という言葉への認識に食い違いがあるようだ」

「そう思うならそこが貴様の限界だ(※そんなことないですよ)」

場の空気が凍る。面と向かってこの家の長に「貴様」と吐き捨ててしまった。

オーレリアンの肩がブルブルと震えている。そしておもむろに立ち上がると、オーレリアンは天を仰いで絶叫した。

「ワシは自分が恥ずかしい!自分ができないからと言ってそれを無理と断じるなど、矮小な考えであった!ロードのような才能を摘みかねん、愚かの極みである!」

怒ってはいなかった。脳筋の強さ=価値という思考回路を甘くみていたと言わざるを得ない。

ただし死ぬほど面倒そうな状況であることに変わりはなかった。

ひとしきり叫んだオーレリアンは落ち着きを取り戻し、そのごつごつとした両手でハロルドの肩を掴むと真剣な顔つきでこう尋ねた。

「ロードよ、ノエリアを嫁に取らんか?」

「頭がいかれたようだな」

あまりにぶっ飛んだ内容に脊髄反射で返答してしまったハロルドは悪くないだろう。悪いのはオーレリアンの頭である。やはり脳まで筋肉に支配されている人間の考えは理解不能だ。

いきなり嫁入りさせられそうになったノエリア(八歳)も抗議の声を上げる。

「ロードのお嫁さんはヤダ!怖いもん!」

「こちらこそ願い下げだ。童女を娶る趣味はない」

「安心しろ。今はちんちくりんだが十年も経てば美人になると保証するぞ」

確かにノエリアは美少女であり、ブリジットやシルヴィという前例を踏まえれば美しい女性へと変貌するだろう。

だが言いたいのはそういうことではない。ハロルドの心にイライラが募っていく。

「なんならこの邸の一室を与えるからそこでノエリアと……」

「……黙れ」

「実家の説得なら気にするな。ワシが何とかする」

「黙れ」

「イツキとも兄弟となるし悪い話では……」

「黙れと言っている!俺には――!」

喜々として自分の娘との婚約を薦めるオーレリアンを前にして、ハロルドの頭に瞬間的に血が昇った。一瞬の激昂。

しかしその怒りは相当なものだった。ハロルドの憤怒にあてられて全員が気圧されている。

当の本人は叫びながら立ち上がったところで我に返り、言葉を失っていた。それは刹那の感情に身を任せたことへの後悔からきたものではない。

愕然としているのだ。今自分の口からついて出そうになったセリフに。絶望したと言ってもいい。

――俺にはエリカがいる。

意識する前に視線がエリカへと向いた。彼女の視線もまたハロルドを捉える。

天敵だ。厄介な相手だ。彼女の瞳に心がざわつくのはそれが原因だ。ハロルドは必死にそう理由づける。

「ちっ、気分が悪い」

目を逸らしたハロルドは誰も動けないでいる内に、そんな捨て台詞を吐いて大広間から脱出を図る。

とにかく今は冷静になれる時間と場所が必要だった。