軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60話

「どういう……こと?」

ユストゥスが発した言葉の意味が理解できない……いや、したくないのか。分かりやすいほどの動揺を顕わにしながらリーファがそう呟く。

そんな彼女を見てエルは自分がミスを犯していたことに気が付いた。

それはリーファにハロルドがとある研究における被験体だとしか伝えていなかったこと。その詳細は、“自身の命を削ることで力を増幅させる武器”の実証試験。非人道的な研究であることは明白だ。

それでもエルがその事実を公表しなかったのもリーファに伝えなかったのも、必要なことではなかったからだ。

まずこの研究が国家や政治における上層部の権力者達に黙認されている時点で、公表することはおろか研究の存在を知っていることすら大きなリスクを孕む。取引で利用するならまだしも無関係な人間のために公にするなど命を投げ捨てるようなものだ。エルはそこまでの正義感を持ち合わせていないし、権力に対して反骨心溢れるジャーナリズムを秘めているわけでもない。

ましてやそんなことをすれば嫌でも目立つ。ギッフェルトの人間が個人として注目を浴びるのは愚行としか言えないだろう。

これは何もハロルドの件に限った話ではない。言ってしまえばリスクとリターンを比較して、リスクが大きいと判断しただけに過ぎない。

以前からエルはそういう考え方をしていたし、実際に親交を持ってみて分かったのはハロルド自身がその事実をひた隠しにしようとしている、ということだった。その意図は正確に読み取れないが、彼がそうしたいというならエルが口を挟む余地などない。

ハロルドとは協力関係にある。それによって得られる報酬を天秤にかければエルがハロルドの意向に背くことはできないからだ。無論それは交わした約束が本当であればという注釈がつくが、現時点で真偽を確かめられていないのだから結局は同じことである。

だからハロルドの命を弄ぶような研究に嫌悪感は覚えても誰に何を打ち明けることもなかった。リーファがハロルドに恋心を抱きつつあることは承知しているが、あと一週間もすれば故郷へ帰ることになる。その恋を自覚する前に別れが訪れるだろう、そして二人が再会することもないだろうと、そう思っていた。

友達甲斐のない冷めた考え方だと言われても否定はできないが、残酷な現実は知らないでおくのがリーファのためだという思いもあった。関わり合いが薄い内に、恋をしているのだと気が付かない内に、今の関係を終わらせることが誰にとっても最善なのだと。

ハロルドに残されている時間が少ないのならなおさら。

しかしそんなエルの思惑は最悪に近い形で裏目に出てしまった。

リーファがこんな話を聞いて黙っていられるわけがない。

「ここは堪えて、リーファ」

「……ごめん」

分かっていたことだが小声での説得は通じなかった。リーファを羽交い絞めにして物音立てずに撤退などできるはずもなく、そもそもユストゥスが二人の存在を知った上で聞かせた可能性もある。

恐らくはそのための人払いだったのだ。

安易に踏み込むべきではなかった。そんな後悔も時すでに遅く、リーファはノックも忘れてユストゥスの研究室へと続く扉を開け放った。

「!……君達、いつからそこにいた?」

急に姿を現した二人に驚きを見せるユストゥス。白々さなど感じさせない自然な反応。

整えられた状況に作為を感じているにも関わらず演技には見えなかった。

「すみません。盗み聞きをしていたことは謝ります」

「何を聞いた?」

「……ハロルドの命が長くは持たない、ということを」

「う、嘘ですよね?だってあんなに元気そうだし……この間も朝から訓練してたの見ました!もう人間とは思えないくらいのスピードで動き回ってて……だ、だからアイツがもうすぐ死ぬだなんて、そんなの……」

「落ち着いてリーファ」

視点は定まらず、声をわななかせながら、要領を得ない言葉で必死に否定しようとするリーファ。そんな彼女の肩を掴み、軽く揺すって気をしっかり持たせようとするが、効果は薄い。

二人のやり取りを見ていたユストゥスがため息を吐き出した。

「そこに座りなさい。お互いに聞きたいことがあるようだし紅茶くらいはご馳走しよう」

ユストゥスは立ち上がると元々熱してあった紅茶を三人分のティーカップに注ぐ。茶葉の芳醇な香りが部屋に満ちて、心を静めてくれるような気がした。

それも手伝ってか十分ほどでリーファはいくらか落ち着きを取り戻した。だがまだ冷静に話をできる状態ではないだろう。

そんな彼女の状態を察知してユストゥスはエルに矛先を向けてきた。

「さて、まずはしっかりと話ができそうな君に言っておこうか。君達が行ったのは立派な偵察行為だ。犯罪行為だという自覚はあるか?」

「はい。申し訳ありませんでした」

エルは深々と頭を下げた。これに関しては弁明を挟む余地はない。

正確に言うなら口八丁で誤魔化してしまえばユストゥスにこちらを怪しむ大義名分ができてしまう。ここは素直に謝罪して子どもが間違いを犯してしまったという落としどころに収める方が得策だ。

ユストゥスが再びため息を吐き出した。右手で頭をガシガシと掻く様は苛つきを宥めようとしているようにも見える。素なのか演技なのか判断がつかない。

「まあ君達が訪ねてくることを承知していながら不用意に話をしていたボクにも落ち度があったことは認めよう。しかし君達が聞いたのは口外できない重大な機密なんだ」

「機密、ということは……」

「ああ、ハロルドがもうじき死ぬというのは揺るぎない事実だ」

そう断言され、俯いていたリーファが声を噛み殺す。膝の上に置かれた両の拳を強く握りしめているのが見て取れた。

「――なんでですか?」

押し黙っていたリーファがすがるように尋ねる。その瞳には涙が湛えられていた。

「どうしてハロルドは死ぬんですか?」

「機密だと言っただろう。悪いが教えることは――」

「教えてくださいっ!……お願い、します……」

ポロポロと、湛えられていた涙がリーファの瞳から零れ落ちた。

それでもリーファは顔を上げ、その目はユストゥスを真正面から見据える。しばしの沈黙の後、先に根負けしたのはユストゥスだった。

「リーファ、君にひとつ尋ねたい」

「なんですか?」

「君がハロルドと共にした時間はそう長いものじゃないはずだ。精々がまだ二週間ほどだろう。それなのになぜ君は彼にこだわる?」

核心に迫るユストゥスの問いかけ。

リーファは自分の気持ちを確かめるように、言葉を選びながらその心情を打ち明け始めた。

「……ハロルドはよく皮肉とか言うし性格もひん曲がってる嫌な奴です。話す度にいがみ合うばっかりで、ろくな噂は聞かないしもしかしたら最低の人間なのかもしれません。でも、アイツはあたしの考えた魔法を評価してくれた。あたしとの約束を守って危険を顧みずに戦ってくれた」

それがリーファにとっては嬉しくもあり、それ以上に衝撃的なことだった。自分のためにそこまでしてくれる人間がいるのか、と。

リーファは幼い頃から魔法という力に疑問を抱いていた。どうして同じ魔法でも人によって威力に違いがあるのか。魔法を使えすらしない人間がいるのか。

最初は純粋な疑問だった。しかし年月を追うごとに、新たな知識と価値観を得るごとに、疑問は問題へと変質していく。

魔法が使える者は豊かに、そうでない者は貧しく。

魔法を使える者は強者に、そうでない者は弱者に。

それが絶対の真理でこそなかったが、おおよその人間に当てはまることだった。それらは格差を生み、富める者はより富み、貧しい者はより貧しくなっていく。リーファの故郷であってもそれは同じことだった。

土属性や水属性の魔法を使える農家は、魔法を使えない農家よりも効率よく作物を育てられた。土を耕す、水を与えるといった必要な仕事にかかる労力が格段に減るからだ。

かかる労力が少なければ費用も下がり、費用が下がれば値段も安くなる。同じ品質なら皆廉価な方を買うだろう。また、魔法ならば人力で作業をこなすよりも短時間で仕事を終わらせられることができ、空いた時間で他の仕事も可能だった。そうして格差はますます広がる。

農業でも、畜産でも、狩猟でも、製造でも。その仕事に適した魔法を有している人間は、そうでない同業者よりも生活に恵まれた。魔法が優れているという理由で重用されるのは当然だった。

適材適所。言ってしまえばそれだけのことなのかもしれない。

しかしリーファの両親には、そしてリーファ自身にも、魔法の才能はなかった。魔力自体は有しているのに魔法として行使する才能は乏しかった。それが嫌で努力を重ねても結局まともに魔法を扱えるようにはなれなかった。

だからリーファの家の生活は貧しかったし苦労も多かった。

そんな環境でも現状を打破しようとリーファは考えることを止めはしなかった。そしてある時ひとつの答えに辿り着く。

自分自身では魔法を使えないのなら、別の手段で魔法を使えるようにすればいいのではないか、と。そして思いついたのが科学的な補助を用いての魔法の行使である。

これが実現できれば両親を、たくさんの魔法が使えない人達を救えると、そう思った。その一心でリーファは研究に打ち込んだ。昼夜を問わず、寝食を疎かにしてまでも研究に没頭し続けた。

そうして気が付いた時にはリーファは村の人間から変わり者という烙印を押され、両親からは出来損ないだと見離されていた。一人に、なっていた。

誰もリーファの努力を認めてはくれなかった。それは無理もないことだったのかもしれない。

リーファの発想はこの世界の常識からそれだけ逸脱していた。周囲からはあり得ない妄想を実現しようと必死になっている愚か者としか映らなかったのだろう。当時のリーファは齢十歳にも満たない少女だっただけにもしかしたら不気味に見えたのかもしれない。

それからというものリーファは自分の研究に固執するようになった。自分にとっては積み重ねてきた努力の結晶、生きてきた意味そのもの。

今や苦しんでいる人達を救いたいのか、自分を見限った人達を見返したいのか、リーファにも分からなくなっていた。もしかしたら自分は頑張ってきたのだと、その証を残したいだけなのかもしれない。

だからこそハロルドが皮肉交じりでも自分の魔法を「有効な攻撃手段」だと評価してくれた時は嬉しかった。本心からではなくても有用性を見出し、こうしてさらなる進化のためにユストゥスとの繋がりを作ってくれた。

そのおかげで自分の魔法が次のステージへ登れるという確信がある。

「あたしはハロルドに感謝してもしきれません。いつか必ず受けた恩を返したいんです。そう思ってるのに……」

どうして死んじゃうのよ、という言葉は飲み込んだ。

とても本人に面と向かっては言えないようなセリフ。感謝しているのにハロルドの前では素直になれなかった。でも、ずっと素直になりたかった。

「ハロルドが誰にとっても悪人だったとしてもあたしにとっては大切な人です。だからもしハロルドに残された時間が少ないなら、あたしはアイツのためにできることをしてあげたい」

ハロルドがもうすぐ死ぬ。それを想像するだけで心には耐えがたい喪失感が去来し、胸が締めつけられる。知らぬ間にハロルドの存在はリーファの中でとても大きくなっていた。

滲む視界を袖口で拭う。

「アイツのことを何も知らないまま見送るなんて嫌なの……」

ただのわがままに過ぎないだろう。

しかしそれがリーファの嘘偽らざる本音だった。

「はあ……彼も罪な男だ。あんな性悪のどこがいいのやら」

呆れたように呟きながらユストゥスが紅茶を啜る。そして椅子に深く座りなおすと天井を見上げた。

その体勢のまましばし逡巡していたかと思えば、降参したと言わんばかりにやれやれと嘆いてから口を開いた。

「絶対に他言無用だと……いや、違うな。今日この場では何も聞かなかったことにできるなら語ろう。彼が背負っているその秘密を」